身体は癖や頭が指令を出す

ここ10年くらいになるだろうか。
「身体の使い方」が話題になると、何故か違和感を感じる。
感じるどころか「一体何の話か?」とも思ってしまう。

こればかりは不思議な話だ。
私自身が「身体の使い方」を探求しているのに、同じ話題だと違和感を感じるのだ。

それは、「何の為の」があり、その「何の為の」の中身が重要だと気付いたからだし、そもそもが身体を使う為の指令を出しているのが思考や思い、自分の中の言葉だからだ。
そちらをいじくらない限り、身体が無意識的に動いている、つまり、癖としての身体の動きのままだ。

もちろん、そのレベルで良いのなら、もちろんそのままで良いが、私の道場で皆の取り組みを見ていると、本当に単純な動き一つを忘れて、自分のやりたい目的、例えば、突きを捌くことしかしない。
もちろん、それは単純な一つの動きが出来なければ出来ないのだが、自分の思いや気持ちが最優先されているのだ。
つまり、その自分の気持ちや思いの持ち方が間違っているということだが、そこに気付いても癖のままなら、修正できないのだ。
そんなところに気付いていくから、「身体の使い方」という話題に馴染めなくなっているのだ。
つまり、癖のレベルの話をしているのか?となるからだ。

東京ワークショップ6月4.5.6日
6日締め切り、4.5日4~5席空きがあります。

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