ウイリアムフォーサイス

 

目次
プロローグー   安藤洋子が起こした波
ファストコンタクト 迷いの中での出会い
           日野の技を見たら「笑うしかない」
            カンパニーのスタジオへ

第一日 フォーサイス、即興の極意に触れる
         クラシック・バレエという土台
         羽交い締めからの脱出「まるでヘビの脱皮のようだ」
         ワークショップがスタート「即興で何か踊ってくれませんか」
         「私の身体は岩のようだ。今まで何をしてきたのか」
第二日 フォーサイス、胸骨の操作を学ぶ
         胸骨を操作すれば全身が目覚める
         「私のコンセプトを本当に理解してくれるのは、日野さんだけだ」
第三日 フォーサイス、自宅に日野晃を招く
         ダンサー達は意識=イシキと日本語で言い始めた
         「NO! 皆の動きはおもろないで!」
         フォーサイス邸に招待される
         フォーサイスの「不思議体験」
第四日 フォーサイス、達人の技に感嘆する
         不眠症を治すコツは背中を感じること
         消えた!達人技を見せる
         「相手に斬らせれば殺されない」その真意は?
          Connectすれば最高の技、最高のダンスになる
         歓迎会「目が覚めたら、何もかも変わっていました」
ダイアローグ   ダンスを革命的に進化させたフォーサイス
         ダンスのラインが見える、いや聴こえるんだ
         ブッシュに技をみせてやってくれ!
         日野先生は「Mr.オプション」だ!
休日 プライベートレッスン
         「十年踊っていてわからなかったことが今、わかった!」
         達人の世界への強い想い
         フランスでの「武者修行」
         型=自分を検証する道具
         過激な、何でもありの実験
         達人への第一歩=「武禅」
         「ダンス」が達人技を生んだ
         ジョルジュ・ドンにヒントを得る
第五日 フォーサイス、留守を任せる
         「先生は全部僕のことをわかっている!」
         「ああ、これでオレも救われた……」
第六日 フォーサイス、武道の技に燃える
         獣のような動きに唖然とさせられる
         武道技にフォーサイスが燃えた!
         「日野さんは『身体の対話』をしている」
         ただ一度の「真剣勝負」
第七日 フォーサイス、最終日に閃く
         日野晃にしか出来なかった理由
         観客の目によって殺される
         つながりを感じる、大いなる喜び。
アフター・ワークショップ
         「日野先生は唯一の遊び相手だ」
         若きダンサーへの手紙
         その後のカンパニー
         日野晃ー感触の変化
         「弟子」となったダンサーたち

  あとがき
最後まで、この本にお付き合いいただきありがとうございました。
今回のフォーサイスカンパニーでのワークショップ成功の鍵の一つは、大阪からボランティアで通訳をかってでてくれた、吉田大君の存在です。
彼がいなければ、カンパニーでのコミュニケーションも、この本も無かったと言っても過言ではありません。
この場を借りて、吉田大君にお礼をいいます。
「ありがとうございました」

さて、この本は、色々な意味での「出会い」です。
「出会える」ということは、自分自身が人と分かち合える自分独自の何を持っているのか、そして、分かち合える自分があるのかが決定します。
人生は、それを作る場です。
ダンスに、武術に、芝居に、歌等々に取り組んでいる人、それらを通して自分に出会う旅が人生です。
生涯をかけた旅です。

今、フランクフルトでの、フォーサイスカンパニーでの10日間を振り返った時、確かに、この本で書かれたことがあったのだろうと「思う」。
最近、ウイリアム・フォーサイスが手作りの贈り物と、親書をくれた。
ワークショップ最後の日には、アマンシオが飛行機のチケットを、ビジネスクラスにアップグレードをしてくれた。これらは事実だ。
では、そういった事は何故起こったのか。
それは私が日本から来た武道家だったからか。安藤洋子の推薦があったからか。もちろんその何れも正しい。
確かに、これらがあったから今回の事件は起こった事には違いない。
しかし、では、日本から来た武道家であれば、そして、安藤洋子の推薦があれば、フォーサイスは贈り物を渡し、アマンシオはビジネスクラスにアップしてくれただろうか。
卓越した技術を持ってさえいれば、カンパニーは受け入れたのか。
世界のトップダンサー達が「駄目だ、その動きは」という言葉を受け入れたのか。

ウイリアム・フォーサイスとスタジオで初めて視線を合わせた瞬間、そこには言語、ジャンル、民族、年齢他、全ての垣根が取り外されているのを感じた。
私の身体はそれに反応した。
フォーサイスと私の視線が交わった時、そこにあった目に見えない輝きは、尊敬と敬意だった。すでに「関係していた」のだ。すでに始まっていたのだ。
マーツの手を、シリルの腕を、ダンサー達の身体を触った時、何の拒否反応も、猜疑心も、疑惑も、不安もなかった。「関係していた」のだ。

押切氏がこの本のタイトルを決める時、「FEEL and CONNECT」と言った。
「出会う」とは、まさしくこれである。
そして、出会いとは「創造」そのものだ。
言うまでもなく、出会いとは、言葉でも事象でもない。
しかし、言葉や事象を媒介にしなければならない。
この言葉や事象だけを取り出してしまえば、出会いはないし人は存在しない。
もしも、今回の出来事を、武道とコンテンポラリーダンスが出会った、と思う読者がいたなら、それは余りにも感性が貧しい。
武道とダンスなど、もともと出会える筈もないのだ。
武道にしろダンスにしろ、それは何れもそれに取り組む人間の、その時点での一つの表現形式に過ぎない。
そして、表現した時にのみ現れる虹の様なものだ。
フォーサイスは言った。
「クラシック・バレエというものがあると思っている。同じように武道というものがそこにあると思っているが、そんなものはどこを探してもない」と。
つまり、武道は、武道を取り組む人間次第、ダンスも同じだ。
「FEEL and CONNECT」を出来る人間が出会ったのだ。
武道を分身とする私。ダンスを分身とするウイリアム。フォーサイス。
分身を共通項とした私とウイリアム・フォーサイス。
そして、ダンサー達。だから出会えたのだ。
もちろん、分身とは、紛れもなく「愛」だ。
これは決して私の思い込みではない。
その証拠に、カンパニーのアンデルもアマンシオもシリルもマーツも、海を渡って日本に来る。
そしてこれは、今回限りのことではない。
今、幕が開いただけのことだ。これから、起こる事の予兆に過ぎない。
ウイリアム・フォーサイスと安藤洋子、そして私が出会ってしまったからだ。
出会った後は「創造」しかない。
私たちは、まだ旅の途中だから。

POSTSCRIPT

Thank you very much for reading through this book.
A key of the success of this workshop with the Forsythe Company is the support from Dai Yoshida who volunteered to be an interpreter from Osaka for the workshop. It is no exaggeration to say that, without him, there would have been no smooth communication during the workshop and even this book would not have been published. I would like to take this opportunity to express my gratitude to him.

This book implicates significant encounters and meetings in many ways.
Your unique individuality that can be shared with other people determines what kind of encounters and meetings you will have. Your ability to share it with people is also related.
Life is the place where you establish such individuality and ability. You will find your own self through whether dancing, martial arts, acting, or singing that you devote yourself. Life is a long journey that takes your whole life.

Looking back my stay of ten days at the Forsythe Company in Frankfurt, I suppose what described in this book surely did happen.
Recently I received a hand-made gift and a letter from William Forsythe. On the last day of the workshop, Amancio upgraded my flight to business class. These things actually happened.
But why did they happen?
Is it because I am a martial artist from Japan? Is it because I had Yoko Ando’s recommendation?
Of course, both ideas are correct. These facts must have enabled the workshop to take place.
But would any martial artist from Japan with Ando’s recommendation be able to receive a gift from Forsythe and the upgrade arrangement from Amancio?
Would the Company accept anyone who has distinguished techniques? Would world-class dancers accept the words such as ‘That movement is not good at all.’?

At the very moment when my eyes met with William Forsythe’s, I felt all barriers such as languages, genres, races, ages, etc. were swept away instantly.
My body reacted to it.

The invisible glitter that existed when we exchanged glances was respect and homage. We have already been related each other. Everything has already started.
When I touched the hand of Marthe, the arms of Cyril, and the bodies of the dancers, there was no refusal, suspicion, doubt and anxiety. We were CONNECTED.

Oshikiri suggested titling this book as ‘FEEL and CONNECT’.
ENCOUNTERS and MEETINGS exactly means FEEL and CONNECT, and are really TO CREATE.
Obviously TO MEET is not a word nor phenomenon.
It, however, needs words and phenomena as a medium.
If you extract and handle only words and phenomena, you can find no encounters, meetings, or contacts with others.
If any readers simply see this event as the meeting of a martial art and a contemporary dance, they desperately lack sensibility. It is inherently impossible that a martial art and a dance meet together.
Both martial arts and dances are just one of temporary forms of expression for those who work on them.
They are something like the rainbow that appears only when people express themselves.
Forsythe said;
‘People believe that a classical ballet materially exists. People believe that a martial art exists likewise. But there is no such thing existing in this world.’
In other words, the martial art is embodied in those who work on it, and so is the dance.
Individuals who can FEEL and CONNECT met each other.
To me, the martial art is another part of myself. To Forsythe, the dance is another part of himself. That’s why Forsythe, his dancers and me were able to meet each other with a commonality to express ourselves through our own other parts.
There is no doubt that another part of yourself is love.
It is not just my assumption, which is proven by the fact that the company dancers, such as Ander, Amancio, Cyril, and Marthe will come across the sea to Japan.
And this is not just for this once. The curtain has just gone up.
This is just a sign of what will take place from now on. That’s because William Forsythe, Yoko Ando and myself have met each other.
Having met each other, we focus only on the creation.
We are just in the course of our journey.

Akira Hino

William Forsythe meets with Akira Hino, Martial Artist
Written by HINO Akira and OSHIKIRI Shinichi
Published by Hakusuisha
ISBN4-560-03594-6

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