組み立てる力

その技術は何の為に、あるいは、自分にとってどんな意味があるのか。
ワークショップや道場、あるいは、色々な場で考えてしまう。

例えば、アスリートであれば、胸骨操作を自分のやっている事で考える。
当たり前だ。
今個人レッスンをしているTilmanであれば、自分の作品やダンスで考える。

この考えるというのは、頭の作業もあるが、身体での作業の話だ。
専門的に自分の世界を持っている人は、必ずその世界で使う為に両面で考える。
その姿を見ていると、その人のレベルや世界が見えるという事でもある。

Tilman等は、その意味で非常に分かりやすい。
理論というか考え方が、身体を通して、あるいは、動きを通して見えてくるからだ。
逆に、それは私の考えでは当たり前のことだと思っている。

身体に対するアプローチ、あるいは、動きに対するアプローチが、アプローチそのものが構造的に組み立てられてなければならない。
でないと、ものにすることは出来ないのだ。

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