武禅レポートをあっぷしました
「武禅」のレポートに書かれている事が、本当に自分のことかどうかは分からない。
しかし、何かしらの感情が動いている言葉があると、響いたのがよく分かる。
前にも書いたがこれが「自分は出来た・出来ない」とか、自分の傍観者になっていたり、自分の思った事のように「評論」しているのもある。
それを読むとうんざりするが仕方がない。
自分に対してそんな接し方しかしてこなかったからだ。
まるで、メディアに登場する被害者の身内のように、「何でそんなことをカメラやマイクを向けられてしゃべるんや!」と感じさせる、血も涙もないコメントと同じだ。
別に素晴らしいレポートを書けば良いのではない。
そのセクションを思い出せ、その事が後日自分の役に立てば良いだけだ。
今回のレポートの特徴は、素直に周りの人に対している事だ。
そのことで、他人に対して自分の取り組む姿勢を知り、「申し訳ない」とか「恥ずかしいという言葉が書かれてあった。
もちろん、これまでのレポートでも無いのではない。
今回のは、そういうことを書くようには見えない若い人が、他人を感じている、ということが、世の中少し変わってきたのかな、と感じたのだ。
昨日は、カナダから参加している男性と飲んだ。
そんな今回の「武禅」の話や、セクションの中身について話した。
彼の住むカナダでも、「武禅」のセミナーをやって欲しい、と要望があるそうだ。
私の言う「他人を感じる」その事が、「本当の関係性を生んだり、対立を生まない」ことや、治療そのものに役立てばこれほど嬉しい事はない。
「武禅」レポートは
https://www.hino-budo.com/buzen5.html