一人で店を2
一人で店を3

何?お●●?
クラブの仕事
喫茶バーテンに
梅田の店がオープン
梅田の店

「おはようございます、今日からよろしくお願いします」「えー、若いチーフやね、よろしくお願いします」
俺は、カウンターを片づけるのと、ホステスとの顔合わせにうろが来ていた。せやけど、不思議と緊張していないようや。それは、完全に上がっているからか。
棚の引き戸を開け、おつまみの乾きものの入っている缶に、チョコレートやおかきなどを分けて入れる。
氷を割り、ビールを入れてあるケースに大量に放り込む。6時を過ぎた。ホステスは5人ほど出勤していた。「チーフ、ラーメン注文して!」「はい」「チーフ、今日のオードブルは何?」「エビのクリームコロッケです」「へえーハイカラやな」「いらっしゃいませ!」ホステスがドアの開きに合わせて大声を上げた。
戦闘開始!。おしぼり、乾きもの、伝票、小鉢。頭の中は段取りが回っていた。「いらっしゃいませ」「チーフこのお客さんはラベルの水割りやから覚えておいてね」「はい、かしこまりました」「おっ、新しいチーフかいな、ほなこれからの付き合いに一杯飲みや」「頂きます、ありがとうございます」客からビールをつがれた。初めて仕事で飲むビール。これからバーテンをやっている間中ずっと飲むことになる。「頂きます、よろしくお願いします」「おお、ええ飲みっぷりや」「もう一杯いこ」「はい、頂きます」
何で、こんなやりとりが出来るんや?何もしたことがないのに。おやっさんの店では、黙っていただけやったような気がするけど。
伝票を付け、ビールを出し、水割りを作り、オードブルを出し、するめを焼き、客と話をし、ホステスの相手を「おはようございます、あ、おやっさん処から来たバーテンさん?よろしくお願いします」やっと、ママが出勤してきた。もちろん、今が初対面。
「よろしくお願いします」「前のチーフは博打で逃げたんよ、急やったからおやっさんに無理を言うたんよ、これからよろしくお願いね」「ああ、そうなんですか、よろしくお願いします」ママの顔を見て本当にほっとした。助けてくれる訳でもないが、何故だか安心した。
店は、超満員の盛況だ。東京オリンピックの頃やからどの店も繁盛していた。カウンターの中はビール瓶が所狭しと転げている。これが足の踏み場もないというもんや。俺は、絶対に意識は無かった筈や。夢遊病者のように仕事を片づけていた筈や。
「チーフが一人で大変やから、誰かカウンターに入りなさい」見かねてママがホステスに言ってくれた。一番若いホステスが入ってくれた。「あんた、チーフに手出したらあかんで、若い男には見境ないんやから」「そんなことしませんよ、ねーチーフ」ホステスに憎まれ口を叩かれながら、伝票を書いてくれた。洗い物もどんどん貯まる。若いホステスが流しの前に行き、グラスやお皿を洗ってくれた。
俺はタバコを吸う人間だということすら頭なかった。
「チーフ、ビール」「チーフ、オードのおかわり」「チーフ、おしぼり」「いらっしゃいませ」「チーフ、オイルサーデン」「チーフ、おあいそ」「チーフ、奥さんにおみやげ」「チーフ、一杯いこ」「チーフ、タクシー2台」「チーフ、有線でリクエスト、アンチェインマイハートや」「ありがとうございました」「チーフ、こちらのテーブルにフルーツ一人前」「はい、ただいま」
冷蔵庫からメロンを出し8分の1に切り、氷をダスターにくるみ瓶の底でくだく。氷は白くなり色合いが良い。カクテルグラスに氷を盛りブランデーを注ぐ。オレンジの輪切りで皮をデコレーションに。色が悪い、あんずの実を合わせ、カクテルグラスに火を。一丁上がりや。「フルーツ上がりました」「うわーきれいね、前のチーフはこんな盛りつけしなかったよ」受け取りに来たホステスが俺の耳のそばで「チーフ、これいくらにする?これやったら大分取れるで」
何故か、火を使う事に気が付いた。サザエも殻を使い、皿の上に岩塩で海岸風にし、ウオッカをかけ火をつけた。きれいに見えるにこしたことはない。びっくりさせてなんぼや!
「チーフ、おつかれさん」「おつかれでした」終わった。一日がようやく終わった。

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先斗町でフルーツの盛りつけや、サンドイッチなど牛刀やペティナイフを使っていたのが役に立っていた。別段習っていないのにフルーツの飾りなど出来るのは、本で見た記憶が蘇っていたのだろう。
「チーフどうしたん、何かあるんか」まだ若い、といっても当然俺よりも年上の客が話しかけてきた。俺をひいきにしてくれている客の一人だ。
カウンターに座る客はホステス目当てではあるが、バーテンと話を楽しむ為に座る。洋酒の話、カクテルの話、女の話、どれもこれも俺にはチンプンカンプンだ。毎日洋酒の本を、カクテルの本を、カクテルの種類を覚えてはいるが追いつくはずもない。女の話といっても、粋な艶話など出来るはずもない。
それらは、何時も年輩の客と話をすることで吸収していった。俺はネタを持っていない、だから一生懸命人の話を聞く、多分それが客に受けていたのだろう。
この時間になると、カウンター迄一杯になる。
「いやあ、別に何もありません大丈夫です」「そうか、チーフの顔見てたら誰か気にくわん客がいるように見えるで、どいつやねん、表に放り出すで」「何を言うてんのん、チーフが困っているやないの」ホステスが横から食い止めてくれた。「違います違います、大丈夫ですから」実際、酔っぱらって意味不明のことをいう客に頭に来ていた。
16才のガキには顔に出さないという芸当など出来るはずもない。「そうか、なにもなかったらええんや、ほんならチーフいつもの曲リクエストして」「はい、かしこまりました」その客はレイチャールズのアンチェインマイハートがお気に入りで、何時もリクエストしては若いホステス相手にツイストを踊った。
ひいきにしてくれる客が増えると、結構こういったトラブルもどきも起こる。バーテンとして初めて、もっと気を付けなあかんと思った時だ。
仕事には慣れてきたが、相変わらずカウンターの中はビールビンが転がり、若いホステスの助けがいった。連日仕事が終わったらバタンキュー。一日の初めと終わりの感覚が全くなかった。気が付いたらカウンターの中、気が付いたら便所掃除、気が付いたら黒門で仕入れ、気が付いたら八幡筋を歩いている。
「チーフ明日は夜終わるの遅くなるで、ママにも許可もうたからな」「何かあるんですか」「まあ、明日の楽しみにしとき」
「ありがとうございました」数人の客と、電車を利用しないホステス数人が残っていた。「チーフ、もう仕事終わりやからカウンターから出といで、こっちで一緒に飲もう」「チーフええよ」ママも呼んでくれたので、俺は白い前掛けを外しテーブルに付いた。カウンターの中と外、といっても店の中の一部なのだから何も変わりはないはずだ。
しかし、カウンターという垣根が関所の向こうとこちら、今で言えば入国審査のカウンターのように、全く違う世界のような感覚を受けた。カウンターの中の俺と、外の俺は何か違う。
客の一人が、大きな箱を店内に運び込んできた。結構重たそうだ。「手伝いましょか」「かめへん、かめへん、チーフは飲んどき」店のドアに鍵を掛け、客はその箱から何やら機械を引き出した。
映写機??。小学生のと時、学校で映画鑑賞会がありその時に初めて見た映写機。その映写機よりも少し小さかったが、映写機に違いない。フィルムをセッティングし終わると、店内は真っ暗になった。「チーフやったら見飽きているやろ」俺は何の事やら分からなかったが「まあ、そうですけど」と、客に合わせた。
小さなスクリーンに雨が降った映像が映し出された。「処女の……」ブルーフィルムだ。ブルーフィルムという名前だけは知っていたが初めて見るものだ。今でこそ裏ビデオがほとんど公然と出回っているが、ビデオも8ミリも街に出回っている時代とは違い、そうは簡単に目にすることは出来なかった。
そういえば、中学3年生の時大島渚監督で桑野みゆき主演の「青春残酷物語」という映画が松竹系であったが、桑野みゆきが水着姿になっているのを見るだけで世の中が騒いだ時代だ。
音声もなく、雨が降りまくっている映像。フィルムが回る映写機の音だけがカタカタと聞こえていた。ビールを飲む音、唾を飲み込む音、その静寂がやばいことをしているという気にさせた。この手の写真は、中学生の時知り合いのやくざから仕入れて同級生達に売っていたことがあったが、映像を見るのは初めてだ。
タイトルが映し出され、ひそかに期待した。
が、どこが処女や、こんなもんただのおばはんやんけ!

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どうも話が前後してしまう。仕事に余裕が出てきた頃、中学の後輩から教えに来て欲しいと家に伝言があった。そういえば、近畿大会や三都市大会の時期だ。俺が三年の時一年生で入部してきた連中が三年生になり、大会で活躍していた。自慢じゃないが、俺が教えた後輩達は全員俺よりも活躍していた。色々な大会でも優勝したり、常に三位以内にいた。
そういったことを振り返ったとき、俺は当時から物事の分析力と、組み立て力が優れていたという事になる。それは、どんなことでも「人から教わらない」という俺自身の姿勢があったから、そういった能力が育ったのだろうと思う。
もちろん、それが良くて、そうならないのは悪い、という話ではない。社会という場での役割の話だ。単純にいえば、名選手になるのか名コーチになるのか、それらを支える一選手になるのか、管理するマネージャーになるのか、そういった現場では活躍できないが、その現場を応援するサポーターになるのか、という役割だ。
それらのどれが欠けても現場は成り立たない。したがって、誰が一番偉いという話ではない。その役割において、全員平等なのだ。
しかし、その役割を自分自身が認識出来ていなかったり、誤解・錯覚をした場合に悲劇が起こる。つまり、自分自身に対する過剰評価、過小評価が他人をひがんだり、自分が傲慢になったりで、周りからのストレスを生むということである。

学校に顔を出すときは、三つ揃いを着ていくことに決めている。御幸毛織のフラノのスリーピー、当然誂えだ。この時代、首つりなど着たことがないし、買いたいとも思ったことがない。アルマーニーのスーツ言うてもただの既製品だ。そんなものにうん十万円出す奴の気が知れない。当時の俺の誂えのスーツは8万円ほどした。一般サラリーマンの給料が2万円有るかなしの時代にだ。
学校に行くと、女子部員が「先輩相談があります」と深刻な顔をして寄ってきた。「なんや、どうしたんやその顔は」「進路のことなのですが」そういえば三年生になると進路指導が始まる。「先輩は高校へ進まなかったですよね、それはどうしてだったのですか、体操で特待生で引っ張られたと顧問の先生から聞いたのですけど」
「うーん、それはな、俺は体操をしたかったんやけど、体操を止めたら最終的に学校の先こうになるしかないやろ、それは絶対に嫌やから断ったんや」
「私も学校へ行って勉強をするより、社会に出て働く方が良いと自分で思うんですよ、親は反対しますけど」「まあな、反対はするやろな、せやけど自分の決めた方に進むのが一番やで」
「ありがとうございます、よく考えて結論を出します」
「そやそや、自分で考えたらいいんや」「それと……」
「なんやねん」
「ちょっと、男子は向こうへ行ってくれへん」
女子部員達は男子生徒を追い払った。女子部員6,7人だけが俺の周りに集まった。
「先輩は経験がありますよね」
「はあ???」
「何の経験や」
「……」
「なんやねん、言うてみろや」
女子部員達は互いの顔を見合わせ、口火を切るのを押しつけあっていた。
「何の話や、俺は何でも経験してるで、知ってるやろ暴れていたの」
「はい、……あの、セックスの経験ですけど」
「えっ!…。なんや、お○○のことか、ああ、中一の時から経験してるで」
「えー!、うそー、本当ですか……、でも先輩は経験有るって皆で言ってたんです。そやから絶対に先輩しか話せないって。もしもセックスをするとなったとき、やっぱり相手のことを好きでないとしてはいけないですよね」
「うーん、そやな、そやけどその前に絶対に知っておかなあかんことがあるで」
「それは何ですか」
「避妊や、その年で子供生まれたらどうするんや、絶対に避妊のこと、病気のことを知ってなアカン、そやないと、泣くのは自分やからな」
「あっ、そうか」
中3の時、飛田新地から学校へ行ったことあるから、「好きじゃないとしたらあかん」とは言えなかった。

学校へ顔を出すたびに、こんな質問、色々な問題を相談された。年齢は確か二つか三つしか違わないが、何だか俺自身が大人になったような気になったのは間違いない。
進路を相談された女子部員とは、その後偶然家の近所で顔を合わせた。学校には行かず就職をし、やっぱり高校へ行かなくて正解で、仕事が楽しくて楽しく仕方がないと言っていた。

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3ヶ月経ったとき、おやっさんの店に呼び戻された。かわりのチーフが見つかったからだ。おやっさんの店に久しぶりに出た。たった3ヶ月しか経っていなかったが、もう何年も時間がたったような気分だった。
「どうやアキ坊、修行してきたか」常連のお客さんからひやかされた。「はい」おやっさんが側にいると3ヶ月前の自分でしかない。まるで、この3ヶ月が無かったような感じだ。ビールの栓を抜いて氷を割る、便所の掃除をしてグラスを磨く。何も特別な扱いはされない。うれしいような、物足りないような、変な感じだ。
何日か経ったとき、「アキ坊、クラブへ行って来い」「はい」次は、クラブのカウンターの修行らしい。「おやっさん、今度はちゃんとチーフがいるのでしょうね」「今度はちゃんといてるで、セカンドがいないから手伝いにいったれ」「はいわかりました」
三津寺筋にあるクラブに向かった。「おはようございます」初めて行く店は緊張する。初めて会うチーフ、ママ、沢山のホステス。店のにおい、照明、雰囲気、どれもこれも緊張する。でもワクワクもする。ホステスの数はまえのBARよりも多い。ママの雰囲気も違う。前の店のママは、どちらかと言えば控えめでやさしい感じだった。今度のママは、一寸きつそうな感じだ。まあ、そんなことはどうでもええ。
カウンターに入り手伝いをする。しかし、チーフは何も指示を出さない。年は40くらいか。色が白くて風体のさえないおっさんという感じや。「なんじゃ、このおっさん、何とか言えよ」と内心思いながらも、カウンターの中の仕事を探した。俺のカウンターとは違って、整理整頓が行き届いていた。 とりあえず、棚や引き出しを片っ端から開けて、何が入っているのかを確認していった。
「アキ坊、この店はカクテルがようでるから、カクテルををおぼえなあかんで」「はい分かりました」俺は、チーフから「カクテルの本」を借りて、単語帳に書き込んでいく事にした。この作業も、おやっさんの店にいるときからやっているが、仕事が忙しくて書き込む間がなかった。この店やったらチーフも居るから、一寸は楽の筈や。ということは、書き込むことも出来るで。俺は、基本的にどこへ行っても住み込みをさせて貰うことにしている。とにかく家にいるのはうっとおしいからだ。また、他人の家に住むのは、自分とは勝手が違うから面白いというのもある。
お客は、前の店よりも年輩が多い。料金の事は聞いていなかったけど、きっと前の店よりも大分高いのだろう。オードブルも俺が作っていたのとは全然違う。盛りつけも何もかも違う。大人の匂いというのかな、全然違うんだということを知った。とにかく、シンプルだ。しかし、これやったら俺の方が上手いやんけ、という感じもあった。何だか貧乏くさかったからだ。それは後日証明されることになる。
初日が無事終わった。店の片づけを済ませ二階で寝る。朝、店の掃除、便所掃除、ビン磨き、グラス磨きを早々と済ませた。カクテルの種類を単語帳に書き込む。そうこうするうちに夕方になり、ホステスが出勤してくる。二日目になると気分が落ち着いて、ホステスの顔がよく見えた。もちろん、俺よりも年上だが、ちょっときつめの端正の顔立ちのホステスがいた。「おっ!きれいやんけ」名前は忘れたが、そのホステスは俺の面倒を良く見てくれた。出前をとってくれたり、お菓子を差し入れしてくれたり。クラブでの楽しみが一つ増えた。
「アキ坊、フルーツの盛り合わせを作って」とチーフに言われた。材料は、メロンをメインにマスカットやバナナなどだ。俺は、シャンパングラスを使って、ミントやブランデーを彩りに使い、豪華に見える盛り合わせをカウンターの上に出した。俺の面倒を見てくれているホステスが「これ、アキちゃんが作ったん、チーフの作ったんと全然違うやん、アキちゃんが作ったんがきれいで」と大きな声で言った。他のホステスも、盛りつけを見て「わあー、きれいやん」と声を上げた。「やっぱりな」と胸の中でつぶやいた。「これは、喫茶バーテンをしていたからですわ」と、一応チーフに気を遣った。
何日目かの夜、店が終わってから珍しくママが残っていた。「アキ坊、一寸一杯飲もか」「ええ、いいんですか」「かめへん、かめへん、アキ坊は何を飲むんや、遠慮せんと飲みや」「はい、僕はビールでいいです」「そうか、ほんならビールを抜いて」どういう風の吹き回しか、ママは俺とビールを飲んだ。世間話から客の話、チーフの話。ようは愚痴を俺にこぼしたかったんや。しかし、これがとんでもない展開になっていく。

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夜はどんどん更けていく。それにつれてビールの空瓶が増えていく。「そうやろ日野ちゃん。あんたも変わってんな、家がミナミにあんのに、何で住み込みやねん」「どうでもええやんけおばはん」とそこまででかかっていたのを、ぐっと飲み込み「はあー」とうなずく。ママの着物ははだけて無茶苦茶になってきた。これがきれいなママやったら押さえ込んでしまうんやけど、このおばはんでは俺が可哀想やで。
おばはんは立ち上がり、いきなり着物をかけるえもんかけを振り回しだした。えもんかけは長さが1メートル50センチくらいの長い棒だ。こんな棒で殴られたら大変や。ガラスが割れ、障子が破れ店の二回はグチャグチャになった。あかん、どないしたろ。このおばはん酒乱や。
俺はママをなだめすかしながら、棒を取り上げる機会を待った。何分たったか、何時間たったか俺も酔っ払っていたから覚えてえへんけど、ママを店から連れ出しタクシーに放り込んだ。何のこっちゃ、これは。俺は二階に上がってガラスの破片を集め、掃除をしていた。何で俺が掃除をせなあかんねん。障子をはずし、すぐに張り替えられるようにしておいた。俺はいっぺんに酔いが回ってきたと見えそれから昼までの記憶はまったく無い。
一応開店の準備だけをしおやっさんの店に行った。「おやっさん、えらいこっちゃ。あのママ酒乱でした。もうちょっとで殴られるところやったんです」「なにー、ほんまか。よっしゃもう店へいくな、お金ちゃんと取ったるからな」「ありがとうございます」ほんまに数日でこのクラブ修行は終わってしまった。なんか拍子抜けした日が続いた。そこで、おやっさんから少し休暇を貰うことにした。
喫茶バーテンをもう一度やり直してやろうと思ったんや。新聞広告を見ていたら、梅田の富国生命ビルの地下街がオープンで、そこに飲食店街が出来ると書いてあった。梅田の地下センターが大きくなるんや。それやったら、何ぼでも募集しているはずや。俺は求人欄を探した。新しい店は気持ちが良い。人も物も全部が新しいからや。俺は、富国ビルにある一軒の喫茶店を見つけた。見習い募集や。いくら京都で一年ほどやったというても、今はドライやから手も早くは動かない。それやったら見習いがええ。
履歴書を持って面接に行った。経験が一年あるということで採用してくれた。梅田の店がオープンするまで、そこの本店で働くことになった。住み込みは二段ベットが四台置かれていた。その内の一つが俺のベットや。

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新しい店のオープンに合わせて本店でも募集があったらしい。俺が与えられた部屋には、本店で採用された人たちもいた。二段ベッドに寝るのは初めてだ。しかも上のベッドが俺の場所だ。初めてのベッドは嬉しかった。布団も新品だ。俺の持ち物は少ない。その少ない持ち物の中には何とギターがある。
ギターは日活映画の影響だ。住み込みでギターを弾く、そんな主人公が浜田光夫であり、小林旭であり、石原裕次郎だった(のどかやなあ)。このシチュエーションには可愛い女の子が必要だ。吉永小百合や松原智恵子、一寸時代がずれるが大原麗子。そんな女の子を探す為に仕事をしたのかもしれない。これを大阪では「アホ」という。このアホさ加減を地でいっている俺、そうアホだ。しかし、マジでそれをやっているのだから、ほんまもんのアホだ。その気になって…、だから面白い。自分でも笑ってしまうで。
部屋に入った者の年齢はまちまちだ。初顔合わせの緊張感がたまらなくいい。ここで引いていては自分自身のポジションは最後まで悪い。動物で言うとボスの座に誰が座るのか、の駆け引きと同じだ。
周囲を見渡しても、そうそうリーダーシップをとれそうな奴はいない。かといって俺がリーダーシップを取れることも無い。何といってもまだ16歳だからだ。もちろん履歴書は18歳だが。
しかし、立場を作っておかなければずっと舐められてしまう。ここで重要なのは、ひるまないでかますはったりだ。そのはったりは、連中の知らない体験、例えば「俺はバーでバーテンをしばらくしていた」というようなことだ。そんな他愛も無いことでよい。それを連中の顔や素振りを見ながらかますのだ。何でもいい、連中の優位に立てば良いだけだ。このかましは、群れ特有のものではないだろうか。
一つの空間に人が集まった時、自動的に群れになる。すると本能が発動してこういった行動を取る。群れの中で生き残り、生き抜く本能の働きだ。だから、実際的に腕ずくの喧嘩にはならないことが殆どだ。ただ、「それがどうしたん」と言われたら終わりだ。
本店の喫茶部での仕事が始まった。そんなことより、可愛い子はいないかな、と探す方が先だ。同じ仕事をするなら可愛い子と一緒の方がいい。一日見渡しがいない。
「な〜んや、しょうもな」
初めての店のカウンター。どこに何があるのか。運動線はどうなのか。頭の中では勝手にシュミレーションしている。冷蔵庫の中には何が入っているのか、食パンはどこにはいっているのか、片っ端から探し出す。俺は一寸喫茶経験があるので、いきなりコーヒーをたてさせてもらった。「おっ日野君いけるなあ」本店のチーフが誉めてくれた。
本店は心斎橋にある。中華料理店も経営しており隣接されていた。その関係で中華のデザートは喫茶部が受け持っていた。おかげで、何の工夫も無い中華のデザートの盛り付けもしなければならなかった。黄桃の缶詰から1/2の黄桃を取り出し、1/4にし皿に花弁の様に並べる。これだけだ。「はあ〜???これでええのん」
喫茶部のカウンターはオープンカウンターで、客席からも見える。その割には汚い。というよりも古いから、時間が汚れを作っていったのだ。土間はセメントの打ちっぱなしだから冷える。長靴を履き、厚手の靴下を履く。
「ホット2つ」「はあい」「なんで、こんなぶさいくな奴ばっかりやねん」

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梅田の店がオープの準備に入った。バーテンもウエイトレスもマネージャーも総出だ。メニューの作成、接待の仕方、ホール主任の女性が若いウエイトレスに教育する。チーフは、メニューのデコレーションの仕方を業者と検討する。コーヒー屋を始め、出入りの業者が顔を揃える。店の中は戦場だ。
俺は、どこにいたらいいのか。このごった返した中でどこに立って何をすればいいのか。誰も指示を出さない。チーフやセカンドの人、それ以外の人全部が自分のするべき事を知っている。俺は?まず邪魔にならない場所、何か出来ることを必死で探す。仕事を見つけられなかったら恥だからだ。
俺 自身は何をしたのか判らないうちに解散になった。新しい店は気持ちがいい。コーヒーカップも調理台も冷蔵庫も、長靴もエプロンも、白いカッターシャツも新品だ。このユニフォームを着るだけでワクワクする。仕事だ。しかも新しい仕事だ。また一歩大人に近づいた気がした。
本店と、心斎橋の店の掛け持ちをしばらくしたいたら梅田の店がオープンした。俺は洗い場の前に陣取った。記憶はおぼろげだが、俺より下っ端はいなかったのかもしれないが、とにかく洗い場の前に俺はいた。ナイロンの長いエプロンをつけ、オープンを待った。チーフが「日野ちゃん、無茶苦茶忙しくなるで、覚悟しときや」と声を掛けてくれた。「はい」と答えたが、その無茶苦茶忙しくなるで、という事が分からないから覚悟も出来ない。
「いらっしゃいませ」ドアが開いて客が入ってきた。それこそ一瞬で満員になった。梅田の地下センターは珍しく、人がごった返していた。そこに新たに富国生命ビルが建ち、人はそれこそ蟻の如くそこに押し寄せていた。
時代は東京オリンピックの年1964年秋、16歳だ。
まだ洗い場は戦場にはならない。この客が帰りだしてからだ。「ありがとうございました」の声が聞こえだした。重なるように「いらっしゃいませ」洗い場にはコーヒーカップやパフェグラス、ジュースグラス、プリンソーサー、どんどんかえってくる。洗い場は左に水切り台、中央が洗う槽、右側に食器を浸ける槽に並んでいる。右の水槽には洗剤が入れられた湯が入っている。下げてきた器をどんどんそこに入れ、中央ですすぎ、左に置き水を切る。
「日野!もたもたしてたら、食器が足らなくなるやんけ!」セカンドの怒鳴る声が聞こえる。「はーい!すみません」うわ言のように返すだけで、洗い物で手一杯だ。
ナイロンのエプロンをしているが、そんなものはおっつかない。カッターもズボンもビショビショだ。ただただ洗うだけなのに。「日野何をしてるんや!」俺は、それこそ汗をかきながら一生懸命に洗った。グラスを割らないように、しかも早く。だんだん罵声を浴びる回数が増える。俺も限界だ。泣き出したくなった。でもカップはドンドンかえってくる。ホールの女性の主任に怒鳴られる。「日野さん、ウオーターグラスが足りません、早く洗ってください」分かってるわボケ、と内心思いながらも、手が動かないのだから仕方が無い。「畜生!!!」こころの中で叫んだ。しかし現実は洗い物の山だ。
「日野君食事に行っておいで」そうか、もうそんな時間か。10時の開店からあっという間に2時になっていたんや。チーフが洗い場を変わってくれた。 「行ってきます」地下にある食堂件ロッカールームに向かった。長靴はグチャグチャ、カッターはビチャビチャ、エプロンは水浸し。それでも仕事をしている俺に対して「かっこいいやん」と思った。

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数日は瞬く間に過ぎていった。何が何だか分からないまま…。主任の手が空いた時、洗い場に来た。「日野君、一寸かわったろ」主任が洗い場に入るといっぺんにきれいになる。洗い方が全然違う。ウオーターグラスを洗う用意、コーヒーカップ、パフェグラス、ジュースグラス、プリン、ホットケーキ、サンドイッチの皿、テーブルを拭くダスター、コーヒーポット、どれもこれも手際よくどんどんきれいに洗えていく。俺が働いていた先斗町の店での洗い方は全く通用しない。それは、ここ数日で実感していたが、俺自身は工夫の限界だった。というよりも、何も知らないから工夫のしようが無かったのだ。とにかく、今やっているやり方を早くするしかなかった。バカだ。
俺は主任の手さばきを食い入るように見た。目が点になったままだった。「日野君変わろうか」「はい」俺は変わって貰いたくてうずうずしていた。主任のやったことを直ぐにやりたかったからだ。目に焼き付いている内に実際にして覚えたかったからだ。俺は、主任のやっていたようにグラスをカップを皿を処理していった。見よう見まねで処理をした。
ウオーターグラスを並べ、たこ焼きをひっくり返すように洗剤をつけたスポンジでこねながら縁まで一挙動で動かす。これで一挙に20個位のウオーターグラスを洗える。十本の指一本一本をグラスに突っ込み、十個のウオーターグラスを持つ。そのまま洗剤を溶かした水槽に漬ける。数回ジャブジャブとした後、清水で洗い流す。
見よう見まねだが、その割には何も知らない時と全然スピードが違う。洗い方が早いのではなく、洗う方法が違ったのだ。しかも、エプロンもそれほど濡れない。エプロンが濡れるのは仕事をした証なのではなく、どんくさい証だった。洗い場が楽しくなっていった。もちろん、パンもおろしたいし、レモンも、リンゴも、じゃがいもも、タマネギも、とにかく包丁も使いたい。コーヒーも焙てたい。
洗うスピードが増したから、洗うことに余裕が出てきた。ウエイトレスにもホールの主任やマネージャーにも怒鳴られなくなっていった。
俺は本店のチーフに可愛がって貰っていたから、我が儘を通してくれた。梅田の店を終えてから、本店のカウンターに入れて貰う我が儘だ。もちろん、給料など出ないしいらない。とにかく早く仕事を覚えたかったからだ。本店のホールマネージャーが怪訝な顔をしているが、チーフはカウンターの長だからホールマネージャには有無を言わさない。
食パンを切るのもそこで稽古をした。レモンは40枚に切らなければならない。その為にはペティナイフがカミソリのように切れなければならない。そうする為にはペティナイフを研げなければならない。下ごしらえが大切なのだ。ほとんど毎日本店のカウンターに入った。本店のチーフは俺の仕事をだんだん増やしてくれた。たまに「日野君30分ほどパチンコうってくるから」と俺を一人にすることもあった。もちろん、そんなことはへのカッパだ。なにしろ、バーを一人で切り盛りした経験があるからだ。
何ヶ月か過ぎた時、梅田の店の私の上のバーテンと口げんかになった。何が原因だったか覚えていないが、どちらかが辞めなければならない事になった。その時、本店のチーフが梅田のチーフに俺の仕事ぶりを漏らした。俺は誰にも内緒にしておきたかった。それは、稽古をしていることが人に知れるのが嫌だったし、恥だと思っていたからだ。
むろん、今でも、それは変わってはいない。稽古をしてる姿など人に見せるものではない。

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