夏の武禅が始まる

「武禅」に向けて最後の仕上げ終了。
雑巾がけに窓ふき。
頭の中では、各カリキュラムが回っている。
そういえば、何時も思う事に、どうもワークがスロースタートな気がすることだ。
いきなり全力疾走という訳にはいかないのだろうか。
今回は、それを試してみよう。
丁寧にしようとすればスローになる感じがする。
これは、もしかしたら私の責任かもしれない。
そこで、私自身がエンジン全開にしたらどうなる。
それは目に見えている。
全員ついて来れなくなるのだ。
10年程前の「武禅」はそうだったのを思い出す。
では、どうするか、私の為の勉強だ。
「声を届ける」というセクションがある。
相手に聞こえた、ではなく、「私が届けた」だ。
聞こえたとなれば、それは音であって声ではない。
では音と声とはどう違うのかだ。
音は文字通りの音であって、巷の雑音と同じで全く意味のないものだ。
もちろん、聴く側が意味づけをして、意味があると勝手にしている場合もある。
声というのは、当人の「あなたに届けたい」という意志が明確であり、尚且つ「届けたい」が感情を起点として起こったものだ。
また、同時に「聴く」がある。
届けると聴くは、同時にあるもので、それが関係の側面なのだ。
側面というのは、そこで何かが起こるのだが、その何かはそれぞれによって異なる。
しかし、各実に感情に作用するものだ。
それらをまず聞き分けることからカリキュラムは始まる。
よそ行きになった途端に駄目だしが出る。
その自分に気付く、そして、その自分との勝負だ。
もうすぐバスが着く。

Follow me!