はじめに武神館宗家初見良昭師について知らない方がおられるので、少し紹介します。
初見宗家は、幼少の頃より武の道に入り、講道館柔道五段をはじめ合わせて十何段、近隣に敵なしと云われていたそうですが、二十七歳の頃故高松寿嗣師(
戸隠流忍術三十三代宗家・虎倒流骨法術十四代宗家・玉虎流骨指術二十八代宗家・高木揚心流柔体術十六代宗家・神伝不動流二十一代宗家・九鬼神流八方秘剣術二十代宗家などと、各流の宗家を継ぎ、隠れた剣豪として、其道の重鎮である。「真説・日本剣豪伝 小山龍太郎著」)に出会い十五年間師事し、各流の宗家を受け継ぎ、現在九つの流派の宗家で、「武神館九流派八法秘剣宗家」を名乗られている。世界に武道を紹介して二十余年、世界の軍隊の武術顧問をはじめ、各国の重要な団体から絶賛されている。そういったところから、各国の大統領や軍等、主に国防に関るトップからの感謝状は山のようにあります(本当にびっくりしますよ)。昨年は社会文化功労賞を頂かれました。やっと日本が、初見宗家を通して自国の伝統武道・伝統文化の素晴らしさに気が付いたということでしょう。本当にボケた国です。



初見先生との出会いからを雑誌月間「秘伝」に掲載したものから、少し手を加え紹介します。

目 次

初見宗家との出会い
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● 初見宗家との出会い

 四、五十人の人達が取り囲んでいる中、一際存在感のある人に目が吸い寄せられた。ビデオや本、テレビで拝見する武神館宗家初見良昭師その人だ。よく見ると、その大勢の人達のほとんどは外国の方で、日本の方は数人だ。
 「始めまして、日野晃です」。
 思えば、私が日本伝統武術の研究を始める数十年前から、テレビや雑誌を通し「忍法の宗家」という事で「忍者→不思議な人→スーパーマン」という印象を持っていたのを思い出す。その当時から外国に出ていかれ、日本の武術を積極的に紹介されていたのだから、外国の人達がたくさん居ることに改めて合点がいく。
 私の武術の研究、特に人間の仕組みや能力を研究する中、初見宗家のビデオは見過ぎて画質が変化するくらい取り組んだ。しかし、ある一点は実際にお目にかからなければ、又実際の演武を拝見しなければ研究できない部分がある。それが武術の技の極み「先の先」だ。私自身の仮説として、優れた武術家は、又は名人達人といわれる方の共通項は「先の先」をとれる方、つまり「相手の攻撃の意志の発動から、行動としての攻撃が確定したところまで充分に待てる」という技術を持っている、がある。その一点に関しては、名人になればなるほどビデオだけでは、残念ながら緻密な精神の反応を計ることが出来ないので分からない。そこで、なんとか初見宗家にお会いすることが出来るチャンスはないかと、長年機会を待っていて、今回やっと実現の運びとなった。

● よどみなく流れる中で

 練習は、初見宗家の模範演武から始まる。この年のテーマは杖だそうだ。武神館の練習は、年によってテーマを決め、徹底的にそのことに取り組むやり方をしているそうだ。宗家が演武で示す場所を確実に攻撃する為(寸止めではない)、怪我をしない様にと全員が手製のソフト杖を持参しての練習だ。杖の使い方は、伝統的な形式に則った「形」的なものではなく、非常に現代的でしかも実戦そのものに対応しているものだ。
 つまり、ある一つの形が有りそれを繰り返し行うものではなく、例えば、相手が突いてくる、としたら、いかに身体を変化させるか、から始まる。そして、そこから様々な杖の使い方、また、いかに杖を使わないか、が展開されていくものだ。そして、最終的には相手を見動き出来ない状態に追い込んでしまう。つまり、兵士の戦い方であり、実際の局面においていかに動けばよいのか、の連続なのだ。

 初見宗家が一つの流れを説明し、全員が練習をする。それがある程度出来ると、その流れから別の発展に移る、まるでジャズのアドリブを練習している感がある。そこでも、外国の人達に受け入れられている理由を垣間見ることが出来た。
 初見宗家の武神館武道は、武術のいわゆる色々な流派が起こる以前の戦国時代に、甲冑を着けて戦った形式であり内容で組み立てられている。しかし、その戦い方や動きは、時代の流れ、時間の流れを感じさせない、非常に現代的でシャープなものなので驚いた。武術の本質であり戦いは、時代が変わろうが時間が経とうが「生命のやりとり」という一点だ。その中で人間の構造・仕組みが変わっていないのだから、現代にも適応していて当然だと納得する。それに、歴史の時間の中で、戦い方が変に形式的にならず、又形骸化せずに、合理的に「生命のやりとり」という本質がそこなわれずに、実戦的に受け継がれて来ていることも、驚きの一つである。
 初見宗家の全ての動きは、まぎれもなく日本伝統武道の大切な要素が脈々と受け継がれており、それこそ「生きる武道書」だと言っても過言ではない。初見宗家の身体の中に詰め込まれている色々な武道の宝は、初見宗家御自身だけのものではなく、我々日本人の文化遺産でもある。その遺産を歪める事無くどう受け継いでいけるのか?という問題が、武神館の生徒さん達だけではなく、武道を研究するものにとっても、責任重大であることをひしひしと感じる。
 初見宗家の演武は、当たり前のことだが少しの力みも無駄もなく、相手を完膚なきまでに叩き伏せる。その随所随所に、相手の「精神の動きをついた駆け引き」が含まれているところに、実践家として又伝統武道の継承者としての宗家の姿が見え隠れする。一つの模範演武を宗家が数回繰り返し、ポイントを説明する。その後、生徒さん達が練習に入る。 杖を相手に意識させず脛に、脛の裏に、目に、足の甲に、自らの体重の移動を武器とする「体変術」を使い相手の頭に、それらは、全て「相手を意識誘導した後で繰りだされる」。だから相手から見れば、初見宗家が突然消えたり現われたりするように見え、完全にこちらの意識を撹乱されてしまうのだ。又、杖で相手の攻撃を押さえる、相手が反撃をしようとした瞬間、初見宗家は相手の動きに同調し、攻撃に転じる。そういった「人の無意識的な反応」までもコントロールする。それが、初見宗家曰くの「虚実の転換」なのだ。一つ一つの動きは、西洋スポーツ的な速さの中で有るのではなく、そういった意味では非常にゆったりとした動きに見える。川を流れる水が色々な落差の中で、ある時はゆったりと、ある時は勢いよく、と云った情景、木の葉が枝から離れ、風の流れにまかせ自由奔放に動いている様でもある、日本的な静かな動きである。

● 技はどうでもいいんですよ!

 初見宗家は、一つの模範演武を示すと私の横に座り、武術の色々な大事なことをエピソードを通してお話してくださった。「実戦では、技なんか二の次ですよ、技なんかどうでもいいんです、『勘』が働かなければ、殺されちゃいますよ」。この言葉には思わず絶句し、次の言葉がしばらく出なかった。もちろん、早とちりをして文字どおり「技はどうでも良い」ということではない。初見宗家の体には、そういった(技)肉体の動きが食事の時にビールを飲むのと同じくらい、又はそれ以上に同化されておられるからこそ、「勘」という一言になるのだ。又、実際に外国でコンバットの人達にも教えておられる事を、リアルタイムに感じる一言でもあった。
 「外国ではね、小便を平気で洩らす人がいるんですよ、それに騙されてしまったら、いきなり武器で攻撃してくるんです、ズボンの中に隠していますからね、それを見破るのは『勘』しかないでしょう」。しばらくは思考が停止した。そういったことは、実際に体験しなければ発想できないことだ。果たして、日本の武道家の人達で、ここまで発想できる人が何人いるだろうか?正に生きている武術としか言いようがない。

● 出来なくてもいいんですよ、死ぬだけですから

 練習を拝見していて、実際問題として初見宗家の技術は伝わらないのではないか?という思いが頭の中をかけめぐっていたので、失礼を承知で質問をしてみた。「この技術は、日本人でも難しいのに、外国の人達には難しすぎて、初見宗家の技術が途切れてしまうのではないですか?」宗家曰く「いいんですよ、技が出来なければ死ぬだけですし、一番大切なところは言葉では教えられないので、自分で獲得するしかないですから」。
 初見宗家の一言一言は、物事の本質に鋭く迫ってくる。当たり前のことを、装飾を付けずに当たり前にお話されているだけにパワーがある。「出来なければ死ぬだけですから」当然といえば当然だ、取り組んでいるのは、子供のお稽古ごとではない。しかし、道場だけで、又ルール制の試合の中だけで武術を考えたり、頭の中だけで考えている人達には、宗家の言葉だけを聞けば単に暴力的でアナクロだ、と聞こえるかもしれない。
 そもそも武術の本質は、生命のやりとりであり、その生命のやりとりだからこそ色々な技術、つまり「技」が誕生し、その「技」が肉体と精神の一体化を図り「心身一如」という境地に実体として結びついた。それらは「言葉」ではなく、人間が実現する実際的な技術のはずである。そこから考えれば、初見宗家の言葉は武術の本質であるとともに、技術獲得の為には一番思いやりのある言葉として響く。
 又技術の獲得は、懇切丁寧な説明だけにあるのではなく、学ぶ人間の姿勢や覚悟に決定される。という、正に一方通行的現代の教育を引っ繰り返すごとく、習うものと教えるものを明確化した言葉。これは、改めて「習うとは何か?」という、人の自覚の問題を問うている内容でもある。元来習いごとの姿勢の基本は、教える側にしっかりとした教材が用意されて始まるものではなく、習う側が、先生を自由意志で自己決定して始まるものである。だから、当然習う側のきちんとした姿勢、つまり自覚を同時に問うているのだ。

● 全体から学ぶ

 私が「初見宗家は、故高松翁に習いにいかれた時、一番最初に何を習われたのですか?例えば、一般的に云えば、運足だとか突きの形とか有りますが?」と質問すると、初見宗家は「全体です、全てです」とおっしゃられた。私自身の脳が、その言葉の構造を説き明かす為に、全開で働いているのが分かるくらいに、頭がヒートした。確かにそうだ、いくら武術の要素が分析されて、その中の一つを取り出して習おうが、その一つは武術の全体であり本質が常に付きまとっている。つまり、武術の本質である「生命がかかっている」、と云う一点から離れることはないのだ。又、そういった部分だけに取り組む事は武術ではない、だから、武術として習う事は不可能でもある。
 初見宗家が、故高松翁から具体的に何を習われたのかは想像できないが、紛れもなく武術の本質であり、それを実感レベルで体感できるような訓練ではないかと思われる。つまり、理屈や理論・畳の上の水練等ではなく、初見宗家御自身の生命を震撼させるような、恐怖を伴ったものであったのだろう。そうでなければ、初見宗家の言葉で「技は役に立たない・勘が全て」といった言葉が、一番最初には出てこないはずだ。
 又「全体」とおっしゃられた言葉には、もう一つの要素、故高松翁の人間全体、つまり、考え方、お話になる言葉やニュアンス、それに日常の行動・所作全体も含まれている。武術という非日常的な技術といえど、御自身が表現しているものだ。それは、故高松翁の所作・言葉全てが、武術によって作られ実戦により知恵となり、もはや細胞の一つ一つが武術なのだ。
 そこで、先程の習う側の姿勢が見えてくる。習っているのは武術なのだが、それは紛れもなく先生の人間史全体である。その全体を理解できなければ部分は明確にならない。だから当然、先生の日常全体を悉さに観察し、そこから武術にたどり着く道を、習う側が自分の手で発見しなければならない。初見宗家は、故高松翁のもとに通う十数年間その作業を続けられたのだろう………。

● 素直に

 四・五十人のお弟子さんを見ていて驚いたのは、自分勝手に練習をしている人が居ないことだ。又、武術系によく有りがちな、傲慢そうな方が見当らなかった。
 初見宗家に「わがままで傲慢そうなお弟子さんがおられないのは何故ですか?」の質問に、「すぐに辞めてもらいます、場が乱れるし、そういった人は何も習えないからです」。初見宗家御自身が、故高松翁に初めて出会われた時「これだっ!この人しかいない」と直観的に師を決定し、「決定したからには全て素直に受け取った、だから、今の私があるのです、とにかく素直ということが、諸事の基本なのです」。またもや、当たり前のお答えだ。自分が意志決定したのだから、全てを捨てて素直に習えば良い、まさしく、ものを習得する為の王道だ。
 確かに道場の中に、一人でも場を乱す人間が入っていれば、全体の意識が散漫になり、場の方向が定まらず練習が向上しない。そういった意味でも「すぐに辞めてもらいます」は、一刀両断で小気味が良い。
 初見宗家が、数回模範演武をする。お弟子さん達は、その数回しか行なわれないE級難度の演武を食い入るように見つめる。「プレイ」の言葉で全員がそれに取り組む。お弟子さん達が、出来ようが出来まいが次に進む。同じ「技」は二度としないそうだ。一見無茶苦茶な練習方法のように思われるだろうが、実はそうではない。お弟子さん達は、見事に消化している。それは、全員が黒帯だからだが、それほど単純なものではない。
 実はこの繰り返しは、お弟子さん達の集中力や観察力を極度に研く。そういった意味では非常に合理的な練習方法であり、日常に直接役に立つ能力開発でもある。黒帯のお弟子さん達は初心者の頃より、常に数回しか行なわれない宗家の演武を身に付けたい必然から、そういった能力を同時に身につけてきのだ。
 そうなり得たキーワードは「素直」以外のなにものでもない。

● お酒は三本まで

 練習が終わり、初見宗家が食事に招待してくださった。食事の席で「何でも聞いてくださいよ」と、おっしゃってくださった。しかし、練習の内容、その時に色々とお話頂いたこと、それらが私の頭の中で、コンクリートミキサー車の、ミキサーの中のようにグルグルと撹拌され、何が何だかはっきりしない状態だ。「有難うございます」と云うのが精一杯だった。
 初見宗家はお酒も強い。私は、頭の中を整理しながら、初見宗家につがれたお酒をゆっくりと飲む。宗家は、まるで水でも飲むようにさっさと盃をあける。「宗家はお酒は強そうですね」「私は三本しか飲みませんから」。三本を飲み終わると、店の方に「もう私はいいよ」。見事なまでの自己管理だ。この徹底的な自己管理がなかったら、真の武道家ではない。又外国でもやっていけない。国が違うということは、全ての習慣が違うということだ。その中で、常にベストの状態を作っていなければ、どんな変化にも即応できない。 そういった事は、一朝一夕に出来ることではない。初見宗家が、今日までどれほどの問題を御自身に課してきたかは想像を絶する。
 日常生活全般を武の道として捉えておられる初見宗家。初見宗家の細胞の一つ一つも武道なのだ。初見宗家との数時間、一分のスキも見せてはくれなかった。常に武道家なのだ。礼儀・言葉・所作・気配り、どれが欠けても二流の人間であり武道家失格だ。
 故高松翁から受け継がれた武道、それは、初見宗家へと脈々と受け継がれていた。
 別れ際「今回のことを書かせて頂いてもいいですか」と尋ねると「どうぞ、但しもてるように書いてくださいね」茶目っ気たっぷりにおっしゃられた。初見宗家の暖かさと、人間としての大きさが私を包んだ………。                 合掌



こういった展開で、初見宗家とお会いしお付き合いさせて頂くことになったのです。
今後は、やはり「秘伝」に掲載された記事を交え、初見武術の神髄を紹介していきたいと思っています。



● 初見宗家との再会

 昨年、初見宗家の稽古を拝見させて頂いた事で、私自身が、独自に研究して来た日本伝統武術の本質の部分が間違っていなかったことを確信した。しかし、目の前で繰り広げられた、世界のコンバット達が驚嘆している初見宗家の「技」の数々に、日本伝統武術の繊細さと難しさを改めて認識させられ、日本伝統武術の「技」を普遍化し体系化することの難しさを今更ながら感じ取ったものだ。
初見宗家の道場生の方の多くは、外国からの方達なのだが、日本文化でありながら日本人でも難しい初見宗家の微妙な動きや、武術的な考え方を掴み取ってやろうという、その熱気にも圧倒されっぱなしだった。
 初見宗家のお話をうかがっている内に、部外者の私にも初見宗家の「技」を受けさせて頂けないものかと内心秘かに思っていた。というのも、いくら間近で稽古を拝見しても、向かい合った時、こちらから宗家は「どう見えているのか」触れ合った時どういった「感触」なのか、その時こちらの「意識はどう働いているのか」又「働かされたのか」「情動にはどう働いたのか、他」といった、武術にとっての一番重要な人間の構造上の内的な点を、初見宗家がどう身につけておられるのかを『実感』として分からないからだ。
 この重要な点が分からない限り、どんな肉体トレーニングをしようが似て非なるものになり、所詮子供の喧嘩の延長である肉弾戦の域を出ない。そうなると、結局は体格・筋力に勝っているものには負け、年老いたら衰えるという図式から成長しないということだ。又、目指すべき名人の「境地」など、机上の空論に自分がしてしまうことになる。
つまり、この場合だと初見宗家の稽古を体験し、この点をしっかりと「実感」することで、それを最終目的としてトレーニングを組み上げることが出来る、という事だ。

● 初見宗家を『実感』する

 しばらく機会を窺っていたが、あまり悶々としているのは身体に悪いので、思い切って初見宗家にお電話をかけて見た。すると、こちらの予想とは違い、いとも簡単にお会いして下さるという返事を頂いた。
何故いとも簡単に、と強調したかと云えば、初見宗家から私を見れば武道を研究しているただの人ではなく、自分が情熱を懸けて高松先生から伝承され、受け継いできた「技」の秘密を探りに来る、つまり、昔で云えば「技」を盗みにくるスパイのようなものなのだ。その私を、何のためらいもなく招き入れて下さったというところにも、初見宗家の度量の大きさと寛大さが光って見える。
 最初に、初見宗家が先日アフリカで、各国のコンバットを相手にセミナーを開いたビデオを見せて頂いた。それぞれの国のコンバットのナイフの使い方、ピストルの使い方、国によってこれほど違うのか、もっと言えば、民族的に人を殺す為の方法の違いに、改めて初見宗家が活躍されている世界のリアルさ、武術そのもののリアルさに一瞬身体が固まってしまった。
 そういった、コンバットを相手にナイフであろうがピストルであろうが、あやつり人形のように簡単に処理してしまう鮮やかな初見宗家の「技」には、コンバットの人達には悪いが大笑いするしかなかった。又、ビデオの中で身体をたたまれてしまったコンバットの人も、自分が何故たたまれてしまうのか分からないので、笑みすら浮かべていた。
 初見宗家には失礼だが、御年70才は大目にさばを読まれているのではないか、と思ってしまう。もちろん、年の内半分くらいは外国を回られ、日本伝統武術のすごさを身体で伝導しておられるのだから、尋常の若さではなく正しく「年老いて強い」を人生を懸けて証明されておられるのだ。

● “居着くは死、居着かざるは生”の教え

 そのビデオの中で、初見宗家が「親指が大事ですよ」とレクチャーしておられたので、「それはどういった意味なのですか?」と質問した。宗家は「手を出してごらん」と言って私の手を触った瞬間、私の右手親指に激痛が走り、思わず大声を出してしまった。すると宗家は「日野さん、痛いのは生きている証拠ですよ」と大笑いされ、「武術では、弱みを見せたらそこを付け込まれ攻められます、それに、痛くするというのは単なるこけおどしで武術の本質ではありません、要はいかに殺すかですから」と涼しい顔で話された。
 そして、おもしろそうに私の腕の別の箇所をとり、「痛いだけならどこにでも痛いところがありますよ」といって、力を出された。先程よりすさまじい激痛が体中を貫いた。
 「初見先生、つかぬ事をうかがいますが、初見先生が師の高松先生の所に弟子入りされた時は、高松先生からの洗礼に『痛い』とは、おっしゃらなかったのですか?」「もちろん私も悲鳴を上げましたよ、高松先生は『初見はん、痛いのは生きてる証拠でっせ、いつまで痛いところに止まっているんや』と怒られたものです、本当に優しい先生でした」
 読者は、この高松先生が初見先生に語った「いつまで痛いところに止まっているんや」という言葉の深さを分からないだろう。この言葉の裏には、高松先生自身が実戦をくぐり抜けてたどり着いた『智慧』が潜んでいるのだ。武術史に残る名人達がたどり着いた「技」の概念、つまり、『こだわりは命取り』という教えだ。
 武術的には「居着くは死、居着かざるは生」と云うが、高松先生自身がご自分の言葉で語ったところ(「いつまで痛いところに止まっているんや」=痛みに浸っている暇〈こだわっている〉があれば、すぐに別の対処をしろ、痛い、と声を出す暇〈こだわっている〉があれば何かしろ、という事だ。)に、机上の空論ではなく実戦的に積み上げてきた、つまり、言うまでもないが、紛れもない本当の武術家であることが見えてくるのだ。そして、その言葉を引き継いでいる初見宗家の生きざま(こだわりのない)迄、全てが見えてしまう一言だ。

続く
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● 初見武術を初体験する


 お昼をご馳走になり、道場に案内された。
 さて、読者はこういった経緯の中で、初見宗家の「技」とはどんな種類のものだと想像するだろうか?世界のコンバットを手玉にとるくらいなのだから、空手や柔術の様に痛みを伴ったり、逆を取ったりで制圧するようなものだと思うだろうか?
 道場の凛とした雰囲気にのまれ、足を中に踏み入れるのを一瞬躊躇した。「日野さん、どうぞ」と宗家が誘導して下さった。「失礼します」と、私は道場に一礼をして中に入った。
 「日野さん、何がいいですか、刀ですか?棒ですか?何でもいいですよ、何にでも身体でお答えしますから、おっしゃってください」「それでは、まず刀でお願いします」「はい、はい」宗家は、木刀を無造作に二本取り一本を私に持たせた。「どこからでも、どうにでも掛かって来て下さい」私は、「はいっ」と返事をして、正眼に構えるがはやいか一番素早く相手を攻められる首への突きを出そうとした。瞬間、宗家の木刀が私の木刀のみねに置かれたので、思わず私の動きが止まってしまった。
 「どうします?」宗家は、笑いながら私が構えている真横に身を置いていた。私からは果てしなく遠く、宗家から私は一番近いところにあったのだ。私はピクリとも動くことも出来なくて、一瞬の虚が出来てしまった。すかさず宗家は、私の首筋に木刀をあてながら、私の足も踏んでいた。私はどちらに反応したのかは分からないが、確かにどちらかに反応し「あっ」と、意識が瞬間停止した。その瞬間、私は宗家に踏まれた足を中心に、後にバランスを崩すしか逃げ道はなかった。宗家は崩れた私の姿勢を逃さず、膝を巧みに使って私の上から体重を掛け、続いてその圧力から逃れようとしてもがいた、もう一方の足先にも体重を乗せられた。
 これが「たたまれた」という状態なのだ、たたまれる過程なのだ。世界を又に駆け活躍しておられる達人の感触、その達人の感触は『柔らかい当りで痛みを伴わず、『意識の虚をつくもの』だった。
 木刀を持ってもう一本、素手で三本ほどお相手をして頂いた。

● 今回の企画の実現

 「いかがですか、日野さんが今までに出会った感触でしたか?」「いいえ、出会ったことは有りません、大方の場合、多少の大小はあっても、腕力でねじ伏せたり逆を取ったりというものばかりで、宗家のような感触は本当に初めてです」
 しばらくの間を空けて「これが日本の武術です、分かったでしょう?」宗家がやさしく声をかけられた。「はい」という返事の後、頭の中はビデオの再生のように、先程の時間が駆け巡っており言葉を出す意識はまるで働かなかった。
 私が感触に浸っていると「ところで、日野さんはどこでその動きを習ったのですか?」「全部独学です」「それは素晴らしい、私は高松先生についたお陰なのですが、今迄に日野さんのような受けを取れる人と巡り合ったことはないですよ、まるで、私の影とやっているようでした、いや、お世辞じゃないですよ、私にとっても楽しい時間でした」「ありがとうございます」私は、宗家の言葉に、改めて自分の研究して来た方向が間違っていなかったことを確信するとともに、宗家のこだわりのない損得勘定の入らない大きな人間性に感動した。
 「日野さん、受けを取るというのは非常に難しいものです、高松先生からもよく『初見はん、受けを取るというのは人を受け入れる、その人間を全て受け入れる、ということで、度量や胆、人間の器が大きくなかったら出来まへんのや』とよく言われたものです、自分勝手に逃げているような受けは受けではありません、言葉じゃ説明できないけど日野さんなら分かるでしょう」「はい、よく分かります………、唐突なのですが初見先生お願いがあるのです、今、私が味わった先生の「技」の武術としての本質の部分、つまり、本当の意味での『秘伝』を世間に公表させて頂けないでしょうか?」「ああいいですよ、日野さんなら間違いはないでしょうから、やって下さい」「ありがとうございます、早速取り掛からせてもらいます」
 といった経緯の中で今回の企画は実現した。
 実際として、現代の世界のコンバット達に驚嘆されている初見宗家の「技」。それは故高松寿嗣師から初見宗家を通し、戦国時代から脈々と伝わる世界に誇れる日本伝統武術だ。しかし、初見武術としての実際の刀や棒の使い方、足の使い方などいくら紹介しても、それは武術の部分であって全体ではないし、現象の一つであって本質ではない。
 つまり、枝葉末節的な現象(目に見える運動としての「技」)は、状況により千変万化するものであるのだから、枝葉末節をいくら並べたところで初見武術の本質に届くことはない。
 したがって、初見武術の中から日本伝統武術とは何かを探り出すことは出来ないし、受け継ぐことも出来ない。だから個人がその現象を「自分のものにすることは出来ない」のだ。もっとも根本的なことは、ここで云う『秘伝』とは、初見武術の現象ではなく、その現象を作り出している初見宗家ご自身の「ものの考え方や感じる為の指針となる言葉と、具体的運動との相互の関係」なのだ。
 だからこそ、初見宗家が日々成長しておられるように、それを学び取ることで個人も日常の生き方とシンクロさせられ、自分という人間を成長させる事が出来るのだ。つまり、人生の『秘伝』なのだ。
 そこにあるものが「伝統文化」というものであって、それが現在初見宗家をして世界が驚嘆している「日本伝統文化としての武術」なのだ。

● 歴史的達人と初見宗家の極意の共通点は「筆圧」に有り

 後日、編集スタッフがカメラを用意し、改めて宗家のお宅を訪れた。「日野さん、千葉周作の巻き物を見たことがありますか?」それこそ、いきなりのお宝拝見だ。「いいえ、ありません」「色々な巻き物や古文書はたくさん有りますよ」と言って、弟子の方にかなり大きなトランクを一つ持ってこさせた。「これですよ」そこには、北辰一刀流と名が入り、型を表した絵が数点そえられ、確かに最後に千葉周作と記してある。
 私は、その巻き物の中の絵に目が釘付けになった。当時は、今のような印刷技術がない、それが幸いして自筆の書き物という形で極意を残してくれている。つまり、描かれている絵そのものが極意ではなく、絵を表している線であり「筆圧」が達人そのものなのだ。まるで、ロットリンクで引かれたようにも見える、細筆で均一に引かれている線、意識の途切れや変化が見えない線、そういったデリケートの極みのような表現が出来る手の柔らかさ、肘のコントロール、姿勢、途切れることのない集中力、うまく描かなければいけない、というようなつまらない意識のない境地が見える絵全体、白紙の部分との絶妙のバランス。
 その絵を観賞し、ふと宗家に目を向けるとお茶を飲まれるところだった。湯呑み茶わんを持つその手の有り様に、手の柔らかさ、お茶わんに対して無理のない力の配分、達人の美しい手が目に入ってきた。読者は、お茶を飲むくらいで何をたいそうなことを言っているのだ、と思うかもしれないが全ては一事が万事なのだ。
 つまり、たった一つの行動の中に全体の要素が入っている、という事であり、何かを見抜く武器としての一番大切な「観察眼・一事が万事」なのだ。人間は、人の前等で注意しながらの行動や言葉を発している時は、それなりにきちんと出来るのだが、何げない行動や言葉には注意が働かないのだ、つまり、無意識的な行動であり言葉になる。したがって、その無意識的行動の中にその人間の本当の要素が見えてくる、という事であり、武術的に云えば「虚」であり「スキ」の部分だ、そこをしっかりと捉えることが、相手を見抜くことに繋がっていくのだ。
 そこから見た時に、本物である初見宗家の何気なく持つ湯呑み茶わんに力みはないし、指先や手に傷がない。つまり、非常に合理的な筋力の運用をしていることが見えてくるし、力任せで乱暴な肉体の使い方で鍛え上げたのではないことも見えてくるのだ。具体的に云えば、湯呑み茶わんの重さが300グラムとすれば、その重さに適合した筋力を無意識的に手先指先・肘・肩にコントロールしている、という事だ。
 このデリケートな指先のコントールが、初見宗家の具体的「技」の本質でもある。そういったデリケートさがなければ、コンバットをたたむことは出来ないし、私自身がたたまれた時の感触にはならない。つまり、宗家の「技」の具体的肉体操作は『相手に対して不快感を与えない、相手の力とバランスしたもの』と言切れるのだ。
 そこのところを初見宗家にぶつけてみた。宗家は「素晴らしい、さすが日野さんですね、そこに目がいった人はいませんよ」と云われたので、私の考え方が間違っていなかったことを確認できた。

 今回は、初見宗家の「技」の導入部としてまとめたが、次回からは初見宗家のお許しがでたので、初見宗家にお相手をして頂いた体験の中から、『秘伝』を引き出し公開して行くつもりだ。

続く
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初見宗家と人力車で浅草見物お上りさん?