台詞が被る

やればやるほど煮詰まってくる場合と、やるほどにアイディアが湧く場合、この二つが同居する。
今回は後者の側だ。
演出は将棋の戦術のようなものだ。
持ち駒をどう使うのが効果的なのか。それは持ち駒を活かすということと、盤面を制覇するという両面で考える。
昨日のリハーサルで、優秀な現地の役者から質問があった。
「今回の作品では台詞がお互いに被る事が多いが、日野さんにとって台詞はどんな意味を持っているのか」というものだ。
もっともな質問だ。
とにかく台詞が複数で被り込んで来るように作っている。
だから、従来の意味での演劇のスタイルではない。
では、単体の台詞に価値が無いのか、というとそうではない。
それはコンセプトの問題なのだ。
私は敢えて被り込むように仕組んだ。
リハーサルを重ねる内に、その被る台詞をどんどん増やしている。
もはや、何のこっちゃ分からないシーンもある。
それが意図だ。
台詞の話から、台詞そのものの言葉、そして言葉に対する個人の背景や感性。
それらの違い。
時間の話。
時計時間と個人の時間感覚の違い。
どうして「マクベス」なのかという話。
世界の国々という話、そして、地球上のみんなが幸せに生きる為のキーワードの話。
ここが肝で、だからラストシーンを高原さんの笑顔にしたのだ、と括った。
全員無言だった。
その後のリハーサルでは、こころなしか全員の気合が違ったように見えた。
壮大なコンセプトは国境を越えて人を動かす。
特に海外では、テロを始めとする社会不安は顕著に見える。
そこに触れる作品には、皆良い反応を示す。
昼過ぎに「太鼓衆一気」が到着する。
リハーサルは白熱するだろうな。
大阪ワーク・ショップは5月5.6.7.8日、東京ワーク・ショップは6月2.3.4.5日です
http://hinobudo.wixsite.com/workshop/

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