これは無理、それがチャンスだ
結局灯油タンクとボイラーは、接続できず改めてストレーナー部を取り換えて、ということにした。
あらかじめ分かっていることと、実際に作業を進めることで分かる事がある。
実際に作業を進めた結果、これは無理、という事態も起こる。
その時こそチャンスなのだ。
何のチャンスかというと、自分で物事を考えるという事のチャンスなのだ。
ここに機転が利くという能力が必要になる。
つまり、正論的発想ではなく、自分の持つ雑多な情報から、それに見合った情報を選りすぐり出す能力だ。
この「これは無理」という状態を、どれだけ体験しているか、が、その人の底力になり、応用力というべき能力もつくのだ。
どんな平穏な日常でも、あるいは、計算通りの舞台でも、必ず何かが起こる。
起こらなければラッキーなのだ。
だから、舞台などは失敗をした時どうするか?
そんな舞台の作り方を紛れ込ませる。
それは音楽の時代からそうだった。
順風満帆で成功するなどということは、思ったことが無い。
「上手くいかなくて当たり前」私はそれ程大した人間ではない。
現代の成功指向でのコピーとは、真反対の思考だ。
上手くいかなくて当たり前、だからどうするんだ?
これが、私の身体に染みついている言葉だ。
武道なら尚更だ。どんな約束組手でも、出来ないようにすれば出来ない。
敢えて、その方向で日々稽古をしている。
だから、応用、反応という、その場での対応が出来、約束の組稽古もスムーズになるのだ。
今日、久しぶりに元トライアスロンの関根選手から電話を貰った。
その時、上手くいかない時の練習を何故しないのか、不思議だった、というような話をした。
徹底的にそこの練習をすれば、自力も尽くし、レースで本当にアクシデントに見舞われた時、実力を発揮できるのだ。
人生を稽古するわけにはいかないが、こういった日常ではないことで稽古をする事が可能だ。
人は誰でも、自分の思ったことを実現したい。
であれば、「どうすれば?」と考えなければ「思った事」で終わってしまう。