ウッドストック

ウッドストック。
一日50万人もの若者を動員した、前代未聞の野外コンサートだった。
もちろん、それを生で見たのではない。
その時代に同時に生きていただけだ。
先日、wowwowで3日間に及ぶその模様が放送されていた。
ジャニスやジミヘン、ザ・フーにジョン・バエズ他、懐かしい声や音が続いた。
テレビの前で「やっぱり、ええやんけ」身体が勝手に動いていた。
そのファッションも懐かしい。
世界同時的に席巻した学生運動や、反戦運動にヒッピームーブメント。
そんな時代だった。
恐ろしく下手だが、恐ろしく身体に響いてくる音。
音に血が通っているのだ。
技術以前に熱い血がたぎっている。
だから、演奏に力がある、という言い方をする。
コマーシャルにも使われている、ディープパープルのブラックナイト。
やはり力がある。
ロックがロックであったのは、ここまでだろう。
力がある演奏というのは、カビ臭くない。
つまり、何時までも新しいのだ。
何時までもライブなのだ。
力がある演奏と無い演奏。
そこの違いを聞き分けられる、あるいは、感じ取る事が出来るのは、好き嫌いという範疇ではない。
個人を感じ取れるか取れないか、だし、演奏する側個人に熱い血が有るのか無いのかだ。
それこそ、草食系ではなく肉食系かどうかだ。
ウッドストックでの演奏は、音を出さずにはいられなかった、声をださずにはいられなかった、楽器をもたずにはいられなかった。
そんな衝動が演奏から溢れ出ている。
熱い血だ。
だから、それに身体が共振してしまう。
私はこの「~せずにはいられない」を、何かを見定める時の一つの基準として持っている。
一種のガイキチかどうかだ。
意味も理由も何もなく、「~せずには、いられない」この理性を超えたあほらしさを持っている人を、私はたまらなく好きだ。

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