選手生命は言葉で決まる

プロのアスリートや、プロのダンサー、アマチュアでもオリンピッククラスの選手に、マンツーマンやプライベートでレッスンをする事がある。
そんな時、その人についているコーチやトレーナー達は、その選手にどういう言葉を投げかけているのかを、先に観察する。
多方は、持論や正論の類だ。
つまり、その選手にとって的確なアドバイスになっていないのだ。
そういったことに、立場上真っ向から否定することが出来ないので、言葉に困る。
例えば、軸がブレているとすると、「軸がブレているからブレないように」というのが正論だ。軸がブレているのか、いないのかは、その選手は一番分かっている。
だから、どうすればブレが止まるのか、を指摘するのがアドバイスだ。
しかし、多方は「軸がブレないように」としか言えないレベルのコーチだ。
「平常心」だの「自然体」だのという言葉も飛び出す。
「それは分かるけど、どうやったらそうなれるの?」と思わず突っ込みを入れたくなる事がしばしばある。
ある大学の弓道部を指導した時、監督はそういったことを部員達に話していた。
もちろん、部員達は頷いている。
そこで部員達に、「では、今監督さんがおっしゃった言葉を具体化するにはどうすれば良いのかは、分かっているのか?」と問うた。
もちろん、分かってはいない。
だから、具体的にどうすれば良いのかを説明した。
結果、その時の試合のある種目で日本一になった。
もちろん、素晴らしいチームサポートもあるだろうが、それは希なのだろうと思う。
趣味の範疇なら、そんな正論のオンパレードで、お互いに解った風に「次こそは」「努力をしているのだが」と楽しんだら良い。
しかし、そこにメダルがかかったり、ギャラが絡んでくるとなると、その選手の死活問題だ。
その鍵を握っていのがコーチの言葉だとは、きっと分かっていないのだろう。
ある選手が引退後、ゆっくりお茶をしたことがある。
その時は、その選手と二人きりだったから、当時のコーチの話をしたら、やはり、「こいつは何を言うてるんや」と思っていたという。
結果、そういった選手はそのスポーツを嫌いになり、あるいは、そういった世界に愛想を付かせて引退するのだ。
そんなことを考えると、日本のそういったトップアスリートは、やはり天才中の天才だと確信する。
結局、自分の力だけでメダルなりギャラなりを獲得しているのだから。
9月に行った東京と岡山のワークショップをまとめました。
写真も沢山ありますよ。
「お知らせ」の中に入り口があります。
https://www.hino-budo.com/index.html

Follow me!