一皮むけた!沖縄WS

先日までの沖縄ワークショップで最高の収穫は、15歳のナツキちゃんが一挙に伸びたことだ。
亮ちゃんも大城さんも、ビシッとくるようになっている。
そんな姿を見ていると、ワークショップを続けていて良かったとつくづく思う。
 
ナツキちゃんは、幸美先生のバレエスタジオに通っている。
ワークショップの前日に行うダンスのワークから、ここ数年受講している。
 
その前日のワークから、涙涙だった。
その涙は、最高級の課題を与えられ一杯一杯になったからだ。
最高級というのは、プロで活躍するダンサーも知らないこと出来ないこと、ダンスにおいて何が重要なのかの要素に取り組むからだ。
もちろん、こちらも無理だと分かっている。
だが、それに「どう挑戦していくのか」、ということが、自分の人生に挑戦していく姿勢につながるから、年齢に関係なく挑戦してもらうのだ。
 
そして翌日から始まったワークショップ。
そこでも初日から彼女にはプレッシャーをかけまくった。

若干の涙があったが、脱皮寸前の感じがしたので一寸した方法を教えた。
そうすると、完全に目の色が変わったのだ。
「見えているものが変わったやろ?」
と聞くと、嬉しそうに笑いながら「はい!」と答えた。
最終日、完全に一皮むけたナツキちゃんがそこにいた。
視線に迷いがなく、「看る」に近くなっている。
殆ど、それが身に付いたのだ。
その姿に、ナツキちゃんを知る全ての人が、彼女の脱皮に喜んだ。
 
一皮むけたというのは、何かが出来るようになった、何かをプラスしたということではなく、余計なものを文字通り剥ぎ取ったということだ。
その人の、核になる感性を覆う壁というか、防弾チョッキというか、そういった世間に対して身を護る為の何かが外れたということだ。
それは、逆に本当の意味での、つまり、生命体としての防弾チョッキを身に着けたということでもあるのだ。
そして、ここが「人との関係」の入り口になるのだ。
 
沖縄のワークショップの真剣さは、一朝一夕で出来上がったものではない。
10年という時間が、その場を作り上げてきたのだ。
それは、主催者をはじめ、その人達を支える周りの人達も、それぞれに「自分にとって大事だと気付き」、自分自身に取り組むようになり、「場」が出来上がって来たものだ。
 
だから、沖縄ワークショップは楽しく熱い。
それは、自分に取り組む姿勢が真剣に熱いから、とんでもないハプニングが起こったり、全員が一丸となって応援するからだ。
 
私が本土で、そのことを話すから、今回も本土からの受講者が多かった。
しかし、それが今回の「場」を崩した原因の一つでもあったと感じる。
つまり、ワークショップに臨む姿勢が入り口から違っていたということだ。
本土から来ていた人は、最初から「和気あいあい」を求めているように感じたのだ。
沖縄の「和気あいあい」は、真剣に熱いという前提の上に成り立っているのだが、そこをすっ飛ばしていた感じだ。
だから、全体的にワークが淡白なもの、つまり、「方法→出来た、出来ない」になっている感じがした。
 
それは、沖縄という環境と、本土という環境の違いだったように感じる。
息が詰まりそうな本土だから、最初から「和気あいあい」を求めていたのではないか。
沖縄は、基本的に人と人との距離が近いから、そこを求める必要はない。

そんな根本的な違いが、今回の意識散漫な場を作ったのだろうと感じた。

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