●62回〜66回

66回武禅レポート(1泊2日)

セクション1

その後、「相手と向かい合う」を他の人と行ったときも、自分が全くといって良いほど相手のことが見えていない。そして、どうしていいのかも分からないことに気づいたて、何故か笑いがこみ上げてきた。
本当に面白かった。
自分はただ頭の中でゴチャゴチャ考えているだけだ。そんな思いとか観念は、相手との関係では意味がない。

2人で刀を持って向き合ったとき、傍で観ている人に「人形」とか「ただいるだけ」といわれて呆然としました。
自分ではものすごく向き合って、相手に迫っているつもりだったのに、本当につもりなんだとショックでした。
私は、今までどうやって人とかかわってきたんだろか…、と不安しきり。
そして、本当に人とかかわってきたことはあったのだろうかと。
普段の生活の中でも、本当に向き合うことをやっていきたい。
どうしてもそうできるようになりたい。
ただ、今この場所でまず、少しでも。

セクション2

先生の助言のおかげで「形」をおぼえれば変わるし楽しくなることを学んだ。
他の人の形をしっかり見て覚えないと、良いか悪いかの目ももてない。
出来ないなりに形を覚えて、多少はましになったとき、楽しくなることを知った。
一寸でも出来るようになるとうれしいな、と思った。


セクション3

大声を出すことがこんなに気持ち良いことだとは思わなかった。
会社でも友達と一緒のときも、いつも声が聞こえないと言われ声質の問題だと思っていた。
声を喉で止めている感じがすると言われたこともあります。
大声をだしたつもりでも、何時も相手に届かなくて、その時、人に聞かれるのが恥ずかしい、間違っていたらどうしようという不安、周りの人に聞かれることを恐れていました。
今日、生まれて初めて、あんなに大声を出しました。
こんなに声が出る事に驚きました。
声が出なかったときは、人が怖く自分を出すのも怖く、とても不安な気持ちでしたが、伝えようとすれば相手にも伝わり、相手も言いたいことが言えるようになることが分かりました。
声を出して胸のつかえがとれた気がします。

真剣向かい合いとの時は、相手と向き合っていないということが、その次の中心線合わせで少し感じ取れたと思いました。
相手と向き合っていないというよりも、向き合う精神状態でなかったのでは、と今まだ考えている状態です。向き合って来る相手に対して逃げていて、そんな状態ではコミュニケーションがとれる訳もない。

 

輪になって、さらに早口言葉を言い続けるうちに、真剣にやっていない人、何も伝えてくれない人に何かを言われることが、モーレツに頭にきた。
半分笑ったような死んだような目で、早口言葉よりも無意味な大声にブチ切れた。
何度も何度も言い返し、このヤロー何言ってんだ、と思ったら、涙が出てきた。
感情がふきだして、私のことをぶつけたい気持ちが、相手に伝えたい気持ちが止まらなくなって、伝えても伝えても…、そのうち色々な人の事が見えて、それぞれに伝えたくなった。
ろれつも声も何も考えず、ただ相手にぶつかっていく自分がいた。
今日、初めて頭でなくて行動、感覚、感情…として、何かを乗り越えることが出来た。
自分が真剣に相手に集中して、相手を感じることが出来たら、そうでない人のことがすごくよく見えた。
ぶつかっていって「なんでそうなの?」とつっかかっていきたい。
そして、伝えたい。そう行動したら自然に出来た。

考えてみると普段の生活で大声を出すことなどなく、日々の生活の中で押し殺されている自分に気付きました。


7人で声の出し合いをした。相手の目を見て声を出すことだけに没頭して、いい間違いなど気にならなかった。
自分に声をかけて欲しくなった。

 


最初は「口だけで言っている」「声が届いていない」「私に向かって話しかけて」「あなたと稽古をしている気がしない」と言われ、どうしたら言えるだろう、とか、どういう聞き方をすればよいのだろうと頭で考えていた。
今振り返ると、頭だけだったのが分かる。
円陣になったときは、もう余計なことは忘れていた。私にぶつけてみろ、と思っていた。
人ときちんとコミュニケートできるってすごい気持ちの良いことなんだ。
なんだか、つまった煙突の掃除をしたみたいだ。
今まで、自分のエネルギーに蓋をしたりフィルターをかけていた気がします。

 


人が本気で伝えようとすると、ここまで変わるのかと、実感しました。
同じグループの女性は、最初蚊のなくような声で、全く自分に話しかけていなかったのに、何かがはじけ本気になったとたんに、その気持ちに圧倒される程になっていた。
本気にならなくてはいけない事、またまた思い知らされました。

 


伝えることの難しさを思い知った。そして自分に腹が立った。
自分に対してのことを世の中のせいとしてとらえていた(実は知っていたけど見てみぬふりをしていた)。
今日、真正面からその事実が体当たりしてきた。
痛かった。
かなり痛かった。
山を降りれば日常の生活がまた続くけど、今、動かないとまた簡単に元に戻る弱さも知っているので、とにかくやるだけだ。
それも一個一個焦らずに、頂点ばかりを意識するのではなく。

 


必死の思い、そんなこと、今までになかった。
そして、人に届いたとき、ほんとに心の中から良かったと思うし、相手のエネルギーも感じた。
無意味な言葉ですら届けば嬉しいのに、こんにちは、ありがとう、この言葉がほんとに届け合えた嬉しさ。
ということは、他にもっとほんとに伝えたいこと、伝えなければならないことだったら。
私は日常の中で、まず「挨拶」を届けることから始めます。
今日家に帰ったら「お母さんただいま」と、母の目を見て届けます。

 

今回の合宿もなんとなく来ることが嬉しくもあり、怖くもあった。
けれど来てみるとやっぱり良かったです。

 

けいこの終わりが近づくにつれて、皆の顔が変わってくる。
昨日一緒に稽古をしてあんなに引いて人が見違えるくらいになっている。
最後の「こんにちは」は、皆すごく嬉しそうだった。
このままのテンションを維持し続けるようにがんばろう。


 

65回武禅レポート(1泊2日)

セクション1
今、正面向かい合いの時の判断の基準としている、胸の前にぼんやりあるセンサーよりも、目で見て判断することの方が確かな気がしてしまって、そちらに頼ってしまう。(普段、目をセンサーとして使いすぎているのだと思った)
でも、実際には目を使った時の方が白黒をはっきり判断が出来ない。
自分の状態も相手の状態も一枚壁を通して知り、反応も遅くなった。
自分のまわりに熱いスポンジがあるようだ。

真剣向かい合いとの時は、相手と向き合っていないということが、その次の中心線合わせで少し感じ取れたと思いました。
相手と向き合っていないというよりも、向き合う精神状態でなかったのでは、と今まだ考えている状態です。
向き合って来る相手に対して逃げていて、そんな状態ではコミュニケーションがとれる訳もない。



セクション3

今日初めて、相手に何かが伝わった問い感じがします。
客観的にものを考えるのではなく、相手に何かを伝えようとするフリをしているのはなく、セクション1でおこなったじゃんけんの時のように、ほぼ反射的に相手に気を向けて飛ばすことを学びました。
たとえ、相手が自分の目の前にいても、どんなに声を荒げても、またどんなに頭の中で工夫してみても「相手」という対象が見えないと、独りよがりになってしまうんだと実感しました。
グループで早口言葉をまくし立てた時の素直な感情のぶつけ合いが、私には何より心地良かったです。
みんなとこころを通じ合えた気がしました。

グループで声を出し合っていると、自分の声が相手に作用していないのがよく見える。
くやしい!
個人的に「武禅」に来る前から知り合いだったMさんの、知らなかった一面を見た。
一緒に踊ったこともあったのにだ。
でも、これだけのエネルギーでお互いに接したことはなかった。
遠慮があったり、お互いの弱さがあったり。
彼女がその一面を見せてくれたことはとても嬉しいことだった。
日常で波風がたたずに過ごしているなんて嘘っぱちなんだ。
疑問に思ったこと、ひっかかったこと、絶対になかったことにしないようにしたい。


豚バラ肉の焼酎味噌煮込み・大根のエビくずあん・水菜のサラダ・里芋とほうれん草の白和え・みそ汁・自家製漬け物

大人数のグループで早口言葉をやっていると、これまで何となく距離のあった人達とも、大声で伝えあっていく内に垣根がどんどん取り払われていった。
日常の中では、こんなに腹の底から大声で伝え合う事は中々ないのだが、本気でぶつかり合えるということが、こんなに気持ちよいものだとは!
早口言葉が自分の伝えたい言葉に置き換わっていることを想像すると、それだけでも感動する。
ここで体験したぶつかり合いを、自分の人生の中に何とかして持ち帰りたい!


日常は、何かにとらわれて声を出すことや、相手に伝えることを恐れているのかな、と思います。
逆にここまで伝えたい!と願わず思いを込めてないから、しっかり相手に届かないのでしょうか?
皆が熱くなって、懸命に伝えようとするのを見ているのは、とても気持ちが良く、自分ももっともっと!という力をいただけます。
しかし、自分がなりふり構わず、顔を真っ赤に、首に青筋をたてて大声を出せる人なんだな、という発見もしました。
こころが自由になり、とても気持ちがよいことなんですね、声を相手に懸命に届けようとすることは。身体はホカホカです!

思った通り、すぐのどが痛くなった。
ただ言っているだけだとのどを潰すと思った。
前回同様、色々な人と言い合っている内にのどの痛みが最終的にはなくなった。
グループで言い合っている内に楽に言えるようになってき、でも、それは一人ではいくらやっても出来ないことだから、一緒に稽古してくれる人達は貴重だと思いました。
相手がいることで、自分が変われる可能性が出てくるのですね。
自分に向かい合ってくれる人は、本当に大切な人だと思いました。


4日間煮込みタマネギの甘みを引き出した特製カレー・仕上げにさっと痛めたタマネギを加え、その食感を出しています。

 

最初は、目が見れず、目を見よう見ようとする事のみで、一生懸命になっていて、全然相手に言葉が通じませんでした。
それどころか、相手のかけてくる言葉に対して何がどう私自身に届かされてきているのかさえ、全く分からずじまいで、どうでしたか?と質問されても答えることが出来ませんでした。
その後、4人組8人組とグループが変わり、自分が恥ずかしがっていることに気付きました。
厳密に言えば、最初から気付きはしていたのかも知れません。
ただ、認めたくなかった様に思えます。
また、普段から、そんな風に魂を込めて誰かに訴えることから逃げている事を痛感させられました。
また、集中力の欠如にも気付き、集中力の大切さを胆に命じていかなければと思います。


 

64回武禅レポート(2泊3日特別行会)

セクション1
今回は身体全体で相手に向かう気持ちで、間違えても良いから相手の目から視線を外さずに思い切りやった。
すると、いつもより反応が早くなり、間違いが少なかった。
間違えないように、と考えてやると、反応がおそくなるし間違いも多くなる。
考えずにやるとスムーズになる。ということは、何時も間違えないように、うまくやろうとしている自分はなになんだ?  
30代 男性 会社役員 29回参加

セクション1
人に印象を言葉で伝える事の難しさ!無意識に(習慣的に)優しいことばでいうのが良いと思っていた自分に気付く。 
30代 女性 無職 初参加



セクション1

本自分の見るということの浅さにびっくりしました。
始めはヘラヘラして失礼だといわれました。
もっと、自分を知りたい!今の自分はどうなのか!とか。
自分で考える自分と、人から見た自分には、凄く開きがあるように思います。
ですので、『もっと自分を知りたい』強くそう思います。 
20代 女性 ダンサーa 初参加

人がやっている時の違いは分かっても、自分がやると分からない。
ジャンケンの時は、すごく素直に相手と白熱して真剣だった。
その後は肩の力が抜けたようで、直後はラクだった。
日頃は、頭と身体が一緒になっていないのだと思った。 

20代 女性 ダンスインストラクター 初参加

セクション1
現場で考えないこと。
これは本当に難しい。
向かい合っている時に考えてしまっている自分がいる。
いや私自身は考えるよりも思い込みの方が多いかも知れない。
どちらにしても、現場での作業の遅さはこの二つの要素が大きな原因であるということは間違いないだろう。
30代 男性 公務員 25回参加

セクション2
私が声を出せたのは「もっと、もっと、もっと出せる」と私を誘導してくれたからだ。
私も相手が声を伝えられないのなら、私の方から「もっと、もっと相手を見て」と働きかけなければならなかったのだ。
相手が出せないのなら、私にも問題がある。
声を出す時に、引いているとアドバイスを受けている、ここでもかと思った。 
20代 女性 会社員  初参加




セクション2
始めに二人で向き合って、相手の正面を感じようとする時は目で見ていることに重きを置いていたようでした。
相手の方が目を閉じてして、とアドバイスを貰い「目を閉じて分かるはずがないのでは」と思ったのですが、やってみると眉間の前にボンヤリとエネルギーの柱のようなものが垂直に感じられました。
何度も繰り返す内にとてもリアルな感覚になり、「感じているように思う」という漠然としたものではなく、ハッキリとした感覚だったので、「本当に感じる」ということの確かさを知った体験でした。
白か黒か、感じているかいないか、とてもはっきしたものだということに納得しました。 
30代 女性 ダンサー 初参加

セクション2
向き合っての挨拶「おはよう・こんにちは」は言葉を相手に伝えるってこんなに命がけなのか!?
これじゃ、私は全然伝えている事をしていないなあと思いました。
仕事で患者さんと関わっている日々の会話、伝えるって言うことをしていたのだろうかと、痛感せずにはいられません。 
40代 女性 看護婦 初参加

「今」という瞬間はとてつもなく長いのかも知れない。
時間の枠を超えているものなのかも知れない。
じっくり感じる時間は、ちゃんと私に許されている。
30代 女性 無職 初参加 


正面に立とうとして気負うと全然分からないけれど、落ち着いて少しずつ丁寧に探っていくと、イメージではなく確かにセンサーのようなものがある感じがした。
合ったと感じ、相手の方もそう感じてくれた時、不思議な距離感を感じた。
一つに溶け合う一体感ではなく、とてもリアルに他者が心地よく存在している感じ、目が合っても恥ずかしい感じではなく、何時までも見つめ合える感じだった。 
30代 女性 会社員b 初参加

相手が自分の事を思ってくれているか、他のことを思っているか、ということがこんなに分かると言うことにびっくりしました。
まっすぐな心って伝わるのですね。 
20代 女性 ダンサーb 初参加

レッスンの前の先生のお話で感じたことですが、具体を積み重ねたから家が建ったというお話で、具体を時間がかかっても確実に積んでいかれた事の凄さとともに、それが必ずいつか出来ると何もない所から考え、困難にぶつかってもその信念を信じ続けられた強さに感動します。
その強さはどこから生まれてくるのでしょうか。何も根拠のないところにある自信とは、どこから来るのだろうと考えさせられました。

セクション6
人間、本当に影響を受けているものだと実感する。周りに何かを掴んだ人がいると、きっと自分にも分かると自信が持てた。
「根拠のない自信」について考えているが「私はやるんだ、と決心すること」なのかも知れない。
失敗したとしても、諦めずやり続ければ必ず実現するということ。
ここからが、自分の実践の場だと肝に銘じて、自分の今いる場に戻りたいと思います。 
30代 女性 ダンサーc 初参加


 

自分がこんなにも相手にストレスを与えているなんて、ショックでした。
握手をし相手と触れ合おう、感じ合おうとしている時でさえ、触られている気がお互いにしない、引かれている、探り合っている等の困難が起こり、相手とふれあい、感じ合うことがとても難しかった。
自分が感じ合えているつもりになっていても、身体の方が正直で、実はストレスを受けているという場面も多々あり、ここでも自分の頭で思っている「つもり」と身体で実際に行っていることのズレの大きさを感じました。 

 

セクション3
歌を歌って上げるでは本当にショックだった。
私は小さい頃から皆に歌が上手だと言われていた。
でも全然だった。
単なる思い込み。
自分は周りの人とちゃんと向き合わず、思い込みだけで生きてきたことがよく分かった。
気付いてないだけで、一杯人に嫌な思いをさせてきたんだなと自分が嫌になった。
大好きだった歌を通して、自分が今まで生きた来た年数は、単なる自分の思い込みであることを知らされた。 
20代 男性 学生
自分の変化を沢山実感出来た。
人と関わろうとしていない自分が凄くよく分かった。で、自分は本当に人と関わりたいと思っているのか?を問いかけてみた。
しかし、答えがでなかったので、「じゃあ、本当は関わりたくない」として、自分を「塞ぐ」という行動に出た。
その時、周囲の人たちは遠くで壁のある感じで、何の話しが聞こえてきても何も思わなかった。
それどころか、折角の食事さえも料理の味が全く分からない自分がそこにいました。
何の味もしないし、食べるという行為自体も他人事だった。
その「無感」が続いた後、談話の時、ものすごい顔に変わっていく自分を実感した。
「あっ、自分は嫌な奴だ。
武術に興味を持ったのも他人を傷つけたかったからだ」と分かった。
一生独り、他の人を傷つけたいのが自分だと認めた時、「そうだ」と言わんばかりに身体の感覚が鋭くなっていった。
ショックだったが、そういう変化を踏まえて、本当の自分、今まで良い人だと思っていた自分ではなく、こういう最悪な人間です、という有りのままで向かい合うと、凄い頭がクリアになった。
そして、本当に声が届いたし、届けられた時は自然に涙が出た。
「俺はロボット人とちゃうぞ!」心から思った。これからは嫌な自分で生きていき、その上でどうしたいのかを考えていきたい。
20代 男性 学生

 

63回武禅レポート(1泊2日)

セクション1
1番はじめに、日野先生に正面に向かい合って貰った時、凄く息が苦しくなりました。
自分が皆と向かい合った時は「全然おらへん」「ちゃんと立てていない」「弱々しい」と言われて、正直とてもショックでした。
他人からは、そんな風に思われていた、ということが今日初めて理解出来ました。
本当に今まで何をやっていたんやろう。本当に自分勝手に生きていたのだろうと思いました。
20代 男性 会社員 初参加

セクション2
気持ちが相手に向かい、手からの情報をていねいに感じ取る、をした時は、スムーズについて行けるが、一寸違うことを思ったり、考えたりすると、たちまち何も出来なくなる。
目の前の事をしていないと、一緒に稽古をしてくれている人に失礼だということを、やっと実感として分かった。
40代 女性 会社役員 7回参加




中華風挽肉団子、夏野菜の揚げびたし、山芋豆腐、タコ・トマト・キュウリの梅酢みそ和え、豆腐・ネギのみそ汁、自家製ぬか漬け

セクション3

本当に相手に伝えようとすること、相手の事を本当に理解しようとする事は、本当に自分自身がそうしようと必死になって初めて相手に伝えることが出来、相手を理解出来ることが分かりました。
ただ、何となく話しているだけなら、全然相手には伝わらないし、何となく聞いているだけでは、相手を理解出来ないと言うことを身をもって感じました。
今までを振り返ってみても、相手と話をしていても、それは「している」と思いこんでいるに過ぎなかったこともあったような気がします。
本当に伝えること理解することの大変さと大切さを感じたレッスンでした。

20代 男性 フリーター 初参加


セクション4
何度同じ動きを見ても、必要なことが見えていない。
見ることの難しさを痛感させられました。
アドバイスを求められた時、自分勝手なことを自分勝手に言っているだけで、自分の殻に閉じこもっているだけでした。
相手が必要と欲していることを、もっと感じて言葉を発していかなければならないと感じさせられました。
今までの生き方では、相手との関係を本当の意味で感じたり考えたりしていなかったように思います。
これからは、常に相手を感じられるような努力や、日常の意識のありかたを変えていきたいと思います。
30代 男性 会社員 初参加

セクション4
自分の悪いところを指摘されても、全く直すことが出来ない。
また、相手と全然向かい合えていない自分に情けなくなってきました。
自分の注意力の無さ、自分勝手な事しかできなくて、本当に情けなかった。

20代 男性 フリーターB  初参加


セクション2
自分が「何かしよう」と思っただけで、相手とずれてしまう。相手の意見を聞けない。
「うまくやろう」は通用しない。
当然相手からは違和感になる。本当に相手を感じなければ一緒に動けない。
「うまくやろう」は、何か自分を誤魔化そうとしているからだ。
30代 男性 会社役員 27回参加

セクション2
刺激によって、自分の身体を分かっていくということを、頭で理解しているだけで、実際何もやっていないし、何も工夫をしていない。
鈍い身体の使い方、そして脳に毒されている。それに全く気付いていないし、感じているつもりでした。
相手と繋がっていると自分が感じた時には、相手の方も同じように感じ、何ともいえない心地よさと不思議な空気にパッと変化する瞬間がやみつきになります。
何をやってもジレンマばかりですが、気持ちよく心躍る感覚でした。
30代 女性 ダンサー 初参加

セクション4
「こんにちは」の言葉のふれあいが、今まで体験したものとは全く異なり「すごくうれしく」「わくわくして」「時々、わけもなく泣きそうなくらい気持ちが良い」時があった。
他人を受け入れたことなのかどうかは分からないが、全くの赤の他人とのふれあいで、こんな気持ちを感じたのは初めてである。
40代 会社役員 2回参加

セクション4
「こんにちは」と言い合うのが、こんなにうれしいことだなんて、生まれて初めて感じました。
30代 女性 ダンサー 初参加


 

 

   62回武禅レポート (1泊2日)

セクション1

正面向かい合いでも、自分では正面で向かい合っているつもりでもピントがずれている。
しかもずれていることに気付かない。
そうしたことが非常にショックを受けました。
自分が何を感じたかについて、今までピントのずれた納得をしてきたのか。
そんな気持ちに今なっています。

20代 男性 学生 初参加

セクション1

正面向かい合いは、向かい合えると今攻められたら防げない、と感じる不安と、目の前の自分の正面にいるのでとてもラクで落ち着くという、相反する気持ちがってとてもとても不思議だった。
「あ〜そっちの方がラクですね」と言っている自分に驚いた。
自分の事が分からないのに、相手のことが分かるはずもなく、相手に合わせられなければ、相手の変化に合わせる為に判断するモノサシがないのだから、何も出来ないだろう。
ということは、今の自分は未知のことに対して何の対処もできないということであり、それが一番ショックだった。

20代 会社員 初参加


セクション3

「なまむぎ、なまごめ…」とでかい声を出そうが、声が相手の目の前でボンヤリぼやけて届いていないのが分かる。相手も同じような事を感じている。
何度やっても大体相手の評価も同じで、自分も相手に届いていないのがやはり分かる。

20代 フリーターB  初参加

特に聞き役の方に自分がなった時、自分が壁を作っていると言われ、ものすごくハッとさせられました。
それは、自分がこえを届ける時も、相手でないところに声を発しており、声を出せば出すほど胸の下あたりが苦しいと感じました。
余計なものをゴチャゴチャ持ち込んでしまっていること、それから「ポーズ」「型」「形」「外見」そういったものを気にしすぎている自分がいました。
20代 学生  初参加



セクション2

この練習は、一番ハッキリと出来ない自分を実感した。
まず、相手が何時引っ張るかが分からず、さらにどんな早さで、どんな力で引っ張るかが分からなかった。
ただ、たまに出来る時は、何の実感もなくて引っ張るとか付いていくということではなく、二人で何かの共同作業をしているような、相手にリードされているのに心地よい様な不思議な感覚だった。
最後に、日野先生とやった時は、先生と自分の手が一本で繋がっている様な感覚のまま気付いたら崩されてしまっていた。
相手と繋がっていて、しかも自分の思いが受け入れられていると感じている時、体勢が崩されていても、その気分の良い関係を自分から続けようとして、自滅した感じだった。
相手と関係をもっていると互いに実感し、その関係が、相手にとって心地よいということ。
これは、僕が望む人とのコミュニケーションそのものだった。

20代 フリーターA 初参加

セクション3

今までのワークで一番大変だったけど、一番実感のあったワークでした。
今の気持ちは、何だか訳が分からないです。
でも、今日初めて、相手に声が届きました。
声が届いた時は、何とも言い表せない、身体がキュンとした感じを受けます。
そして、その人と、今一緒に「いる」という感じもありました。
この気持ちを忘れないで、人と向かい合っていきたいです。
あと、駄目なのは自分だけだと思っていたけれど、皆も大変だなと、人の声を出しているのを見ていると、自分の悪い処がだんだん見えてきて、人にアドバイスを言っても自分に言ってるみたいでした。

20代 フリーターC 初参加


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