目に見えないけど

メールは回復ならず!
今後は別のフォルダーに保管しよう。
「明鏡塾」は3回目になる。
受講生がその都度、感想や結果を送ってくれる。
驚くほど著しい結果が出た場合もあるそうだ。
それは、施術者の意思が患者さんに明確に向かっている結果である。
教室に来る内科の医師も、スタッフとの関係が良好になったと報告してくれた。
目に見えない「関係性」だが、眼に見えないから「無い」のではなく、目に見えない「だけ」なのだ。
空気も電気も電波も、身の回りには目に見えないが、その恩恵を受け生活出来ている事が沢山ある。
それと同じだ。
前回の「明鏡塾」で「圧す」ということを稽古した。
もちろん、指圧のような「圧す」である。交代交代で被験者になり、施術者になり稽古をする。
女性が被験者になった時、男性が圧した。
一度目は心地よい、苦しくないとの感想だ。
同じ人が二度目にやった時、苦しい、痛いと言った。
施術側の男性は、「同じことをしているのですが」と首をかしげる。
その場は、時間に限りがあるので、他の人と変わった。
懇親会の時、苦しいと言われた男性が「一度目は、手で感じる事をやったが、二度目は『こんな感じだったかな』とやりました」と言ってくれた。
そこには、明確な目に見えない影響がある。
一度目は被験者と関係していく、働きかけている、というのがあるが、二度目は「こんな感じ」つまり、自分の中だけの事を被験者に当てはめただけ、つまり、自分勝手にやっていた、ということである。
もちろん、これは「武禅」でも徹底的に稽古をする。
いかに自分勝手にやっていることが、相手に対して違和感を与えているかを知るためだ。
中でも相手の為と思う自分勝手は質が悪い。
その事に気付き難いからだ。
相手の為というのは、そう思うことではなく、結果としてのことなのだが、大方はそう思う。
それが違和感を与えてしまうのだ。
思うのではなく、やればよいだけである。
「明鏡塾」では、こういったことを知り、身に付けていき、その人自身の質を向上させる。

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