自分のやっていることは

今日の昼過ぎ3月27日から2週間ぶりに道場に帰った。
阪和道路を運転している自分が妙に不思議だった。
大阪教室は身体塾だったので、肘の操作を色々な角度からアプローチした。
しかし、問題になるのは、その相手だ。
腕をねじったり、強く握ったりする。
その事が出来なければ、稽古は半分しか出来ないのと同じだ。
「手首を握る」という行為は簡単な筈だ。
しかし、これが意外と難しそうなのだ。
それは昨日気付いたことではない。
ワークショップを開くようになり、より多くの人の「行為」を見るに付け、誰にでも出来るだろうと思っていることが、意外とそうではないことに直面したのだ。
そんな状態だから、自分はどれ程の力を使って、相手を握っているのかを知らない人も沢山いる。
もちろん、それは相手の人に聞けば良い事だし、相手の反応を見ていれば分かることだ。
しかし、それをしないから、自分の行為が相手に対してどんな影響、あるいは作用があるのかを知らないし分からない。
もちろん、その事で相手は痛みを訴える場合もある。
これも人によってまちまちだ。
他人から強く圧力をかけられたことの無い人は、その精神的な圧力の為に痛いと言う場合もある。
単純な人の手首を握るという行為一つ取り出して見ても、自分のやっていること、そして、それが相手にどの程度の作用があるのか、何一つ分からないのが実際だ。
そこを丁寧に時間をかけて体験していくことが非常に大事である。
その事そのものが「関係」なのだから。
しかし、人はそこを丁寧にせず、例えばねじれが解けるという、テーマだけを大事にする。
だから、結局は何も「感じない」ままワークを終えることになるのだ。
自分にとっての「相手」に丁寧に。
ここを学んでいくのが私のワークである。
4月20日からの京都ワークショップ
「身体と向き合う3日間」のお知らせ
https://www.hino-budo.com/2012-KYOTOWS.htm

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