美味しいというのは
昨日、神田にある老舗の蕎麦屋でお昼ごはんを食べようと入った。
トロントから鍼灸師も来ていたので3人で入った。
お運びをしてくれるおばちゃん。
これがぶっきらぼうで愛想なし、喧嘩売ってる?という感じ。
しばらく3人で顔を見合わせたが、取り敢えず注文ということで、一品注文した。
「それはありません」何!お前商売演ってんのんと違うんか?思わず怒鳴りそうになったがやめた。
またもや3人で顔を見合わせ、そのまま店を出た。
店を出てから「どういうことや、これは」大阪人の3人には、全く理解できない態度なのだ。
東京の人にとっては、これが普通なのか。
それとも、こんな店が多いから「そんなもの」と我慢しているのか。
あるいは、無視しているのか。
腹も立たないのか。
そういえば、ぶっきらぼうで思い出したが、何時もワーク・ショップで使っている新木場のBumBでも、そんなぶっきらぼうなおっさんがいて、これにはクレームを付けた。
おっさんの言葉で、場の雰囲気が悪くなったからだ。
吉祥寺シアターでも、それを味わって怒鳴りまくった。
浅草の方で、スタジオを借りていた時、その近辺の店、しかも有名店を軒並み行ってみた。
共通していたのはこれだ。
ぶっきらぼうで愛想なし。
これで商売が出来るのだから、東京は全く違う街なのだろうと認識した。
店を出て、商店街を歩くと蕎麦屋があった。
これも古い感じの店だ。
店に入ると「いらっしゃいませー」気持ちのよい声が聞こえた。
「これやんけ」3人でホッとした。
食事の美味しさは、食事そのものだけでは生まれない。
店の人の対応も含まれて「美味しい」のだ。