獲得した感覚

大阪の稽古が終わって食事をしていた。
その時、一番古いK君が
「教室でするどんなことでも一緒なんですけど、相手の人とやる前に、『できる』と感じる時と、『これはあかんやろ』と感じる時があるのですけど」
という話になった。
で、その中身は何か、という話だ。
それこそがK君のキャリアであって、彼個人のものだ。
つまり、過去10年間の蓄積が、そういった感覚を手に入れさせたのであって、教えるものでも習えるものでもないのだ。
という話を聞いていた、同じように古い人が「悔しい!」と大笑い。
そう悔しい筈なのだ。
同じように教室で時間を過ごし、片方の人はそういった感覚を手に入れたが、片側の人にはそういった感覚の欠片も無いのだから。
10年という時間は相当長い。それだけの時間の中で付いた差は、多分追い付く事が出来ない。
というような感覚の事は、他人には理解できない。
そうすると、その彼がやることを見てやっても、似て非なるものになる。
その事が皆に分かっただけでも、彼がその話をした価値はある。
何かが積み重なる、何かを獲得する、出来た、というのは、本当に凄い事なのだ。
その入口はワークショップにある。
参加する人は、絶対に何かの入口は掴んで欲しいのだ。
9月15.16.17.18.19日東京ワークショップ
https://www.hino-budo.com/

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