身体の使い方より、まず気持ち

「身体の使い方」という言葉を使っているから、スポーツの方面からの質問も多い。
確かに身体の使い方なのだが、その前に必要な前提がある。

自分が出すべき結果に対して、どれ程貪欲なのかだ。
つまり、気持ちが「絶対に・何が何でも」が溢れているのかどうかだ。
そして、その結果に対して、実際的にどれ程実行しているのかだ。
この二つがあった上で、「何か調整することが必要なのか」という段階で初めて身体の使い方が必要な場合もあるのだ。

大方は、前提の二つが足りない事が多い。
つまり、身体の使い方を覚えれば結果が出せる、と思っている人が多いのだ。
例えば、バスケットボールのシュートだとすると、毎日100本連続でシュートを入れる迄練習を止めない、とか、それがクリアしたら200本、500本と量を増やす。
その事が、シュートに適した身体の使い方が出来上がらせるのだ。

但し、それをゲーム感覚で取り組めるかどうかだ。
義務感や責任感他の、一見真面目腐った考えを持つと、それらは全てストレスになる。
そうなると、身体も壊すし一切身に付かない。
折角の訓練が水泡に帰す。
つまり、「遊べる」かどうかが数稽古の鍵だ。

とにかく実践の量が一番なのだ。
と、そんなことは当たり前だから言うまでもないし、それは全ての事柄に共通する事だ。
そういう答えを出すと決まって「もし間違った使い方をしていたらいけないから」と切り返す。
間違っていようが正しかろうが、シュートが決まれば良いのだから、やれば良いだけだし、間違っていても量をこなすことで、自分の身体の違和感を感じ取れるようになるものだ。

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