今、何をやっているのか、それが
寝る前に、ニュースを見ようとTVを付けたら、面白くもないクイズ番組だった。
ただ、昭和50年代の事が出ていたので一寸見た。
そこで面白い現象があった。
クイズに答えた人が、その問題を口にした途端に笑い出したのだ。
クイズの答えを頭の中で考えた。
当たり前だ。
しかし、その問題を口にした時、自分の書いた答えの間違いに気付いたのだ。
それで笑っていたという訳だ。
殆ど、頭の中と口とはリンクしているが、こんな場合も当然あるということだ。
「思っていることと、やっている事」ここには、実は目に見えない大きな溝があるのだ。
そんな事に気付いた時、自分自身の問題を「今、何をやっているのか」から、自分の頭の中を見直す事にしたのだ。
人は、「今、目の前で見ている事」を判断する。
決して、最初にその人の頭の中を想像するのではない。
だから、「一体、何を考えているのだろう」となるのだ。
この事はドラムの実際から、気付いたものだ。
表現は、頭の中にあるのではなく、頭の外にあるものだという気付きだ。
表現者には当たり前の事なのだが、残念ながら気付いている人は少ない。
だから、いつも話がかみ合わないのだ。
もう何年も前、画家の寺門孝之さんと、画廊でお話をした時「絵はキャンバスの中にしかありません」とおっしゃっていた。
それは、大学で教鞭をとっているから、生徒たちの絵をみる。
その時、生徒たちはキャンバスに書いていない話をするそうだ。
例えば思いであるとか、イメージであるとか、物語であるとかだ。
そんな時、先程の「絵はキャンバスの中にしかないよ、それらの話をキャンバスに現しなさい」となるのだ。