目次

●バンドボーイ5
●バンドボーイ6
●バンドボーイ7
●バンドボーイ8

 

ドラムのおっさんに「アキラ君、この時計を質屋へ入れてきてくれへんか」と頼まれた。
何でも、住民票はこちらに移してないらしい。
俺は、ミナミに沢山ある質屋から、お金を沢山出しそうな質屋を探し時計を入れた。
今から、思い出しても時代だ。
一杯飲み屋に質屋。
「はつせ」という食堂では、きつねうどんが 30 円。
そう思うと、コーヒーの 120 円は高いかも。
ミナミは雑然とし、屋台が並び舗装されていない路地もあった。
夜ともなれば、あちこちに街娼が客引きをし、ポン引きのおっさんも忙しそうに客を物色している。
おっさん達で溢れかえり、若い者達はいわゆる不良以外は、この街にはいなかった。
昭和 52.3 年頃の大阪だ。

おっさんのジョノカ(彼女のバンド呼び)に会いに、ステージを休んで天満にあるキャバレーへ。
それも、バンドボーイの仕事だ。
そこは、偶然辞めたドラマーが入ったバンドの所属する店だった。
ジョノカへの言伝を言い終え、楽屋へ。
「おはようございます」
「アキラ君、どうしたんや。辞めたんか」
丁度、そのドラマーのバンドは休憩だった。
「一寸そこまで用事で来たもので」「そうか、時間があるのだったら次のステージを、一寸聴いていき」
「ハイ、そうします」
アルトサックス、テナーサックス、トランペット、ギター、ドラム、ベース、ピアノの 7 ピースだった。
演奏はチャーリーパーカーのものからスタンゲッツのクールジャズ、デュークエリントンなどのフルバンドジャズまで、かっこよく決めていた。
俺との接点などまるで感じられない。
ほとんど雲の上の演奏だ。
おれ自身、ドラマーとしてのレベルを知っているから、まるで関係すること等出来なかったのだ。

時間はどんどん経っていく。相手バンドの演奏も残すところ 10 分くらいだ。
「どうしたんやろ」バンマスもメンバーもあたふたしている。
当然俺も、どうするんやろ?と。
しかし、他人事のように思っていた。

ワルツが流れ、相手バンドのメンバーが降りてくる。
「あれ、ドラムさんは?」
「まだ、来ないんですわ」
バンマスの顔色が悪かった。
それは演奏云々というよりも、キャバレーとの契約人数が一人足りない、ということでギャラを削られるかもしれないからだ。
俺はやっとその時、ドラマーがいないことをリアルに感じた。
「アキラ君、もう叩けるやろ?」「ハイ」俺は反射的に返事をしてしまった。

相手バンドのドラマーがワルツを叩きながら
「あれっ、アキラ君レギュラーになったん?」
相手バンドのドラマーも、丁度俺と同い年だ。
中学高校とブラスバンドで小太鼓をしていた、というだけあって、スネアーワークは大したものだった。
ライバルにもなれていない、俺だからこいつとも関係がなかった。
「ちゃうちゃう、おっさんがまだ来ないんや」俺は、返事をしながら、ドラムセットに腰を下ろしワルツを受け取った。
俺のドラマー人生の、本当の第一歩だ。
簡単なワルツなのだが、何故か身体が小刻みに震えていた。
身体中が緊張し、喉が渇いてきた。
まるで上の空のような居心地の悪さだ。
ドラマーの横に座っている時には、こんな状態になったことはない。
バンマスは俺がギターを弾けるのを知っていて、バイショウの時間になったら時々ベンチャーズやブルーコメッツ、それにビートルズのナンバーを弾いた。
その時も、こんなには緊張しなかった。

客がまばらなホールが、何時もよりも広く大きく感じている。
ワルツのエンディングになり、いよいよ初の一人立ちだ。
1 ステージ 2 ステージは、ほとんど 4 ビートをする。
「ワン、ツウ、ワン、ツウ、スリー、フォー」
バンマスがカウントを踏んだ。
「ええい、いったれー」

春にコルトレーンに出会って以来、レコードを聞くか練習をするか、という毎日だった。
Y 子が学校の都合がつく時、店に早く来てベースの A 田と三人で練習をした。
メトロノームと練習台、それにスティックと教則本を、厚手の綿の図田袋に入れ持ち歩いていた。
どこででも練習をしたかったからだ。
千日前から上六まで歩いて帰るのだが、その時は鉄のスティックで空打ちしながら歩いた。
谷町九丁目あたりで、いつも街娼に出会う。
その街娼が「兄ちゃん頑張りや」と声をかけてくる。それが日課になっていた。

「アキラ君、ええ感じやで」バンマスが、ホッとしたような表情を俺に向けてくれた。
ピアノの Y 子は、自分のことで一生懸命だが、時折アイコンタクトで「良いよ」と言ってくれていた。
ベースの A 田は黙々と自分のプレイに専念している。
1 ステージ 2 ステージが無事に済んだ。
次はショータイムだ。
2 ステージ目が終わると、プロダクションのマネージャーが譜面を持って楽屋へ来た。
譜面合わせだ。
もちろん、リハーサルなどない。
どんなビッグショーでも、リハーサルはしない。
譜面合わせでぶっつけ本番、これがキャバレーやクラブのパターンだ。
譜面に強くなるしかないのだ。
バンマスが譜面を見て顔面蒼白になった。
ブードゥー組曲、 8 分の6拍子だ。
俺も譜面を見てフリーズしてしまった。
誤魔化しようがない。
8 ・ 6 など叩けない、何よりも知らないのだ。
今流に言えば、まだ習っていないのだ。
ショーの時間は刻一刻と迫ってくる。
どうするーーーー

●バンドボーイ6

バンマスは楽屋を飛び出し、公衆電話のところに走った。
このキャバレーの界隈には、ダンスホールのユニバース、キャバレーのユニバース、金の城、ミス、ニュー・ミスとあり、そこにはフルバンドからジャズのコンボ、フィリッピンのコーラスバンド、歌謡コーラスバンドと多種多様なバンドが入っている。
その中でも、ダンスホールのユニバースは、義則ただおとキャスバオーケストラといって、関西でも優秀なラテン系音楽を得意とするフルバンドが入っていた。
小さなクラブにもバンドが入っていたので、数え切れないくらいのバンドマンや、俺のようなボーヤがいたことになる。
ステージの合間の時間になると、近くの喫茶店や行きつけのジャズ喫茶は、そういったバンドマンで一杯だ。
そこがまた情報交換の場でもあり、どこそこのバンドの誰が抜けるから、誰かいないか、など、仕事を探したりメンバーを探したりしていた。

今では吉本のビルが建っている付近は、お化け屋敷が常設されていたり空き地のまま放置されていた。
何でも千日前界隈は、刑場跡だった。
そのことを知らないときでも、余り気持ちの良い雰囲気ではないところだった。
小学生の頃は、上六からこの辺りまで足を伸ばし遊びに来たものだ。

バンマスは義則ただおさんのところに電話を入れたようだ。
丁度向こうの休憩時間と、こちらのショータイムが時間的にバッチリ合っていた。
そこのドラムの人と義則さんが慌しく楽屋に入ってきた。
「譜面はどれ?」バンマスがドラムの譜面を渡すと、サーッと目を通しただけで「よっしゃ、大丈夫」とバンマスに言った。
俺はどうなることかと思ったが、何とかするのがバンマスの役目だ。
休憩時間が終わり、ショーの時間となる。
キャスバのドラムの人と、俺、そして義則さんがドラムの席に群がる。
ファンファーレは俺が叩き、ショー本番はキャスバのドラムが叩く。
ショーが始まり、どこの国の人たちだか記憶にないが、パッケージのダンスショーが繰り広げられた。
俺は、譜面を追うのだがまるっきり追いつかなかった。
この調子でいくと、絶対に譜面など叩けるようにならないのでは、と内心冷や汗をかいていた。
訳が分からない内に、その日は終わってしまった。
「日野君いけるやん、大丈夫やで」ピアノの Y 子が言った。
どこがやねん。
今日入ったショーは三日間続く。
ということは、三日間キャスバのドラムに応援して貰わなければならない。
もしも俺がバリバリのドラマーなら、これほど屈辱的なことはない。
むろん、まだボーヤだから、といってしまえばそれはそれで通ってしまうし、誰でもそう思うだろう。
しかし、俺は残念ながらそうは思わなかった。
こころの底から「畜生!」という負けん気が溢れていた。
千日前から上六までの何時もの道を歩く足取りは、途方もなく重かった。
頭の中は8分の6のリズムと譜面とが、グルグル回っていた。

あくる日、昼過ぎからキャバレーに入り、昨日のリズムを思い出しながらドラムを叩いた。
しかし、いくら思い出そうとしても、雰囲気くらいしか覚えていない。
譜面を眺めても何も出てこない。
それが俺の実力だった。
しばらくすると、ベースがやって来た。
「アキラ、早いやん」
「 8.6 が全然分かれへんねん」
「俺は、何となく譜面どおり弾いていたけど、ノリが全然分かれへんかったんや」
「ほんなら、一寸弾いてみてくれや」
店に早く来て練習する習慣は、この日から始まった。

そうこうする内に、アルトサックスの山ちゃんが辞め、トラで若くてかっこいいアルトが来た。
アイビールックに身を包み、細身のかっこいいスタイルだ。
吹くフレーズも、生き生きとしていた。
そのトラが辞め、次のトラも山ちゃんと言っていた。
実際レギュラーには誰を頼んでいるのだろう。
「バンマス、アルトは誰が来るんですか」
「実は、キャバレーメトロのバンドが解散して、コンボになるそうなんや。そこのファーストアルトを吹いている伊藤さんに頼んでいるやけど、解散するまでの待ちや」
この伊藤さんというのは、フルバンドの世界では豪放な音を出すプレイヤーとして有名な人だ。
「ええ、そんな有名な人が来るんですか」
俺は、俺が所属するバンドのバンマスのレベルも何も知らなかった。
もちろん、このバンドが俺のジャズの入り口なのだから知る由もない。

「トランペットの沖やんがフランスへ行ったらしいで、何でも前衛ジャズで何を吹いてもいいらしいんや」こんな話も耳にした。
前衛ジャズ?
そうだ、ジョンコルトレーンのマイフェバリットシングスやインプレッションのような曲のことだ。
ベースの合田が来てからは、ジャズ喫茶でも好んで、コルトレーンやシカゴ AACM など、いわゆる前衛ジャズをリクエストし、その楽曲の分析や考え方を考えた。
モダンジャズやバップを聴くよりも、前衛ジャズと呼ばれる音の方が身体に響いたからだ。
何よりもそのエネルギーに圧倒され、どんどんその方向に傾倒していった。
どうして演奏のダイナミズムがないのだろう?
どうして、もっと中身を展開させないのだろう?
どうしてドラムはリズムだけを刻まなければならないのか?
どんどん、既成の演奏方法に疑問が湧く。
それにしたがって、演奏方法をどんどん変えていく。
「一寸、俺がアレンジしてみるわ」
そんなこともやり始めていた。
9月頃だったか、アルトの伊藤さんがレギュラーでバンドに入ってきた。
凄い音だ。
透き通る、突き抜ける、歌う、これがアルトサックスだ、プロのミュージシャンというのを始めて体感した。
「アキラ君は、リズム楽器よりメロディ楽器の方が向いているかも知れないで、ドラムがよく歌っているから」
伊藤さんから誉められた時は、本当に嬉しかった。
まだ何も出来ないボーヤだという自覚しかないから、余計に嬉しかった。
ドラムを続けてもいいんや、と思った瞬間だった。

この曲を始めて聞いたのは、梅田にあった「インタープレイ8」でだ。
前衛のハウスバンドを聞きに言っていた時流れた。何故か涙が止まらなかったのを思い出す。


●バンドボーイ7

このボーヤの頃、ドラムのイロハが分からなく、全くモダンジャズが耳に入ってこなかった。
前にも、書いたようにその頃は、カウント・ベーシーやバディ・リッチのフルバンドから、スイング感やダイナミズムを感じ取っていた。
また、その一方では「ジャズ・ロック」と呼ばれるジャンルも台頭してきており、ハービー・ハンコックの「処女航海」などに身体を揺らした。
ドラマーは、弱冠 17 歳くらいだったと思う。
天才アンソニー・ウイリアムスだった。
ジャズオルガンのジミー・スミスが「マーシー・マーシー・マーシー」という曲をヒットさせたそうだ。
ドラムはグラディ・テイト。
大人のロックという感じで上品な演奏だったから、よくこの曲をリクエストした。
作曲はジョー・ザビヌル。将来ウエイン・ショーター達と、ウエザー・リポートというクロスオーバーなバンドを組むことになる。
演奏は、当時、キャノン・ボール・アダレイのバンドに属していたので、このレコードもよく聞いた。
ザビヌルの「マーシー・マーシー・マーシー」は、非常にムーディでメリハリがあったので、大好きな演奏の一つでもあった。

軽快なジャズロックの曲が詰まったライブ盤。
ジョー・ザビヌルのフェンダーの電気ピアノの音が甘い。
「マーシー・マーシー・マーシー」 スローなテンポがやたらとおしゃれで大人の匂いがした。

そんな、ジャズ・ロックという種類の音楽があったから、ジャズを好きになっていったのだろう、と今になって思う。
リズムとしては、ブーガルーとかいったと思うが、少しシャフルする感じのロックもあった。
16 ビートにはまだなっていなかったが、そんな匂いがチラホラとしていた。
俺はそんなリズムの洗礼を受け、バスドラムを 16 部音符で放り込むことを既にやっていた。

店が始まる前に、伊藤さんの呼びかけで、我々は何時も練習をさせてもらった。
伊藤さんのオリジナルの曲や、最新の曲のコピーまで、まるで大学生のサークル活動のように、練習をした。
おかげで、ドラムセットにどんどん馴染んでいったし、 4 ビートのリズムにも馴染んできた。
この練習がなければ、きっとジャズを止めていたかもしれないと思う。

ピアノの Y 子とベースの I 田との 3 人での練習も、かなり質が良くなってきている感じがしてきた。
そうなると、この 3 人で仕事を探したくなる。
当時 Y 子は、深夜 12 時からサパークラブで、通称ナイトという仕事をしていた。
そこは、トランペット、サックス、と 3 リズムだ。
そのドラマーが、中々雰囲気があり、楽しいドラマーだった。
もちろん、俺よりも遥かに大先輩だ。深夜からの仕事となると、メンバーは適度にアルコールも入り、本当に楽しそうに演奏していた。
「アキラ君遊んでいくか」
と良く声をかけてもらったが、大人のジャズメンたちにビビッてドラムセットには座れなかった。

「日野君、梅田にあるサパークラブで、バンドが一つ止めるようや、バンドのオーディションがあると聞いたで」
「ほんまか!よっしゃ、ほんなら支配人に会いに行こう」
Y 子が、そんな話を持ってきた。
Y 子と連れ立って、深夜 12 時そのサパークラブで支配人と会った。
どんなタイプの音楽をするのか、どんな編成か。
交渉は俺だ。
どんなタイプの音楽を求めているのか、どんな編成を求めているのか、逆にそれを聞き出した。
俺たちは、スタンダードなピアノトリオだ。
もしも、何か管楽器がいるなら、それは探せばよい。
軽いジャズやラテンが良いと支配人が言っていた。
「もちろん、そんなバンドですよ」
軽いノリでオーディションの約束を取り付けた。
一つのバンドが抜けると、大概はプロダクションが絡んでいるので横から入り込んだり、オーディションを受けることは出来ない。
しかし、そんなことはお構いなしに、尻(ケツ)をかく(店側に無理やりオーディションをやってもらい、今いるバンドよりも良い音だと認識させ、今いるバンドを首にしその店と契約すること。もちろん、これは各楽器でもやる。結局は良い音を出せたら何とかなる、ということだ)場合もある。
ここのサパーにはプロダクションが絡んでいないということだ。
オーディションの日までに、やる曲のアレンジをしておかなければならない。
俺たち 3 人は曲を決め、アレンジに精を出した。
といっても、殆どは俺のアレンジだ。
Y 子の家に行き、ピアノで演奏をしながら、サビはこうする、とか、イントロはこうで、と 10 曲くらいをまとめ、その足でキャバレーに行きベースを入れ 3 人で練習だ。
おかげで、初の仕事は決まり、 3 人で深夜から早朝まで働いた。

秋になり学園祭のシーズンを迎えた。
Y 子は、自分の行っている大学の学園祭で、伊藤さんとのクァルティットの仕事を取った。
そういえば、この大学の軽音楽部のドラマーに教えていたなぁ。
なんでやろ?まだ、ドラムのレギュラーになって 3 〜 4 ヶ月なのに。

楽器屋のおばちゃんが
「アキラ君、給料は上がったんか」
と心配してくれる。
確かこの頃は、半月で(当時のバンドの契約は半月だった) 5,000 円も貰っていたと思う。
「やっと C 万やで」
「それは安いで、アキラ君の腕だったらどんなに安くても E 万は貰える筈や。どっか探しといてやるわ」
店の周りには、キャバレーやダンスホールが沢山ある関係でバンドマンがやたらと多かった。
俺と同年代のバンドマンや、学生達のアルバイトも沢山いた。
そういった連中の中で、俺は一歩リードしていた。
もちろん、自分では分からなかったが、俺の演奏中には舞台袖で俺の演奏を聞きに来る連中が増えていた。
とにかくパワーは、この周辺のドラマーの誰にも負けていなかった。
当時でさえ、バスドラムのペダルを何度折ったことか。
余りにも頻繁に折るので、鉄工所を探しそこで強度を保つように作り変えて貰ったこともある。
この頃は、ズットつま先歩きをしており、その影響も十分にあっただろう。
つま先歩きで、鉄のスティックを振り回し、口ではフレーズをブツブツ言いながら歩くのだから、みんなは俺を避けて通った。
とにかく、知らない間に徹底してやるのが俺の性分だ。
この時代でも、コルトレーンの最前衛ジャズを、ジャズ喫茶でリクエストするのは、俺くらいだったこともあり、周りからは煙たく思われていた。
サラリーマン的なバンドマン達は、俺がジャズ喫茶に入っていくと、まるで口を合わせたように皆出て行ったものだ。
マスターがよく
「アキラ君が来たら、客の回転が良くなってええわ」
と言っていた。
もちろん、ギャラは沢山欲しい。
でも、今のバンドも気に入っている。
というものの、まだまだ腕を磨く段階なので、色々なバンドを回りたい。
でも、ナイトの仕事は誰がバンマスというのではなく、 3 人で山分けだから、結構ギャラがあったと思う。

ナイトといえば、まだメインのドラマーの横に座っているだけの頃、 Y 子が学校の行事か何かで半月位休むことになった。
その時、トラで来ていたピアノが雰囲気もあり上手かった。
そのピアノが、
「アキラ君、俺が行っているナイトの店で、ドラムが抜けるから来ないか」
と誘ってくれたことがあった。
本当に何も叩けない俺を誘ってくれた。
「いえ、何も叩けませんので」
と断ったら
「叩けないから、叩いて練習せなあかんねんで、予定が無いのならおいで」
と言ってくれた。
「ほんまにええんですか、そんならお願いします」
と、その仕事を貰った事がある。
その時、
「アキラ君、ミュージシャンの三種の神器て知ってるか。メトロノームとテープとレコードやで。とにかく徹底的に一曲を聴き込み、コピーをしそれをテープにとる、その聴き比べを何度も何度もするんやで、それが上達の近道や」
とアドバイスを受けた。
これを忠実に守った。
聞きやすいオスカー・ピーターソンのアルバムを買い、本当にレコードの溝がおかしくなるくらい聴いたものだ。

「いそしぎ」や「ブルースエチュード」という軽快で、耳障りの良い曲ばかり入っている。
このレコードを溝が擦り切れるくらい聞き込んだ。
おかげでピーターソンのアドリブは、ほとんど歌えるようになっていた。

「アキラ君、ミナミの 9 ピースでドラムが空くから、オーディションに行ってみたらええで」

 

バンドボーイ8

一体何人のドラマーがオーディションを受けに来ているのかは、受けるドラマーたちには分からないし知らされない。
オーディションを受けるに際してやっかいなことがある。
それは、オーディションの時間だ。
大方は営業時間に行うのだ。
つまり、本番がオーディションなのだ。
ということは、今働いているところを止めなければ受けることは出来ない。
あるいは、バンマスに嘘を言い、自分のトラを入れてオーディションを受けなければならないのだ。
もちろん、無茶苦茶物分りの良いバンマスであれば、嘘を付かなくてもトラを入れれば、受けに行くことが出来る。
私のこの場合は、誰か身内を病気にしてトラを入れ、受けに行ったのだと思う。

広いキャバレーの裏口で、バンドへの面会の手続きを取る。
初めて行く場所はワクワクして楽しい。
今まで自分の知っている空気感とは違うからだ。
店の雰囲気も従業員も全く違う。
それに触れるだけでも楽しい。
バンド部屋に行き、バンマスに楽器屋のおばちゃんから紹介され、オーディションを受けに来たことを告げる。
バンド部屋には、対バンの音が聞こえている。歌謡コーラスバンドだった。
何でもレコードも出し、結構売れているバンドだという。
9 ピースのメンバーに、俺のように若い人はいない。
しかし、バリバリのミュージシャンだという感じもない。
何とも不思議な感じだった。いわば、サラリーマンのおっさんのようだ。
トランペットやサックスの人たちがそれぞれにチューニングをしたり、軽くロングトーンをしたりしていて、前の店のコンボとは違ったバンド部屋の雰囲気だ。
どんな曲をするのか、初見で叩けるのか、チューニングの音とは逆に、おれは心臓の音が皆に聞こえるのではないか、というぐらい緊張しきっていた。
バンマスが若い俺に
「心配せんと思い切り叩いてくれよ」
と声をかけてくれた。
「勉強させていただきます」
俺はそう答えた。
そうこうするうちにワルツが鳴り、バンドチェンジの時間が来た。
「よっしゃー」
俺は内心気合を入れ、ステージに向った。
対バンのドラムの人に、スネアを借りる了承を取りセットに座った。
気持ちが浮つき、椅子に座っている気がしない。
ドラムセットの横に譜面台があり、相当分厚い譜面ファイルが何冊もあった。
「これか」
初めて見る譜面に、ワクワクしながらも心細さも倍増していく。
ホステス達は、俺の演奏している店の人たちより、心なしか上品に見える。
少し店の格が上なのだろう。
そんなことは、バーテンという職業をしていたから、直ぐに目が行く。
「○パート、頭から」バンマスが声をかけた。
俺は沢山あるファイルから○を見つけ、譜面台の上においてファイルを開いた。
フルバンドの譜面は、俺の店のショーの時にしか演奏していない。
一番上にあった譜面は、カウント・ベイシーの「ムーン・リバー」だ。
もちろん演奏したことはないが、ジャズ喫茶でよく聞いていた。
「あのレコードの曲か」
おれは叩かない前から嬉しくなった。
「 1 ・ 2 、 1234 」
バンマスがミディアムテンポでカウントを出し曲始まった。
俺は夢中で譜面を追いかけた。
難しいリフが叩けなくても、最低譜面さえ追えればよいと思っていたからだ。
難しいリフは、アドリブで切り抜けたらよいとも思っていた。
付点四分音符の連なるシンコペーションのアンサンブルやトゥッティがある。
それを見渡しながら、どう誤魔化すかを考え、頭の中は小節を勘定。
同時にジャズ喫茶で聞くレコードの音も頭の中を駆け巡っていた。
聞き覚えのあるフレーズがどんどん進行していき、やがてコーダーそしてエンディング。
何とか切り抜けた。
「あかん、譜面は難しいわ」

オーディションは、 1 ステージ丸々やらなければいけない。
大概 40 分から 45 分ステージだから、 8~9 曲、短いラテンの曲などを入れると、 12 曲くらい演奏しなければいけない計算になる。
俺の所属するコンボでは、アドリブの長さが決まっていないので、 4 曲くらいの時もあれば、 7 曲になることもある。
しかし、こういった譜面主体の演奏は、時間が決まる。
ということは、まだ 8 曲はある。
俺にとっては、長い長い 45 分だった。
何しろ、知っている譜面など、一つもないのだから。
何曲目かが始まった。
確かミディアムテンポの曲だったと思う。
途中で譜面を見失ったのだ。
「どこや?!」
焦った。
それでなくても譜面を叩けていないのだから、見失えば致命的だ。
何とかラッパセクションやサックスセクションを聞きながら譜面を探すのだが、見つからない。
どうもダルせーニョもレピートも分からない。
分からない!分からない!
右手のシンバルレガートだけはキープする。
「あれっ、音が無い!」
「日野君、曲は終わってるで」
バンマスが笑いながら俺に声をかけた。
「やってしまった」
と思いながらも、同時にドラムだけで勝手にエンディングを作って終わった。
「終わったな」
完全に身体から力が抜けた。
初めてのオーディションは完敗で終わる。
ドラムを選んで、二度目の大失敗だ。
まあ、一度目は失敗というよりも、俺自身が 6/8 をまだ知らなかったから、ある意味仕方がなかった。
でも恥と言えば恥だ。

気を取り直しステージを壊さないように必死だった。
ワルツが始まった。対バンのドラムの人が上がって来て、リズムを止めないように、乱さないように交代する。
「ありがとうございました」
ドラムの人にお礼を言ってステージを降りた。
冷や汗がどっと噴出した。
顔を上げられず、バンドのメンバーの顔を見ることが出来なかった。
バンマスが「 1 週間したら電話するから」
と明るい声で言ってくれた。
しかし、そんなもの聞かなくても分かっている。
曲が終わっているのに叩いていたのだから最悪だ。
救いようがないミスだ。
ボーヤからレギュラーになって 5 ヶ月。
もちろん、そんな期間でドラムをきちんと叩けるようになるわけはない。
ましてや、苦手な譜面だ。
それは自覚しているものの、もう少し叩けると思っていた筈だ。
御堂筋から戎橋筋に出て千日前を、幽霊のように歩いていたに違いない。
何とも心細い顔をしてバンド部屋に戻ったのだろう。
バンマスが「アキラ君、顔色が悪いで」
「はい」

つづく

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