使用前と使用後

薪割り終了。
ラインの確認や、縦系の連動を駆使したら、やたら早く終わった。
薪小屋も一寸整理。
山の中に入り、手頃な木を探し小屋を補強。
「武禅」では、行開始前と2泊3日の行終了後の写真を撮る。
この使用前、使用後の写真を比べると、大方は自分の変化に驚く。
皆とは、2泊3日間共に過ごしているから、余程でないとその変化には気付きにくい。
しかし、時間を後戻りさせたような、行前の写真に皆愕然とする。
「こんな顔をしていたのか」と。
もちろん、変化の分かりにくい人もいる。
それは仕方が無い。
ただ、行後の全員との挨拶での、キラキラと輝く目や顔は、間違いなく本物の挨拶だ。
「ありがとうございました」が、こころ全体が発している。
その証拠に、その「ありがとうございました」は、相手に届きお互いにこころが震えているからだ。
座って見ている私にまで、それは伝染する。
つまり、人が本当に関係しあっている姿、行為は、誰の目にも誰のこころにも響くということだ。
「どうすれば」ではなく、「ありがとうございました」と発するこころなのだ。
「それはどうすれば」は、よく聞く質問だ。
「だからそれを今やっているでしょう」と答える。
そんな時、日本語が通じないことを実感する。
しかし、それは日本語が通じないのではなく、その人が混乱しているだけなのだ。
つまり、「どうすれば」という自身の問いかけの答えが、自分の中にある、ということに気付いていないだけなのだ。
自分の外に正しい答えがあるものだと思っているからだ。
そして、「どうすれば」の答えは、言葉として作らなければ正しくない、と思い込んでいるからだ。
もちろん、その事も自分の中にあるのだが。
そんな混乱も「武禅」では、常に起こる。
それがまた勉強になるのだ。
そういった質問をする人に、どう答えるのが良いのか。それも勉強なのだから。
第90回武禅一の行 3月21.22.23日
https://www.hino-budo.com/buzen4.html

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