2010年沖縄ワークショップ

 

前夜の打ち上げは、午前 3 時。
よく飲んで話した。
宿舎に帰り、すぐに荷造り。
そして今沖縄だ。
台風が沖縄付近にあったのだが、飛行機は定刻通り羽田を飛び、那覇空港にも昨年のような横風でグラグラするようなことはなく着陸した。
やはり、暑い。
東京と変わらない。
空港には幸美先生が迎えに来てくれており、とりあえずそのまま宿舎へ。
食事をしながら明日の打ち合わせ。
途中で、今回お世話をしてくれる、玄さんも加わり、美味しい沖縄料理で話が弾んだ。
おもろアグーに舌鼓を。
「おもろあぐー?」
「大阪の人は一回位は笑いますよ」
「ほんまや、おもろいあぐー?」
「いや、おもろという地域の名前で、アグーというのは豚のことです」
玄さんとは初対面だが、地元が大阪ということもあり、話はよく通じた。
明日からの WS が楽しみだ。

■2010/09/19 ( 日 )
沖縄の朝の空気は、外国の香りがする。
どこの国かは分らないが、日本ではない香り。
当たり前か、ここは元々琉球王国だ。
那覇港に面した建物を出て、海の風に吹かれながら朝の空気を満喫する。
ワークは午前 10 時開始だ。
9 時 40 分を回ったので会場へ。
といっても、隣の建物だから稽古着のままで OK. 。

「こんにちは」受付回りには、見知った顔が大勢いた。
「 1 年ぶりですね、元気でしたか」
そんなやり取りが、 1 年と言う時間を一挙に縮めてくれる。
見知った顔の子供達は少なかった。
今回は空手着の人もいる。
それも何種類かある。
何と愚息の自衛隊時代の先輩の方も来てくれていた。
何れにしても、初めての人が多いので、日野理論の目的を説明するところから入った。
そして定番の胸骨操作だ。
「二人組になってください!」
それぞれが、組む相手を見つけワークが始まった。
キジムナフェスタとは違い、今回は 2 日間の WS なので、出来るだけ沢山のエクササイズを紹介しようと思い、続いて縦系の連動に入った。
そして、両腕を捕られた形での縦系。
もちろん、出来るということを目指しているのではない。
それは、前回、あるいは 3 回目になる受講者は、理解している。
「出来ない自分、何が出来ないのかに気付いて欲しい」そこが目的だ。
高校生達は、無邪気に取り組む。
笑い声が会場に響き渡る。
ラテンのような、時間の緩みを全く感じない。
そんな素晴らしい時間だからこそ、あっという間に一コマ目終了。
そして質問タイム。
質問が余りにも続くものだから、玄さんが気をきかして
「先生の休憩時間がなくなるのでこの辺で終わります!」
「ありがとうございました。組んだ相手の方とも挨拶して下さい」
立ち去ろうとした時、数人の空手の人が私の回りに寄ってきた。
「 3 人目が飛ぶのはどんな理屈ですか」「あれは簡単ですよ」
そう、 youtube の映像からの質問だ。

表現塾では、早速正面向かい合いだ。沖縄の人達は、本土の人たちと比べて、ある程度は視線が強い。
だから、最初の段階のコンタクトは皆簡単に出来る。
問題は、その次だ。
「向かい合ってどうするの?」
そこから奥に進むのが難しい。
「視線で引っ掛けろ!」大爆笑。
「まるで窓から景色を見ているようですよ。早く窓から出てこちらへ来て」
夕方 5 時 30 分、ワークが終わった。

「今日の食事は北谷でしましょう」とワークを終えて、北谷にある睦念さんの新しい画廊に連れて行って貰った。
明治神宮で見た大きな作品くらいの、迫力のある作品が「見ろ」と迫ってくる。
小さな作品も沢山展示されているが、余程体力がなければ全部の作品とは対峙できない。
もはや、画廊の空間が歪んでいるといっても言い過ぎとは言えない。
「甍の波」と題した、その館の屋根は圧巻だ。
建物自体睦念さんが設計したそうだ。まさに甍の波だ。
沖縄に出向く人があれば、是非足を運んで欲しい。
北谷町美浜のボクネン美術館だ。 http://www.akara.asia

 

■ 2010/09/20 (月)
昨日は、北谷にある玄さん行きつけの店で食事をした。
クラシックなアップライトのピアノが置いてある、おしゃれな Bar だ。
面白いことに気付いた。
食事のメニューに「チキンライス」と書いてある。
しかし、どう見ても「オムライス」だ。
沖縄でチキンライスと言えば、卵でくるむか、薄焼き卵をケチャップで炒めたご飯の上に乗せたものだそうだ。
「ほんま?大阪ではチキンライスは、ケチャップで炒めたご飯にグリーンピースが乗っているで」
地域の違いは面白い。
そこで主張し合うのが、また面白い。

二コマ目と三コマ目の間にある休憩が 30 分。
これは、休憩だか何だか分からない内に終わる。
それこそ、煙草を 2 本で終わりだ。
「身体にとって、一番正しい姿勢。重力に対して正しい姿勢は、例えば、鉄棒などにぶら下がった姿勢ですよ、絶対に足を踏ん張っては駄目です。地に足を着けずに歩くこと」
大爆笑。
三コマ目に、少し難しいテーマをやることにした。
5 カウントの動きだ。
皆組んだ相手の人と、悩みながら熱心に取り組んでいる。
誰もダレてしまわないのに感心した。
一人も脱落せず、ああだこうだとやる。
私は一切口出しをしなかった。
ただじっと見ていただけだ。
昨年は、口を出さなければ休憩する人がいた。
いつしか、それが伝染して大方の人が雑談に興じてしまっていた。
しかし、今回は、そういった光景は一度も目にすることが無かった。
皆目を輝かせ取り組んでくれた。

打ち上げは、初日にいった「おもろアグー」の店だ。
高校生も混じって、楽しい時間になった。
主催者の幸美先生が
「飲む!生!」と。
そうだろう、慣れない企画実行をし、気疲れも相当なものだった筈だ。
打ち上げに集まった人達から
「来年も是非やってください!」
と、幸美先生に直訴。
「皆も協力してや!」

沖縄のみさなんお疲れ様でした!
ありがとうございました。

今回の沖縄ワークショップは、何時もの主催である「キジムナー・フェスタ」から別れ、完全独立の沖縄ワークショップになった。
諸事情があり、ワークショップを止めることになったのだが、現地のバレーの先生の一人、幸美先生が「どうしても日野先生にやって欲しい」という希望で実現した。
そして整体を営むゲンさんが、共同主催ということで名乗りを上げてくれたのだ。
しかし、航空チケットやホテル代ということになると、その経費はバカにならない。
そんな中でのワークショップだった。

本当に沖縄のみなさんありがとうございました。

 

2009年沖縄キジムーフェスタ・ワークショップ

 

台風に祟られた沖縄だった。
予定していた飛行機が欠航となり、急遽関空に向かい、そこで飛ぶ飛行機を待つことになった。
キジムナー事務局の人が、最悪明朝ということで、その便も抑えてくれた。
昼が過ぎ夕方になる。
無事飛んでいれば、名嘉睦捻さん達と飲むことになっていたのに、きっとパーだろう。
そんなことが頭を駆け巡っていた。
アナウンスを注意深く聞いていると、飛ぶかもしれないという状況に変わってきた。
しかし、我々はキャンセル待ちだから、それに乗れるかどうか分からない。
頻繁に沖縄と電話で状況確認をする。
そんなやりとりの中で、事務局の人が ANA を抑えてくれた。
少しでも早く沖縄に着きたいという気持ちが通じたのか、一応飛ぶということになった。
しかし、現地の天候次第で、関空に引き返すという。
「それもしやないなぁ」
皆覚悟して機内に座った。
キジムナー事務局が抑えてくれた席は、一つグレードが上の席だ。
「やったー」
しかし、色々と資金繰りなど厳しい中での急な出費は、きっと痛いだろう。
こうなると、盛り上がるワークショップにしなければ。
飛行機は無事沖縄上空まで来た。
どんどん高度を下げていく。
それに連れ揺れがひどくなる。
「何でもいいから陸に着いてくれ」
目の前の画面に、滑走路が映し出されていた。
それがひどく揺れている。
大丈夫か?
まるで翼が滑走路に触れるような揺れ方だ。
車輪が着けば何とかなるのだろうか。
この数秒は生きた心地がしなかった。
車輪が滑走路に着くと同時に、まるで悪路を走る車のようなバウンドだ。
それが静まったとき、思わず拍手だ。
「機長さん、ありがとう!」
かくて、無事沖縄に到着した。

「お疲れ様でした」事務局の方が出迎えてくれた。
「ホテルでゆっくりしますか」
「そらあかんで、無事に着陸出来たんやから、祝杯や」
沖縄の初日は泡盛から始まった。

 1日目
メロディアスな言葉で、受講者達をリードするアラン先生。
バレエのドミニク先生も、言葉がバレエだったのを思い出した。
「動き」という体操のようなアプローチではなく、あくまでも、その身体内部に湧き上がるエモーショナルなものを強調する。
リリーステクニックの先生を見るのは初めてだ。
アラン先生の受講者の中に、私のワークに参加する人達も混じっていた。
昨年も受講してくれた、若いダンサー達だ。
沖縄初日終了。

ワークが始まる前、一通り皆の顔を見回した。
1 年前の顔が沢山あった。
大人の人達は、 1 年前と変わらないが、ちびっ子達は成長していたので、しばらく分らなかった。
今回の沖縄は、琉球舞踊の競技会と重なってしまっていたので、その筋の大人の人達は残念ながら不参加だ。
その影響か、昨年よりも平均年齢が低くなっていた。
だからか、ワークはスピード感があった。
熱気も中だるみすることなく、最後まで続いていた。

ワークが始まると、ドミニク先生が顔をのぞかせてくれた。
参加する為に来てくれたのだ。
初日の「胸骨トレーニング」には、昨年の参加者も含めやはり全員てこずる。
それは「出来る」を目指すからだ。
この洗脳を解くのは容易なことではない。
「違う、違う、胸全体ではなく、この小さなポイントだけやで」
胸骨からの色々な連動を見せる。
大笑いの中で、身体塾と表現塾を終えた。
夕方前までは、雲が速く流れていたが、夜になるにつれ風も大人しくなっていった。
夜食事をし、階段に座ってコーヒーを飲む。
風が心地よく身体を洗ってくれた。
明日は 2 日目。

 2日目
今回の沖縄の面白い点は、東京や四国から大学生がわざわざ参加していることだ。
東京の WS に参加する前に、のぞいておきたかったとのことだ。
四国の大学生は、先日行われた「全日本高校・大学ダンスフェスティバル(神戸)」で特別賞を受賞したという。
両者ともわざわざ参加している分、テンションは高いし貪欲だ。
「感じるのを意識するのですか」
「例えば、冬に水道の栓を回して、冷たい水が出て手にかかった時、『冷たい』と意識しなければ、その冷たいは感じていないでしょうか。巷に溢れている言葉に惑わされた駄目ですよ」
質問のコーナーを設けた時、そういった質問が絶えない。
どうして「意識する」なる言葉を多発するのか。
自分がどういうつもりで、その言葉を使っているのか分っているのだろうか。
そういう突っ込みを自分に入れて欲しいものだ。

今日は身体塾も表現塾も、同調というところに焦点を合わせて行った。
「相手に合わせる」
だから、相手に合わせる、合わせようと思っても、意識してもいけない。禅問答のようなワークだが、ここをクリアしなければどうにもならない。
リリーステクニック(リモン・スタイル)のアラン先生が、見学に来られ、興味深げに席を移動して参加者を観察されていた。
参加者はどう間違うか、という話で盛り上がった。
つまり、指導する事の難しさの共有だ。
WS を終えて、北谷へ。
アメリカンビレッジにある地球食堂で食事。
少し物足りなかったので、タコスの専門店があるというので、そこでタコスを。
これは美味しかった。
1 人前 500 円で、小さめのタコスが 4 個。
店の名前は「メキシコ」だ。
沖縄でメキシコでタコス!?

 

 3日目
ワークショップを終え、キジムナーフェスタ会場へ。
野外特設テントでは、カンボジアの若者達によるサーカスの最終日の公演が行われていた。
このサーカスは以前 TV ドキュメンタリーで紹介されたので知っていたのだ。
サーカスの技術ということだけで言えば、もっと最先端のものが世界中に沢山あるし、卓越した技術を誇るカンパニーも沢山ある。
しかし、どこにもこのカンボジアサーカスのような、荒っぽいエネルギーは無い。
徹底的に観客に向う、そのエネルギーが凄い。
というのも舞台は、生活と直結しているからだ。
好きだからサーカスを、好きだからダンスを、というのではなく、生活をしていく為のものだからだ。
手拍子も、拍手も自然に惜しみなく出てくる。
思わず胸が熱くなった。
そこには、彼等が裸のままいたからだ。
この荒っぽいエネルギーを、ハングリー精神と置き換えられる。その意味では、何とはなくでも食事にも寝るところにも、学校にも、さほど不自由がない文明国からは消えて久しい。
しかし、こと日本は本当に豊かなのだろうか。
衣食たっているということが豊なのだろうか。
そんなことを考える、感性を削ぎ落とされてしまっている日本のどこが豊かなのか。

そんなことを考えさせられただけでも、沖縄に来たかいがあったというものだ。

ワークショップは、参加者のほとんどがエネルギーを出し切り、笑顔のうちに終えた。
表現塾では、正面向かい合いを重点的にやったので、皆の目がキラキラしていた。
アイコンタクトゲームは、最初は誤解だらけでうまくいかなかった。
しかし、様々な正面向かい合いや、「ナマムギ合戦」を繰り返す程、そのゲームは完成度を増していった。
「こんなルールの単純なものでも、目だけで理解しあうのは難しいやろ。それは体験したように、相手に伝えようというエネルギーが決定的に低い、ということやで。日常は絶対に省エネにならないようにね」
沖縄でモデルの仕事をし、役者を目指している女性や、東京から来た学生、昨年も参加してくれた青年。
少数だが、熱のある楽しい楽しい打ち上げだった。
深夜 3 時まで泡盛で盛り上がりバタンキュー。
しかし、今回の沖縄は台風になつかれたものになった。

行きは台風 8 号、帰りは台風 9 号。

 

受講者の一人、みゆきさん。
恐ろしくバランスの良い身体。
どれだけ長いんや、という足、そして美しい。
その彼女は、モデルやモデルの卵達にウオーキングを指導している。
今回は、そこの生徒さん達が受講してくれていた。

モデル希望だから、当然みんなきれいだ。
そして、気持ちが強い。

男性陣は、そんな若い美女たちにタジタジになっていた。

 

   

 

2008 沖縄キジムナフェスタ ワークショップ

 

7 月 19 日沖縄に着いた。
ほんとうに真夏。
日差しが痛い。
前回の沖縄は、空手の先生達に取材の為だった。
3 月だったので肌寒く、「誰が水着を持っていけていうたんや」と大笑いした。
ホテルにチェックインし一眠り。
ロビーに出て行くと、バレーワークショップをするドミニク・ジュヌヴォア先生と対面( 20 世紀バレエ団「モーリス ベジャール」でソリストを務め、その後フランス・ヌーヴェルダンスの第一世代旗手として知られるマギー・マランカンパニーを経て、現在フランス国立高等音楽院 ( コンセルヴァトワール ) リヨン校バレエ科専任講師)。
素敵な女性だ。
私がベジャールの「ディオニソス」をテープが擦り切れるくらい見ましたよ。
というと、「私の大好きな作品の一つだ」と喜んでくれた。
ボレロの話しになり、ドミニク先生がボレロの腕の動きの一つをさっとした。
そのたった 1 秒くらいの動きで、ボレロが見えた。
動きにある世界観がそこにあった。
それは「腕をどう動かした」ということでは、到底たどり着くことが出来ないものだ。
イメージというものの大切さを改めて感じさせられた一瞬であり、ドミニク先生がどれ程、モーリス・ベジャールの世界に心酔していたのかを垣間見れた一瞬だった。

その後版画家の名嘉睦稔さんと一席。
午後 6 時から 12 時まで、一瞬に過ぎた。
睦稔さんの手の分厚さ、力強さは職業家の証だ。
そんな話、懇意にしてもらっていた故上原清吉師の話。
泡盛の杯も重なる。
明日から、ワークショップだ!

名嘉睦稔さんとのお話しは、ある意味戦いだった。
久しぶりに出会った鋭い眼光。
透き通る太い声。
フォーサイス以来かも。
私に突き刺ささってくることば。
どれも一瞬の躊躇を許さない。
見逃さない。
その「間」を押さえている空気感が、この緊張感がたまらなく心地良い。
久しぶり、あるいは、懐かしい、そんな体感に驚いた。
しかし、場の充足感とは別に時は流れていく。
これらが満ち満ちた場は、身体の回転を限りなく高速にさせる。
団塊の世代に刃を向ける。
そうだろう、私自身も刃を向ける。
その言葉に籠る思いは、論理にあるいは言い回しに、あるいは笑顔に転化され、目の前に現れて来る。
「日野さんの少年時代はどんなだったですか」睦稔さんの溢れる好奇心は、創造と具体の隙間を狙っている。
ゴルゴ 13 ではないが、遥か先にある標的を持ち、そこに向って好奇心の銃口は確実にフォーカスされていく。
その矛先をはぐらかすのが楽しい。
「えっ!」と予期せぬこちらの攻撃に、時間を止めてしまう睦稔さんの表情が面白い。
噛み合っているからこそのいなし。
速射砲のような質問に、こちらも間髪を入れずに答える。
「日野さんは、最初から全く変わりませんね」
「当たり前やん、俺はこのままやから」
泡盛を初めて美味しいと思った。

 

大城さんがホテルの玄関まで迎えに来てくれた。
暑い熱い沖縄が始まる。
会場には沢山の人が待っていた。
服を着替えいざ出陣。
初めての地というのは、何時も緊張する。
どんな人達が集まっているのだろう。
何よりも、私の大阪なまりの標準語は通じるのだろうか。
冗談はどの程度までいけるのか。
みんなの理解度はどれほどなのか。
全てが未知数なのが楽しい。大城さんが紹介してくれ、始まった。
定番「胸骨操作」からだ。
1 クラス 70 数人。
年齢幅も沢山。

フランスから帰国している木下佳子さんと玄関で対面。
元気そうだ。
少し逞しくなった雰囲気がある。
身体もしっかりしてきている。
やはりプロとしてカンパニーで仕事をしているからだ。
そしてきっと、苦労しているのだろう。
ダンスとは別の面での苦労は、後々必ず役に立つ。
精神が逞しくなるからだ。

会場に着くと、まだドミニク先生のバレエレッスンが終わっていなかった。
その教室を見学させてもらった。
基本的な立ち方、そこから少しバリエーションを加えて。
しかし、ドミニク先生の動きは音楽になっている。
それを強調しながらレッスンは進んでいく。
指導する言葉はもちろんフランス語だ。
そのフランス語が動きになっている。
そうか、バレエとはそういうものなのだ。
「日本人のバレエをしている子供達と、フランスの子供達の決定的な違いは何ですか」
ドミニク先生に聞いてみた。
「基本が出来ていないのに、それよりも難しいテクニックを覚えすぎだ」
ということだ。
そうか。それは、別にバレエに限ったことではない。
基本というか基礎がどれほど大切かを理解していないし、それを強調する先生の数が極めて少ないということだ。
「出来ました、次は何をすればいいのですか」
これは私の教室で時々耳にすることばだ。
どれもこれも同じなのだ。
「出来ました」が本当ならば、次に何をすべきかは自ずと判るのだ。
つまり、その「出来ました」の意味が全く違うということだ。

私のワークショップが終わって、フェスタのオープニングセレモニーがあり、その後ドミニク先生やみんなで食事に行った。
私がその昔、ビデオテープに傷が付くまで、ベジャールの「ディオニソス」を研究したり、「ボレロ」を研究したことを話した。
何と、その作品に出ていたのだという。
そうか、その時代のそのレベルのダンサーだったのだ。
これには感激した。もっと、驚いたのは、フォーサイスカンパニーにいるヨネ。彼女は、ドミニク先生にムードラ時代習っていたそうだ。
そして、フォーサイスカンパニーのプライベーオートディションを受けに行くのを教えたのも、このドミニク先生だったそうだ。
そんな話で、ワークショップの疲れも忘れ、ワインボトルがどんどん軽くなっていった。
しかし、疲れた。
きっと、今までのワークショップで一番疲れたのではないだろうか。
原因は、暑さか湿気か、はたまた、参加者のエネルギーが。地場か。とにかく寝よう、という感じだ。
明日はドミニク先生もレッスンを受けたいと言っていた。
「言葉が分らなければ無理ですか」
「いいえ、感じるだけですから大丈夫」

 

二日目終了!
沖縄の人達は大人しい。
これが最初の印象だが、じゃあ東京は、大阪はと比べていった時、さほど違いは無い。
でも、女性は強い。
男性と比べて、女性は強い。
しかし、これも余り変わらない。
今回の沖縄は、ダンサーやアクターだけに限っていない。
だから、一般というか普通の主婦であったり、会社勤めの方であったり、そういった意味で幅があった。
幅があるということは、特殊なことをしないということになる。
この辺りのさじ加減が難しい。
お決まりの「ナマムギ〜」「ナマムギ〜」を、親子が血相変えて言い合う姿は、周りにいる人間を巻き込み、子供に頑張れコールが起こる。
まるで祭りになろうかという騒ぎになる。
この辺りは沖縄だ。
ドミニク先生もレッスンに参加された。
案の定「ねじれ」につまづいた。
さすがに一流のダンサーだったから、身体の操作は抜群だ。
しかし、しかし、私のレッスンでは「操作しては駄目」だから、本当に難しそうだった。
操作をしてしまえばそこにある痛みや引っ張り、あるいは痺れを感じ取ることが出来ない。
ということは、身体を繋げることが出来ないということになる。
悪戦苦闘の時間だったろう。
しかし、その好奇心には恐れ入る。
そこが、一流と二流の差だ。

このキジムナフェスタは基本的には国際演劇祭だ。
我々関係者は、その特権でどの舞台も無料で見ることが出来る。
ワークショップが終わって、柄本明さんの舞台を観にいった。
まさに言葉遊びなのだが、それは人間の真理を直球で突いていて、本当に笑えた。
とにかく、各国から参加している人の舞台を見ることが出来るのだから、これほどお得なものはない。
ドミニク先生など、朝からレッスンを持っているのに、次はどれを観ようかと迷っている。
と夜な夜な会場を回っている。
柄本さんの芝居を観て食事。午後 11 時過ぎまで泡盛で盛り上がった。
明日は楽日。
フランスのコンテンポラリーダンスを観る。
その後打ち上げだ。
3 日間は、瞬く間に過ぎてしまう。
イタリアが見えてくる。

 

3 日間の沖縄ワークショップを終えた。
最後の日だから質問を沢山受け付けた。
身体塾も表現塾も。沖縄舞踊の女性は表現として専門的なことを。呼吸法は。
自分が人を傷つけているのでは等々。
とにかく、多種多様な質問が飛び交った。
ワークを無事に終え、フランスのコンテンポラリーユニットを観、その後、打ち上げ。
沖縄の人は飲む!と思っていたが、飲酒運転で捕まるので、半数は飲まない。
お茶やソフトドリンクで乾杯!!!
「お疲れ様でした」
身体塾の3日間は、胸骨操作とねじれ、縦系の連動を駆け足で通り過ぎた。
琉球舞踊の方がおり、その方は動きを覚えるのがさすがに早かった。
視線のくいつきも良かった。
総じて年配の方の理解度が高く安心した。
もちろん、「どうして、そうなるのですか」という類の質問も多い。
ここ沖縄でも「頭」人間が沢山いた。
日本の教育を受けているのだから仕方が無い。
「 3 日間で出来るようなことは教えていませんから出来なくて良いのですよ」
これを口を酸っぱくして言わなければ、見せ掛けの「出来た」ばかりを追いかける。
「先生に誉められても意味はありませんよ。勝負は自分の人生なのですからね」これも繰り返す。
10 年来の私のファンという人も、最初に出した本を持参して来てくれていた。
「最初のビデオを見たとき、これ嘘やろ」と何回も見直したそうだ。
「私のビデオは、嘘やろ、というのが多いでしょう。しかしもちろん、ビデオでやっていることは何も稽古していませんよ。基本的なことしか教室ではしません。それで応用できなければ、その基本は嘘だということになるでしょう。教室ではその実験もしているのです」
そんなこんなで泡盛がどんどん空いていく。
若い子達は、本土同様、余りにも幼い。
しかし、クラシックバレエをやっている子達は、それなりに問題を持っているので、幼さが余り出てこない。
つまり、自分の生きる世界を自覚している人間は、成長せざるを得ないからだ。
「来年もお願いします」から「年に 2 回は」という本当に嬉しい要望まで飛び出していた。

日野晃ワークショップ、イン、沖縄キジムナフェスタは、熱いうちに終わった。
ワークショップに参加してくれた皆さん、暑い中本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。
来年もみんなの顔を見られることを期待しています!
スタッフの皆さん、本当にありがとうございました!沖縄!

TOP

ベネチア紀行

  身体塾   武道塾   武禅

 今までのワークショップ