東京「武禅」では、『相手ときちんと対峙する』『私があなたに話している』、という二つのテーマを行っています。
短時間ですが、参加者は「ドキッ」として、自分自身の何かに気付き、コミュニケーションが出来ていない事を実感します。
この気付きこそが成長、上達の第一段階なのです。
決して、現状の自分自身がスキルアップさせても、自分自身はアップしないことを分かってください。
スキルアップは、新たなマニュアルを手に入れただけですから、自分自身は何も変わっていない、成長していないのですよ。
いわば、夏服から冬服に着替えた、というだけのものです。

自己鍛錬
しか、自分を成長させる道はありません。

 
誰に話しかけているのきちんと私を見て私に話して

 

●過去のレポート

●一泊プチ修行熊野「武禅」


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●9-15レポートから抜粋

今日はじめて参加して、これだけ多くの方々に客観的にみられ、感じられた意見や感想を述べられたのは初めてです。自分を主張する余りに、相手が入ってくる余裕や間を閉じてしまう、狭くしてしまうことも多くあることを学べました。

また、沢山のことを忘れていた。「聞く」ことは受身ではなく働きかけなのに、なんか相手が言いにくそうだな、と感じながらも、相手を待っている自分がいた。

自分の考えている内容や行動は、とても環境に影響を受けていることに気付きました。それは自分という個人の中にしっかりとして目的がないから、まわりに流されてしまうのだと思います。

言葉をやたら並べてペラペラと語ってしまうことで、回りを混乱させる以前に、まず自分を混乱させていることに気付かされ、ゾッとしました。「人生、やれたなんぼや」ということを肝に銘じて行動することで、実際に具体的に変えていこうと思いました。

たくさん声を出した後に、相手に「こんにちは」と伝えやすくなっている。相手にこんにちはと伝えるだけなのに、あまりにも沢山の余分なことを自分でくっつけて、それを振りほどくのにまずエネルギーを使わなければならない自分が悔しいです。

感情が含まれた時の行動力というものは、とても凄いパワーがある。普段の生活の中でこのような感情を持たずに“事務的”にこなす自分は、「本当に人間か?」と問わずにはいられません。

「分からない」という答えが失礼だという言葉が印象に残った。この場合の「分からなかった」という言葉は、意見を述べるという約束の中なのに、何も見ていなかったということになる。自分の普段の生活でも「分からない」で済ませていることは多々あり、物事や人への無関心を表していると思った。

今日、自分の主観は客観から見て、大きくずれていたことに驚きました。

言葉の意味や声の音だけに寄りかかっているのを、コミュニケーションをしているつもりになっている自分。そうしたものを全部取っ払われた時に何が残るのか、と想像すると恐い。その意味でも、今回の「武禅」で突きつけられたものとは「生きる術」だったと思う。

準備とか事前に想定することを抜き、即興で対応出来る体や気持ちの有り様は、ごく当たり前のことですが、頭にある言葉で現実が見えていない、対応できていないことに気付かされました。

輪になっての言葉を伝えるワークでは、声と伝える熱が上がっていく様子が見て取れました。

●7-14レポートから抜粋

合宿のときは、分からないこと、出来ないことが苦痛だったのですが、今回は、分からない「から・なら」やる。出来ない「から・なら」やる、といちいち悩みませんでした。
悩まずとにかくやるのみ!ということを実践できました。

「向かい合う」「真剣に」それだけのこととも言えるし、それが全ての基本でもある。
「どうしたら?どうして?」ではなく、やるかやらないか、やれないならやれるようになるまでやる。
そして、大切なことは「思うこと」ではなく、「出来るようになる」こと。

「ナマムギ」と声を掛け合っているとき、気がついたら何も考えずに声を出していました。
その後の「こんにちは」で声が届いていると言って貰えた時に、さらに驚きました。
もしかしたら、アレコレ考えている時に、相手や物事がどこかへ飛んでいってしまうのかな、そう思いました。

相手の声が私に届かない…。寂しくて不安な感覚でした。
普段こういう感覚の中で過ごしているのか、と思ったら悲しくなった。

相手の前に立てた気持ちよさ、ホッとして、こうやって自分から相手に、とやれば良いのか、とその時気付いた。

本当に私は人に対して、まっすぐ向き合っていないと思いました。
人に伝えるきもち、人に届けることなど、とても人とコミュニケーションしているとはいえません。
自分の中だけで生きていることが良く分かりました。

先生が「今、出来るようになると思っているの?」と言われたとき、あーそうか、出来ないから稽古をしているんだ、と改めて思いました。
馬鹿です。

●5-19 レポートより抜粋

世の中、「武禅」のような機会が増えれば、もう少し充実した人生を送れる人が多くなる気がしました。

また、この「武禅」に参加された方々の、人生に対する真面目な対応に、私はビックリしました。今日のこの経験を是非、今後の人生に活かしてゆきたいと思います。

自分の感情を出すことの大切さと、その難しさを痛感しました。

相手の中心に自分を合わせる練習や、早口言葉を本気で言い合っていく中で、本当に相手に向かい合うとはどういうことなのか、本当に伝える、聞くというのは、どういうことなのか。という最初のところを掴んだような気がします。

自分がまだ、全然相手に伝えることが出来ていないというのは、最後、大きな円で一人を指名する練習で実感しました。「本気とはどういうことなのか」ということを、常に生活の中でも考えていき、実行していきたいと思います。

相手に気を許して接してもらうために、自分の心を開かなければならないと思いました。人の話を聞こうとする気持ちは、目線や態度に現れていて、人は自分が思う以上にその動きを察知しているものだと感じました。

人の目を見て話す、大きな声で挨拶をする、という事を前回の武禅から意識してやるようにしています。少しずつ人との関り方が変わってきた気がします。

自分が問題に対して正面から向かえない、人に伝えられないということを、こうやって「武禅」のワークでガツンと自分に分からせた方が、むしろ怖くないことが良く分かりました。何をすれば良いのか、少し分かったので明日から元気にやっていけます。

「こんにちは」生まれてから今まで、この言葉を相手に言っていないことが、実感できました。目の前に見えるからではなく、相手を感じて相手にも感じてもらって、初めて言葉が伝えられるということを感じました。

自分がどれだけ人に対して、正面から向き合っていなかったかが、とても良く分かりました。最初にやった「こんにちは」と、最後にやった「こんにちは」が全然違うものになり、とても気持ちよく「こんにちは」を言えるようになりました。あと、対する人によって、伝わりやすかったり、伝わりにくかったりするんだ、ということも発見できました。

相手の真正面にたっただけで緊張する、照れる…。どれだけ相手と真正面に対して来なかったのか…。分かってもらおうと、相手に対する努力を怠ってきたのだなあ、というのが一番の感想です。心の中、頭の中で分かっていても、それを相手も簡単に分かってくれるわけないのですよね。改めて感じさせられました。

こんなに必死になっても伝わらない、ということが分かりました。今までの自分は「独り言」どころか寝言に近いような話し方をしていたのだろう、と思います。相当に厳しい駄目だしを受けたはずです。そもそも何も出来ていない、と言われた様なものですから。でも、駄目だしされ嬉しかったです。スカッと嬉しかったです。

日頃、人と接することが多い私にとりまして、「こんにちは」は当たり前のように使っていました。但し、それは、しっかり相手に対して向き合っての「こんにちは」ではないことを発見し、情けなくなりました。相手と向き合って「こんにちは」が言えることは、とても素晴らしいことだと感じました。

何気なく日常でやっていることを、変えることの難しさ。3回目の武禅になるが、こんなに自分自身が、自分の想像と離れていると感じたのは初めてだ。
「ナマムギ」が終わった後の「こんにちは」。何も言わなくても、相手と笑顔になってしまう雰囲気。一番最初の「こんにちは」とは、何もかも違っていた。
自分が不満に思うことは、全てその人のせいだとしていたが、自分自身がその人に向かう姿勢が変われば、何もかもが変わるし、変えることが出来る。
自分が変わらないと、何も変わらない。それを実感しました。

●3/17 レポートより抜粋

自分から働きかけないと、相手も本気で返事してくれない。相手の反応を気にせず、思いを本気で伝えることは大切だと感じました。まずは、普段の職場でのあいさつから変えて生きます。

普段何かをやったり、言葉を発したりするときには、頭の中で色々考えてしまっているし、常にその行動や言葉に、意味を持たせようとしていたことに、改めて気が付きました。
単純に相手に伝えるとか、気持ちを受け取ってもらうということは、本当に難しいなと思いました。

みんなでワーワー言える職場を自分が作っていかなくては、と思いました。
部下も沢山出来る年代にさしかかり、本気でぶつかることを嫌がっていると、全体が腐ってしまう気がします。

僕は自分が嫌われることを避けて生きていると自覚しているので、少しずつでも思いをぶつけられるように、心持を強くもってこれから生活していきます。

直球を投げる戸惑いを感じましたが、これが大事だということが分かりました。届く届かないの違い、聞き分けが難しかったです。もっと、自分のエネルギーを全開にして、エネルギッシュにいきたいです。

もっともっと強い気持ちで人と対すること。恥ずかしがらないで堂々としていることが大事であること、先生の全身から感じました。今日は、スカッとしました。

最初はかなり緊張していましたが、無我夢中でワークが進んでいくうちに、相手に声を届けることや、気持ちを届けることの“感覚”が、なんとなく分かってきたように思えました。この感覚が消えてしまわないうちに、日常生活の中でもやっていきたいと思います。

自分に幼いところが残っているのは気付いていましたが、この歳で照れるのは気持ち悪いと先生が言われた時は、ハッとしました。コミュニケーションが下手なことも、相手よりも自分に問題があることは気付いていたのですが、それがハッキリした気がします。

今回の様に、人と対することを余りしてこなかった、しかも、苦手な人に対しては逃げたり、自分を殺したり。ここに来る前も、自分自身を殺し過ぎないように、とは思っていたのですが、それが人に接するとき、大事なのだと気付きました。誰に対しても正面から体当たりが出来たら!と思っています。