理解よりも行動

深刻さは、患者さんを不安にさせる。
「そんなことは当たり前のことだ」
しかし、実際として医療従事者の大半は、深刻なのだ。
ただ、当人は「深刻にしている」とは思っていない。
これは、ここで医療従事者と限定しているが、日本人の多くはこれだ。だから息が詰まるのだ。
武道の稽古でも、明鏡塾でもこの話は常にする。
しかし、面白いことに、いくら話をして理解しても、その深刻から脱皮できない人が大半だ。
どうして?
それは、深刻は駄目だということを理解しただけで、では深刻にならないように、という行動を起こしていないからだ。
その意味で、理解する必要などないのだ。
それよりも、行動を起こせというのだ。
どうして行動できないのか?そこが分からない。
深刻は、実は真面目にとか、真剣にとの履き違えなのだ。
真面目にしていることが、他人から見れば深刻になっていると見えるし、その行為に違和感を感じてしまうのだ。
「うっとおしい」のだ。
しかし、以前にも書いたが、人は自分の顔を他人が見て「うっとおしい顔をしている」とは思っていないから情けない。
真剣に、真面目にしているだけだと思っているのだ。
じゃあ、一体その意味での真面目とはどういうことなのか?真剣とはどんな状態を指しているのか、その答えを持っているのだろうか?
勉強一筋にやってきて、社会にでた。
社会では、勉強したこと以外の事が大半で、しかも、その大半の事で社会はうまくいくのだ。
仕事一筋も同じだ。
それは真面目なのだろうか。
ある部分としては真面目だが、社会で生きるということでは、全く認識していないので不真面目だといえるだろう。
つまり、どこに焦点を当てているのか、ということが問題なのだ。
大方は、社会の中の自分ではなく、自分の頭の中に焦点を当てているのだ。

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