親子というのは

今、息子と共同でブログを書きかけている。

子供の頃、「親はこう思ってやった事」は息子は何を思ったのか、思っていたのか、を並べてみよう、と言う事だ。
息子はどういう育ち方から、現在の和太鼓奏者に行き着いたのかを探り出すこと、で、どんな大人になっているのかを探り出す事が目的だ。

私の家庭に限り、親子の会話は極端に少なかった。
それが、現在は「音楽」という媒介を通して、かなり深い会話をするようになっている。
子育てと言うか、人育てに正解は無い。
もちろん、私自身も現在でも「自分育て中」だ。

ある意味で、親は子供育てる。
と言うのは、深い意味で「親は無くても子は育つ」と言う教え通りだからだ。
私には、子育てと言う単語は無い。
そうでは無く、「人育て」だけだ。
それは、息子が生まれたから考えた事だ。

子育て?その意味が分からなかったからだ。
親から子を見れば、永久に「子」だ。
であれば、ある時期だけの事を指して、子育てと言うのか。
で、その子育てと言うことの目的は何?と考えれば、大人になる為の、でしかない。
であれば、人育てだろう、と言う事で「人育て」だ。

親は子供よりも前を歩いていなければならない。
と言うのは、親としての美学だ。
本当はどうなのかは知らないし、本当などどこにも無い。
それぞれがそれぞれの親子で良いのだ。
そんな「それぞれ」の何かしらが分かり、「それでも良いのか」と、若い親達が参考になればと思い、息子と書いてみようとなったのだ。

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