気持ちの悪い顔

気持ちの悪い顔。
私のいう気持ちの悪い顔というのは、自意識の発達と年齢とのバランスがとれていない顔のことだ。
知識量は溢れる程有るが、それを自分自身の人生で、有効活用出来ていない人とでもいおうか。
自分という実体と、頭が遊離していて、スカスカの抜け殻のように見えてしまうのだ。
20年ほど前は、ランドセルの似合う大人という言い方をしていた。
その実体を解明できなかったから、一口でランドセルの似合う、という言い方にしていた。
しかし、こういう大人は星の数ほどいる。
それは知識量に価値がある、とした生き方をしているから仕方がない。
もちろん、知識量が大いに越したことはない。
但し、自分の人生で必要な、である。
知識と教養は似ている。
教養は知識を自分の人生に反映、あるいは還元出来ている人だ。
こういう人の顔は美しい。
自意識を年相応に成長させている人だ。
当然、こころの開き具合が違う。
それは思考が柔軟だからだ。
ランドセルの似合う大人は、思考が硬い。
他人の話は耳に入ってこない。
そういった人は、会話の時目を見ていたらよく分かる。
ガラス玉の様な目、あるいは、壁のある目をしているからだ。
自意識が幼いというのは、鎧を身にまとっているということでもあるのだ。

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