武禅レポート48〜52回

●52回武禅レポート(1泊2日)

セクション1

おもしろい!の一言に尽きる気がする。というより、正直今は感じたもの…、あの感覚を忘れたくない…。この心身に響いているものを、出来る限り持続させたい、大切に温めておきたい。
そうだったのか!の発見が沢山あって、頭の中で整理してまとめて述べることは、今はできないというか、したいと思っていないと言うか。上手く文に出来ていません。でも、ある程度言葉にしておかないと消えてしまうことも沢山あるかな……。
自分自身の感度を高める、呼び醒ましていく感覚がたまらなく心地よく、今までもったいないことをしていたなと思う。これからが楽しみです。
自分という人間が、言葉も想いも、物理的存在も、こんなにも影響力があるなど思ってもいなかった。自分を否定的に見るクセがあったが、こんなにも大きな力が潜在しているならば、もっともっと、人にもものにも自然にも、多くの存在が心地よく共存していけるような何かに自分をかけていきたい。

20代 女性 医大生 初参加


おーぶん煮込み肉団子・夏野菜の梅酢みそサラダ・焼きなす・牛乳入り冷やし茶碗蒸し・枝豆の混ぜご飯・豆腐ネギのおみそ汁・自家製ぬか漬け

 

 

セクション2
身体を生かしてあげてなかったなあと今思う。相手を想うのも心から…と思っていただけで、実はもっともっと感じる力を私も持っているんだな、と感じた。この気づきは、今以上これからの大きな芽に繋がっていくものだと思う。
誰かを思う……、自分勝手な想像でなく、ありのままのその人を見ていくことは心掛けていたけれど、その限界を感じていた。決して頭だけで見ていたつもりはないが……、なんて理由探しや言い訳めいたことは何にもならないので、最後の方に少し見えかけた光を大切にしたい。そうだ、たぶん感じるセンサーが少なかっただけだし、そうモノを「モノ」としてとらえる習慣に、落としてきたあらゆることに(結果的に)無関心でいたからだ。
今、感じるセンサー、誰かと関係し会うセンサーを見つけた。それはまさに身体そのもので、身体の細胞ひとつひとつを生かしてあげたら、きっと想像しきれないほど沢山の「ぴたっ」や、もっともっと「濃いぴたっ」を味わえるのだろう。人とのふれ合いの中で、安心感、あったかさ、ぬくもり、優しさを感じあえるように…。まずは、自分自身のからだを目覚めさせてあげることから始めよう。
このセクション…必ず活かします!大事にしたいものです。感じにくいものを、互いに必死に探そうとしたこと、未熟な私に一生懸命アドバイス、感覚を伝えて下さった方々やこの経験を下さった全てに感謝します。
20代 女性 医大生 初参加

セクション3

今まで、自分の感じるわたし、と他者のみるわたし、の違いを沢山感じてきたし指摘もされてきた。今日のこのセクションでも猛烈に突きつけられた。これが大きな殻であったとしたらちょっとでもヒビが入った…と思いたい。自分の中で窮屈に、苦しく感じてきたものを自身で変えていけるのかもしれない…、つらさもあるけどそれはこの一瞬。絶対 抜け出してやる!
思い切り、私自身が見えたセクションでした。苦しかった。でも楽しかった……うう……

20代 女性 医大生 初参加

セクション4

自分を見ること、相手を見ること、関係に集中すること。
難しい……というより どこだ〜?!!!!という感じ。その感覚はどこに?
かたい頭がアプローチ法を狭くしている。なんと勝手な頭、意識…、時に感情までもが邪魔をする。感情…それは自己中心的・自分勝手で…それに気付いたらまた修正。変な世界にひたっていることに気付け!振り落としてしまえ!!気付!!
自分の作り出した世界に生きてきたことを、その枠にすぐに引き返している現実によく気付いた。「つもり」であって、決して他者との関係の中に生きてない。これに気付いたならまたやるのみだ!!アプローチ法が違う!違うぞ!私!!もっと大事に大切に生きよ!自分も人との間も。色々なことを、もっともっと大切に!あるがままに、そのままに もっと自然に!!!

20代 女性 医大生 初参加
セクション5

やる、やる、やる、もっと気持ち悪い私も感じたい。わたしと他者との感覚を近づけていきたい。
相手に届けたいことがいっぱいあるんだ。いっぱいある。
だから、今自身の私をもっともっとみて、他者への思いを全身、全身を使って!!
その前に全身を使っている感覚も呼びさましていきたい。
なぜ からだから行けないんだー。もっともっともっと!!ぐうーっと!!
もっともっと全身から からだから、胸からじゃなくおなかの辺りから!!あの先生や和子先生の前で感じた感覚を……今刻んでおきたい。
ひとは頭があるからいかん。動物はできてる…なるほど!!
うーよくわからない。ぐおー!!!
大切に 大切に 今を 生きるぞ!!

20代 女性 医大生 初参加

自分の思っている「自分」と、人から見えている「自分」は全く違います。
自分の「〜つもり」は誰にも届かないし、通用しません。
しかし、社会では人はそれを口に出して教えてもくれません。
それを知らなければ、人を誤解したまま、そして自分を誤解したまま人生を過ごす事になるのです。
また、「〜つもり」のあなたを誰も分かってくれないのですよ。

「武禅」はその誤解を分かる場であり、そこから新たな自分への一歩を踏み出す場です。

セクション1 真剣向かい合いー
       視線を合わせていますか?

セクション2 からだにこころでふれるー
         人に触れている?

セクション3 こころに響かせるー
          それはひとりごとでは?

セクション4 からだを意識するー
            だれのからだ?

セクション5 気持ちが相手に伝わる

 

●51回武禅レポート(1泊2日)

セクション1

「一人が、木刀を持ち、もう一人が木刀を持った人の正面に立つ」の時、瞬きが多いと言われ、「目線があった者同士で入れ替わる」の時には瞬きがへったと驚かれた。後に「何故減ったと思う」と聞かれ、私は「何かしようとしているから」と答えた。
その時、わたしは何かしようとしている時に瞬きが減ったということは、瞬きが多かったのは「何もしようとしていないから」ではないかと思った。先生がよく、場に居る居ないとよく言っているが、瞬きが多きというのは、私がその場に居てないという事なのではないかと思った。

20代 男性 公務員 3回参加


とろける角煮料亭風、冷製あんかけごま茶碗蒸し、色々青菜のおしたしカツオ風味、季節の野菜サラダ、タケノコ・ゼンマイの炊き込みご飯、豆腐・ネギのおみそ汁、自家製ぬか漬け

 

 

セクション2

自分の腕を握りしめる五本の指の感触。これだけに集中して相手についていく。相手の体の動きに合わせて体を動かすのではない。腕にある相手の指の感触圧だけに「集中」して、身体ごと動く。前回の「武禅」では判らなかった。今回セクション1でやった「集中」集中すると意識は対象だけになる。そのことも頭にあったからかもしれない。途中先生に手本を見せて頂いた中で、「腕だけが圧を感じてるんとちゃうで、腕は全体の象徴や」という言葉があった。その「象徴」という語を僕は「代表(身体全体の代表)」という語に置き換えた。そして稽古をしてみると、以前と全く違う感覚だった。圧を感じる部分の自然さが全く違う。相手の目、顔はしっかり見ているのだけれども、意識は腕のその部分に「集中」している。だからそれ以外のことを考えなかった。
それから腕の圧に「集中」していた為に、また身体全体の「代表」として腕の圧を聴いていた為に、身体全体の力のバランスがとれていた。全体が一緒に動き、一部分だけに余計な力が入ることがなかった。また「集中」を別の観点から稽古する方法でもあると思った。

20代 男性 公務員 2回参加

セクション3

「声を届ける」今もまだ出来ていないが、声を届けることがこれ程までに難しいことに気付かされた。最初は分からなかったが、最後の方は、今までは口を動かしただけ、独り言でしかなかったように思える。もちろん、今もそうなのだが、このセクションはかなりのショックを受けた。
パフォーマンスに影響しているのは間違いないであろう。いかに、自分の体が使えてないか、相手の声を届けられてないかがハッキリ見えてきたので、この点はこれからの僕の課題になった。ビデオで見た自分の姿最悪だった。相手も気持ちいいはずがない。

20代 男性 アスリート 初参加

セクション4

目の前に相手がいるのに、自分一人だけで立っている。そこにいる相手よりも「自分が何をするのか」が大事になってしまっている。話しかけやすい人(親密だからではなく)は、自分一人で立っていないのだろう。出会った瞬間を大切にする。その瞬間がゼロで、先入観、意図じゃその時に挟まない。自分の意志が先に強くあると、相手が入り込む余地はない。それが我が強いということ。どうしたら、相手に向かい合えるのか、自分でゴチャゴチャ考えなくなるのか。
接客でもすごく端正で流暢に話してくれているのに、この人は自分を人として相手してくれてない、と思う時がある。自分の入り込む余地がない、モノになってしまった気がする。そんな時は、向かい合いされていないのだろう。接客が上手いなあと思う人は、決して押しつけがましくない。主張していない。ニュートラルにただそこに立っている。そのことで、自分が言うことを聞いてくれそうだなあと思える。そういう人に客が言う文句不満は、相手に聞いてもらう為の「苦情」になる。そうでない場合、こいつに言っても無駄だと思うから感情を込め、相手にぶつけ、押しつける文句になる。
我の強さが非常にネックになっている。すぐに分かりやすいリアクションをしてしまうこともその現れ。「我が強い」と「リアクションが分かりやすい」は同じ事で、相手が見て「こいつに話したくない」とは思えなくなる姿勢だ。下を向くのでなく、主張するのでもない姿勢。そのようにニュートラルになる。

20代 男性 公務員 2回参加
セクション5

「声を届かせる」訓練では、昼食のフルーツを食べ過ぎたこともあって、やや集中しにくい状態だった。ただ、その状態で集中しようとした時に、「よし、アレをコウしてコウしなければと、頭が準備を始める。自意識が直ぐにせり上がってきて、相手を見なくなる。「よし、向かい合えた」と思ってしまった瞬間に向かえあえなくなるから、集中とは「思う」「考える」という状態ではない。
まずやる、ということ。胸骨トレーニングにしても、やりたいことにしても、正面向かい合いにしても言い訳が多すぎる。「相対していて、自然と心を開きたくなる」人と、そうでない人との違いも正面向かい合いだ。顔を見ただけで向かい合う合わないが分かる。「武禅」の雰囲気も自然とこころを開きたくなる。ニュートラルを志向するように出来ている。前者、ニュートラルへ行きたい。

20代 男性 公務員 2回参加

自分の思っている「自分」と、人から見えている「自分」は全く違います。
自分の「〜つもり」は誰にも届かないし、通用しません。
しかし、社会では人はそれを口に出して教えてもくれません。
それを知らなければ、人を誤解したまま、そして自分を誤解したまま人生を過ごす事になるのです。
また、「〜つもり」のあなたを誰も分かってくれないのですよ。

「武禅」はその誤解を分かる場であり、そこから新たな自分への一歩を踏み出す場です。

セクション1 真剣向かい合いー視線を合わせていますか?
セクション2 からだにこころでふれるー人に触れている?
セクション3 こころに響かせるーそれはひとりごとでは?
セクション4 からだを意識するーだれのからだ?
セクション5 気持ちが相手に伝わる

 

●50回武禅レポート

セクション3

声が出ないのは昔からよく言われたことだが、声の出し方だけでなく、声を届けようとしていないと分かった。先生に歌ってもらうと、声がまっすぐくるだけでなく、顔も背景も一緒に飛んでくる。そして、その自分に届けられたものが、目の前に残った。また、声も出さないのに、声があんなにも届くことにも驚いた。声を出している時も、出していない時も同じであった。
歌う方だけでなく、聞き手も同じように一体となって聞く、声を体で感じることも大事だと分かった。


30代 男性 治療家 初参加

とり手羽肉・大豆・コンニャクのピリ辛煮、タケノコ・ふき・高野豆腐のオランダ煮、わらびのおしたし、長芋の桜酢、山ウドのサラダ、ほうれん草のナムル、新タマネギの丸ごとスープ煮

セクション2

自分では丁寧に相手に接しているつもりでも、相手には自分勝手に動かしていると言われる。また、第三者の視点からも雑に扱っていると言われる。何とか修正したいが、自分では丁寧に接しているつもりなので、どうしたらよいか分からない。頭で考えてはいけないのは分かっていても「もっと相手を感じよう」とか「もっと丁寧に」とか考えてしまう。
その結果、なにもさっきと変わっていないと指摘される。先生には「自分と他人の区別が出来ていない」と指導していただく。今の自分には、ではどうしたら良いかというのが浮かばない。相手の反応をきちんと見て工夫していくことしか今は出来ない。


30代 男性 会社員 3回参加

 

セクション4

相手が動かないと動かす事に夢中になる。手のひらに手をトンッ!と当てて「トンッ・スー・こんにちは」の時も、Sさんが動き、先生がうなずいたのをみてこれで良いと思った。でも、S君とやって動かなかった時、「動かなかった→動かす」と頭が働いてしまった。その働く頭は、どの稽古をしていても油断すると動き出す。
4人に「こんにちは」をする時、4人の前に立った時から、先生のお手本からは「相手に」というのを感じる。「誰に」「何を」この目的が一番になければ。私も含めて、参加者の全員からは真っ先に「うまくやろう」という頭の働きを感じた。それは違う。油断すると頭が動き出すから、それに気付いたらすぐになおす。


20代 女性 主婦 18回参加

 
セクション2

「身体のコミュニケーション」先生の行う誘導は、まさに治療であった。体が「こうされたい」という声を出しているということを感じた。感じたが、実際に自分が相手の体の声を聞くことは出来なかった。今までの仕事場での行動が(リハビリテーション)いかに、自分本位であったことか。自分のイメージを押しつけてきたか。セクション2でも、一つの感覚のみで相手に接してはいけない。すべての感覚で向かい合い、感じ合い、伝え合わなければいけないと思った。

30代 男性 治療家 初参加

 

セクション2

自分は勝手な人間なんだと言うことが分かりました。前の人の肩を動かしても、雑だと言われる事が多く、相手がこちらの対応に何を感じているか、という考えが今まで足りなかったといいますか、結局自己満足だったんだ。これは、相手も満足している筈だと思いこみ、確認作業が抜けていたと思います。
きっと、相手には雑な人間だと思われていたんだろう。自分流でそこそこ納得して、対比させることをしなかった。結局自分が傷つくのが恐いだけだったのか……そう感じます。もっと、他者から見て、客観的に自分を見て、どうかを大切に生きよう。


40代 男性 営業 2回参加

自分の思っている「自分」と、人から見えている「自分」は全く違います。
自分の「〜つもり」は誰にも届かないし、通用しません。
しかし、社会では人はそれを口に出して教えてもくれません。
それを知らなければ、人を誤解したまま、そして自分を誤解したまま人生を過ごす事になるのです。
また、「〜つもり」のあなたを誰も分かってくれないのですよ。

「武禅」はその誤解を分かる場であり、そこから新たな自分への一歩を踏み出す場です。

セクション5

昨日は声を出すことが、特に大きな声を出すと苦しい感じが何時もしておりました。それが今日は少しだけ素直に出そうとすることが出来るようになりました。今回は、のどの痛みを少しも感じませんでした。やはり、声を気持ちを伝えようとする思いから発しようとしたからかと考えます。
最後では、声を出すことが楽しいものだと、ほんの少しですが思えるようになりました。仕事、武道、商売、子育て、すべてが「正面向かい合い」が基本であることが分かりました。今後、人との関わりを正面向かい合いで楽しんで行きます。ありがとうございました。


30代 男性 治療家 初参加

セクション1 真剣向かい合いー視線を合わせていますか?
セクション2 からだにこころでふれるー人に触れている?
セクション3 こころに響かせるーそれはひとりごとでは?
セクション4 からだを意識するーだれのからだ?
セクション5 気持ちが相手に伝わる

 

●49回武禅レポート(1泊2日)

セクション1
立ち会った人達は皆、目に気持ちが込められていると感じ、強い圧迫感を感じました。
立ち合った人達には色々と言われました。特に多かったのは、「ただ見ているだけ・気持ちが伝わってこない」というものでした。
自分の中では気持ちを込めているつもりでも、相手に伝わっていないということが分かり、本当に自分の気持ちを伝えると言うことが、とても難しいことなのだと思いました。

セクション5
自分が選んだ人にいくら声をかけても手を挙げてもらえない。
別の人が手を挙げる。
これは声が相手にだけ向かって聞こえて無くて、声が散らばっているから生まれてくるもののように感じた。
インターネットで見た資料で想像したことと全然違う感じで、少し大変でした。
自分の気持ちを伝える、相手の気持ちを受け止めるという難しさが分かって、とても良い経験になりました。
10代 男性 学生 初参加

話す・気付く

セクション1
「相手の目を見る」今まで、真剣に見ていなかったと思った。
最初は目が痛くなって、次に目がボーっとぼやけてきた。
目を見るという動作ではなくて、相手のこころに突き刺さる様に感じた(先生と対峙したとき)。
自分はただ見つめるという動作で一杯だった。
「目は口ほどにものを言う」言葉としては知っていたし使っていたが、実感として「このことや!!」と分かった(目で殺すということも本当にあり得そうです)。
しかし、これは相手が有ってのことなので、自分がどれだけその目に気持ちが込められているのか、すごく疑問に感じた、というか、駄目みたいです。

セクション5
相手の人に(後ろ向きの)自分が「オーィ」と呼びかけるというのは、出来ないと思っていたが、とにかく気持ちを集中させてやってみると伝わったので驚いた。
一点に集中させると、相手の人に分かるなんてすごく不思議に思った。
しかし、皆が雑談している中に向かっての呼びかけは、とても難しく自分がどんな状況でも集中出来る強さを身につけたいです。
時間切れ!
40代 女性 主婦 初参加

セクション1
私はすでに姿勢から、相手に向かっていく気持ちが無く、どうしてよいか分からず相手を見ていた。
私は普段相手を見ようとしていないことがよく分かった。
相手を知ろうとする前に、いつも自分のことばかり考えていた。
だから、相手のことが分からなくなるし、自分の事を相手に分かってもらえないのだと思った。
もっと、自分の気持ちをしっかり持って、相手に向かわなくてはだめだと思った。
私は人と会話するのが苦手なのですが、苦手だから「私は会話するのが苦手だ」と考えてばかりいるのではなく、もっと相手のことを考え、相手と会話するという気持ちを持とうと思った。

セクション5
あっという間に時間が過ぎ、武禅が終わってしまった。
ものすごく内容の濃い時間だった。
最初の時、相手がどう見えるか答えなければならなかったのに、私はなかなか答えられなかった。
それは「武禅」を終えてみると、自分の事や他のことを考えて、相手を全く見ようとしていないからだと思う。
もっと、今の自分を抜け出したいと思った。
10代 女性 学生 初参加

実力テスト

 

 

お楽しみ!夕食

セクション1
意識で相手を押せない自分を感じた。
また、攻める意識のあり方に戸惑いを覚えた。
普段自分は待っている感じが強く、自分から積極的に何かをしようという意識が低い。
その部分が強く反映していると思われる。
ただ待っている傾向が強い、それが分かったのは収穫であった。
集中と同調の違い、これを最近やっと区別できはじめたところで、同調しているとき、もっと同調しようと集中すると、ある場所で自分勝手な集中になってしまい、同調とは異質のものになってしまうことを感じていた。
どうもこの辺の答えを解決する一つの要素として「攻める」意識をもつことが関係しているように感じる。

セクション5
意識で相手に反応させることが出来なかった。
もう少し練習が必要と思われる。
また、自分の中にある先入観や偏見が今回の「武禅」全体を通しての障害となったように思われる。
2日間という短い間でしたが、様々な方法で、色々なものを見せてくださった日野先生、他の十一人の受講生に非常に感謝していることを書きたいと思います。
どうもありがとうございました。
今度来るときは、もう少し意識を相手に伝えられるようになっていたいと思います。
20代 男性 学生 初参加

セクション5

今回の武禅では「気持ち」が本当に大切だということを少しかも知れませんが実感することが出来たと思います。
しかし、すぐに頭の中で「気持ちが大事」という呪文を唱えて気持ちを伝えることが出来なくなるということも改めて確認することが出来ました。
油断すると、「気持ちが大事」という言葉だけが頭の中を巡ってしまいます。
「雑談に声を届ける」時に、1さんが全く反応しなかったので、怒りがこみ上げてきました。
その時の怒りは、今までの「雑談に声を届ける」の中で一番腹が立ちました。
その時の状態が「気持ちを届けたい」だったと思います。
20代 男性 公務員 25回参加

セクション1
真正面から人と接すること、
今まで感じたことのない感覚が残りました。
「気持ち悪い」と、ハッキリ面と向かって言われましたが、普段なら「なに!」と思ってしまうことですが、いざ自分が逆の立場に立ってみると、納得してしまいました。
真正面から人を見ると言うことが、これほ難しいこととは思いませんでした。
真正面に立ってもらうと、気持ちよく相手を受け入れることが出来るということも発見しました。
「異和感」を認識する。
気持ちよく相手を受け入れるとは逆に、異和感を感じること。
この距離を認識することによって、「異和感」を感じる感覚をからだのどこかに味合わされました。
また、同じ事をやってみても「頭で考えているよ」と言われると、「なぜこの人には分かるの?」と思ってしまいます。
不思議です。

セクション5
ほんまに今まで、何を感じて生きてきたんやろうというか、感じることをしなかったのか?
相手の声を「ドンと響いた」時には、ゾクッとした感じがあり、これが「声を届ける」ということなのかという実感を体験しました。
でも、ほんまに難しいです。
今回「武禅」に参加させてもらったこと、自分が今回来て良かったと思います。
今まで何をやってきたんやろう、ということが分かっただけでも良かったです。
40代 女性 管理職 初参加

 

 

●48武禅レポート(1泊2日)

 

 

 

 

 

 

豚バラ肉と椎茸とウズラ卵のとろーり煮込み・ウナギ入り大根の蒸しものあんかけ・ほうれん草とシメジのおしたし・ゆずしそ風味のもずく酢・豆腐とネギのおみそ汁・白菜の漬け物

 

 

 

セクション5

「声を届ける」の正直な感想は「終わって良かった、こんな孤独は嫌だ」と思って、かなり真剣だった。
手を挙げてもらい嬉しかったのと、もっともっとハッキリ伝えたいと感じた。
今回武禅に参加できた事は、僕の人生において大きなものに、意義あるものにしていきたい。
出来ない事ばかり、という事が分かっただけでも僕には大きな発見でした。

20代 男性 水泳インストラクター 初参加

セクション3

びっくりするくらいおもしろかった。笑える。
相手の目に向かって思いっきり気持ちを込めたら、指先がビリビリして、体が温かくなって気持ちが良かった。
あんな裏技があったのか、と思った。
声が出るのが気持ちよかった。
相手に「気付けー!」という思いをぶつけても気付かないので、もっと気持ちをぶつけたら声が出た。
笑いをこらえて、気持ちを切り替える稽古にもなっていた。

20代 女性 学生 2回参加

セクション2

相手を動かす。ほんとわがままな自分であると感じる。
ただ、手の持ち方を誉めて貰った。
丁寧に触るという事を心がけている成果なのだろうか。
そして、これの始まりは「受け」であることを感じる。
「受け」を気にするきっかけになったのは、前回の「武禅」での「ナイフ投げ」だ。
先生が前に立った時、動けなかった。
その事に対して「何かを感じるから動けんやろ?」と先生が言われた。
あの感覚がヒントになるように思ったからだ。
今は目で感じる、耳で感じる、手で感じる等しかできない(いや、それも出来ていないか)、それを全身にしていくのが方法なのだろうか。
それとも根本的に方法が間違っているのだろうか?
例えば、「心で感じる」というような状況があるのだろうか。
少なくとも、今は目の前にいるはずの人を見れていない、感じていない。
30代 男性 スポーツインストラクター 3回参加

セクション3
「声を届ける」Nさんの変身する姿を見て、とにかく全身でぶつかっていく、出来ない時も引くことなく、より積極的にぶつかっていく事でクリアーしてゆくのだなと云う事を見せて貰った。感動しました!
60代 女性 主婦 41回参加

セクション3
「声を届ける」正直イスを蹴り飛ばしたい位に出来ずにくやしかった。
出来ない自分に腹立った。
ここでも相手の目を見るという事の難しさを実感した。
これは今迄本当に人の目を見て話していなかった事の証だと実感した。
情けない限りだ。今迄インストラクションをこれで行っていて、本当に恥ずかしく思うしこれでは客も話を聞いてくれていないだろう。
このセクションでも大切な事を気付かせて貰った。
20代 男性 水泳インストラクター 初参加

セクション2
「相手とのコミュニケーションをとる」とらないと、永久に対立のまま、その通りだと思った。
相変わらずで頭で考えてしまう。
身体を何より先に動かす事は本当に難しい。
一生かかって出来るのか、と不安になってくる。
相手を感じる事はまだ全然出来ていない。
思えば、自分が行っているスイムレッスンも相手の事をしっかり考えてコミュニケーションをとっていなかったと思う。
それでは、泳げるようにならないのは、当たり前だと思った。
コミュニケーションをとるという事は、話す事だけと僕は思っていたが大きな間違いだった。
20代 男性 水泳インストラクター 初参加

セクション5

今回武禅に参加をして、対人関係において基本的なことが全く出来ていない事が、理解できました。
目を合わせてのあいさつ、人間関係においての思いこみ、自分の固定観念に支配された頭など、頭の硬さが体の硬さにも出ているのかもしれません。
今後はフィールドに帰って、確かめ、もう一度ここに戻ってきて、今度はもったレベルアップした目標を持って参加したいです。
40代 男性 営業 初参加


topへ

●武禅レポート1(48〜52回)

●武禅レポート2(53〜61回)

●武禅レポート3(62〜66回)

●武禅レポート4(67〜73回)

●武禅レポート5(74〜79回)

●武禅レポート6(80〜88回)


 

日野武道研究所サイトマップ/English

武禅一の行
・ 武禅で何をするの
・ 行会案内
・ 参加者のレポートから
・ 武禅の一日

武道塾
・ 武の存在意味
・ 武道に極意なし
・ 武道的対人論
・ 合宿レポート
・ 教室 
●海外での指導

身体塾
・ 骨格で考えよう
・ 身体を連動させる
・ 身体の法則性
・ 身体の学び方
・ 表現者へ
●海外での指導

●武道を学校に導入?
●稽古と意識
●ギエムという芸術
●文楽は武道だ
●胸骨トレーニング
●メンタルトレーニング?
●トレーニングとは?
●稽古と学ぶ
●故伊藤先生のこと
フォーサイスカンパニーでの一週間

●練習の仕方

●過去のワークショップ一覧

・日野晃の著作物/DVD他

・メディアでの紹介

・予定表

・ブログ(毎日更新)

・グッズ・本やDVD・Tシャツ販売

・リンク

・過去の更新履歴

・お問い合わせ