自分の感覚を疑え

「気持ちが良いです」と言う人がいる。
もちろん、それに文句を付ける気はない。
しかし、よく考えて見て欲しい。
その感覚は、本当なのかと。
どういうことかというと、感覚も思考も同じで、鍛えていなければ成長はしないということだ。
もちろん、自然成長的には成長をする。
しかし、それは自分自身の実年齢とは比例しない。
むしろ、社会体験や人生体験そのものと比例しているだけだ。
だから、社会体験が浅ければ、それだけ感覚も浅いということだ。
そして、その社会体験の浅さは思考とも比例している。
だから、思考が浅ければ体験も浅いということだ。
つまり、感覚と思考は連動しているのだ。
もちろん、この連動も自動的にそうなっているのではない。
そこを繋ぐ思考からの「好奇心」。
感覚からの「好奇心」が必要だ。
つまり、物事を考えている中で、感覚に対しての好奇心、あるいは、何かを感覚し「これは何?」というような好奇心が、それらを繋ぐのだ。
なぜ良く考えなければいけないか、というのは、その「気持ちが良いです」というレベルが高校生クラスであれば、実年齢と比例しない。
自分はその高校生クラスの感覚に引き戻されていることになるからだ。
もちろん、他人の人生をとやかく言う気はない。
全ての人は、選択肢が無限にあるにも関わらず、好んで「その人生」を歩んでいるのだから。
と言葉があるが、当たり前の事だが、その選択肢さえも思考と比例しているのだ。
選択肢の広さや狭さは、思考や感覚と比例するのだ。

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