嬉しい気持ちに
神田道場に向かうために山手線に乗っていた。
外国人のカップルが座っていて、男性と目があった。
その彼は、即座に「どうぞ」と日本語で私に関を譲ってくれた。
思わず反応して「ありがとう」と、座らせて貰った。
彼は立ち、座っている彼女と話をしていたが、彼女が彼に合図を送った。
その先をみると、ご老人がたっていた。
男性が直ぐに声をかけ、そのご老人と隣りどうしで座った。
ご老人は80歳だという。
「ありがたいことですね」と二人で有難がった。
これは、当たり前なのか、それとも特別なことなのか。
私は当たり前の事だと思いたい。
こんな気持が沢山、いや、皆にある限り、きっと世の中は最悪の状況にはならないだろうと思う。
ややこしい屁理屈ではなく、あるいは知識や規則ではなく、自然発生的にある、というところを信じたい。
日本の若者も、その意味でも捨てたものではない。
何回も、席を譲ってもらい、嬉しい気持ちになった事がある。
ただ、席を譲った若者が恥ずかしそうにするところが、可愛すぎるのだが。
当たり前の事が出来る自分に自信を持って堂々として欲しいものだ。
それを応援する社会にどうしてなれないのか、そんな歪な日本には嫌悪感を感じる。
自己啓発も一攫千金も何でも良いけれど、挨拶やこんなことが社会生活の基本だろう。