トークライブでは

折角の熊野なのだが、なんともうっとおしい日が続く。
こちらの希望通り、都合通りにならないのが天候だ。
例えば、「肘を動かす」とどうなる、ということを教えるとする。
教えられた時は、その通り、あるいは、サポートが有るのでできる。
しかし、一人でやると出来ない。
それは、やれない原因は二つあるからだ。
一つは、「肘を動かす」という意識が強烈に働くということ。
一つは「肘」そのものを、自分自身が実感されていないという二つだ。
結論を言えば、「肘」が実感できれば、「肘を動かす」という意識が消え、本当に肘を動かすから出来るのだ。
多くの事は、そのような構造になっている。
しかし、考えたり説明的に言葉を並べると、何時も書いているように並列にしか並べられないから、構造的にはならず、時系列的なものだと思ってしまうのだ。
つまり、意識が働く事と、肘を実感していく事は別のものだと捉えてしまうのだ。
というような、人の持つ欠点に何時気付き、それを修正していくのかが大事なことなのだ。
トークライブではそんな話も織り交ぜようと思っている。
私自身がこういった事に気付いていったのは、道場を建てている時だ。
道場を建てるというのは、正しく構造物に直接かかわることだ。
私は大工さんや設計士ではないので、構造計算など出来ないし、そんな言葉すら知らなかった。
直観的に「六角形は強い」と判断し、それに決めただけだ。
もちろん、それが無謀な事だと、着工してから身をもって知ることになったのだが。
建物が建つまでには、相当面白いエピソードがある。
それらは知らないが故に起こったことだが、多分、知っていても起こっただろうと思う。
それは、知識を実際に適応するほど体験が無いからだ。
チエンソーが必要だという事も、もちろんチエンソーそのものも、チエンソーの使い方も知らないで、丸太組の道場を建てたのだから、面白い事が一杯あって当然だ。
しかし、その一つ一つが武道を考える上で、また、身体を考える上でどれだけ役立っているか計り知れない。
その意味で、道場を建てるというのは、私にとって必然だったのだと解釈する。
しかし、今となっては「何で、こんな大きなものを建てたのか」と悔やむ。
修理にどれだけ手間取るか、どれだけお金が必要か、そんなことを一切考えていなかったツケだ。
それも、建てなければ体験できない。
そんな時間が、私を作っているのだ。
「トークライブは2時間で足りるのかな?」
出版記念トークライブショー11月12日(土)午後2時~4時
http://2016hino.jimdo.com/
東京ワークショップ 11月21日‐24日

http://hinobudo.wixsite.com/workshop
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