やっぱり「ながら」がええで

 飛行機でパリから1時間30分程、Pauの街に着いた。
稽古は夜の
730分からなので、少し休める。

「~の為に、という言葉があるのなら、それは義務感が働くので結果としてストレスが発生するからあかん」とよく言う。
しかし、この「~の為」という言葉も相当幅が広いし、働きも異なる。

昨日パリに着いてから静香さんと、市内を相当歩いた。
静香さんは1時間歩いても、2時間、3時間歩いてもまず疲れることは無いという。
むろん、ジムで汗を流す体力は持ち合わせていない。
今にも折れそうな華奢な身体だ。
「それは歩く姿勢が正しいからやで」という事だ。

逆に長く歩けないという人もいる。
いくら体力があっても、歩くと疲れる人だ。
一概には言えないが、多分歩く姿勢が悪く力んでいるのだろう。
となると、「長く歩けるように」という事で姿勢矯正や、筋トレを始める。
もちろん、その方法もあるだろうが、私の極論で言えば、それは間違いだということになる。

改めて姿勢矯正や筋肉をつける為のジム通いは「~の為」に当てはまる。
では何が良いのかというと、歩きながら矯正することだ。
歩くという実際の中で、自分の力んでいる場所を感じ取り、姿勢を変えることで力みを取れば良いのだ。
私は、どんなことでもこの「ながら」を推薦するし、私自身がそうして来て、それが一番合理的だと感じるからだ。

例えば、ジムのトレーニングは、日常ではなく特別な時間だ。
この特別の時間というのは、日常の気晴らしになる。
だから、そういう捉え方なら賛成だ。

しかし、そうではなくて、この場合の「歩き方」ということであれば、歩きながらが一番良い。
何よりも、自分の身体を動かしながらのことだからだ。
自分の身体特性のまま、ということだ。

ジムでトレーナー等についてやると、トレーナーのひな型にはめられるということだ。
それが自分の身体とピッタリくれば良いが、そうではない場合もっと疲れることになるからだ。
往々にして、改めに「~の為」というのは、余程でなければピッタリくることはないのだ。
それよりもやっている事を続けながら、というのが一番良いのだ。

◆東京・夏のワーク・ショップは6月7.8.9.10日
 神田道場で行います。
場所の都合で1コマ定員30名です。

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