修行が足りない
同級生の歯科医に行き、熊野に戻った。
歯科医で椅子に座り、器具が口に触れるだけで緊張する。
これをどうにか出来ないのかを、何時も試している。
意識を足に持っていったり、イメージの中で遊んだり。
しかし、痛みがあると即現実に戻される。
修行が足りない!
こんなことが、結果として色々な状況で役立つのだ。
もちろん、役立たせようと思って挑戦しているのではない。
「そのこと」をやっているだけだ。
そういえば、「明鏡塾」でのワークで、受講者同士の面白い会話があった。
どちらもベテランの柔整師だ。
「どうも違和感があるな、ワークの為の手になっていて、治療の時の手ではないよ」「そうや、ワークの手やで、それで極めてやろうと思っているから」そこへ私が割って入った。
「治療の手で、私のワークを極めなあかんで」と。
ワークの為の手、ということに気付く感性が素晴らしい。
こういったベテラン(20数年)の治療家が、ずっと再受講してくれるのが「明鏡塾」の底の深さだ。
その意味で、駆け出しの人には難しいかもしれない。
でも、そういったベテランの人と交じってワークをすると、学べることが山ほどある。
それをラッキーというのだ。
昨日紹介した介護士も駆け出しだ。
「明鏡塾」体験セミナー
8月31日東京・神田