毎年の

12月も半ば。
知らない間に師走。
そして新年。
来年は65歳。四捨五入したら70歳。
何もないまま、年だけはくうて行く。
分かる、分からない、で振り回されるのだけは、何とか食い止めた。
恐ろしきかな意識の力、言葉の力。
それをうまく使えば、相当の力になる筈。
昨日の本部の稽古でも、徹底的に「肘を使う」をやった。
引く力にしろ、押す力にしろ、肘をどう使えるかが大きな鍵になる。
しかし、頭の中にある刷り込まれた身体操作は、それを許さない。
高校のバレー部の監督も、四苦八苦していた。
肘を使うのが難しいのではなく、無意識下に刷り込まれた「腕の使い方」や、「力の出し方」が邪魔をしているだけだ。
と、いつ気付き、いつその壁を突破していくのか。
そこだけが鍵だ。
小さな子供は、きっと素直にそれが出来るだろう。
しかし、それが出来ても意味が無い。
その肘の操作の難しさから、それは自分に刷り込まれた、様々な情報の性だと気付く事が大事だからだ。
そんなことを言っている限り、教室は賑やかにならないだろうな。
という、毎年の愚痴で今年も閉じるのだろう。

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