予定が立たないこと
肘を動かすだけ。
たったこれだけのことに、どれ程の時間が必要か。
それは、動くようになるまで分からない。
自分自身が取り組むことに予定が立つのは、過去に体験があったり、その体験の応用として考えられたりすることだけだ。
全く未知の事に取り組む場合は、出来るようになるまで分からない。
また、出来たかどうかも分からない。
人生など殆どがそんなものだ。
しかし、大方の人はそれが不安となる。
私には、それが一番理解できない。
不安だから確かなもの。
例えば、資格を取る、というようなことに、その安心を求めたりするのだ。
過去を振り返ってみて、一体自分は何をどれだけやれてきたのか、を確かめてみればよい。
そうすると、自分が今取り組んでいる事自体が、無理なのか、無理を承知でやり続けられるのか、が見える筈だ。
私は、予定の立つことはあまり興味が無い。
それよりも、予定がたたないことに挑戦する方が楽しい。
出来ないかもしれない。
しかし、出来るかもしれない。
そんな人生を賭けた取り組みに一番興奮する。
私は何もできないな、と不安になる事がしばしばある。
そんな時「まぁええか」でその不安をうっちゃる。
何も出来ないことに落ち込んでも、考えても全く意味がないからだ。
それよりも、「じゃぁどうする?」と、前に進む方が楽しい。