2014ヨーロッパツアー

 

2014-1

明日早朝マルセイユへ飛ぶ。
今年一回目のワークショップは、正月明けのフランスである。
嬉しい事に、沢山の人がワークショップを楽しみにしてくれている。
しかし、冬のヨーロッパは荷物が多くなって困る。
セーター等、着る物のカサが増えるからだ。
それでも、最小限度に抑え、とにかく旅は身軽にだ。
パリからマルセイユは、作秋のように列車で向かう。
列車はのんびり出来るから好きだ。
ただ、トラブルが起こった時は困る。
スーツケースを引っ張っての移動は大変だ。

マルセイユからブレスト、そしてブリュッセル、でパリ。毎回の事だが、相当詰まったスケジュールだ。
おかげで時差ボケが軽い。
マルセイユは昨年秋が初めてだ。
日本人の通訳の人が頑張ってくれたおかげで、ワークショップはスムーズに運んだ。
身体の事とは言え、言葉は重要だ考え方の説明は、言葉でしか出来ない。
そうなると、語彙がどれだけ豊富なのかが問題になる。
体育会系ではなく、文化系の能力が必要なのだ。
マルセイユには、パリからも参加してくれる人達がいる。
パリで集まって、それこそ自主連をやっている人達だ。
ブリュッセルにも、自主連のクラスが出来ている。
そういう具合に、自然発生的に出来て行くのは嬉しい。
それこそ流れだ。
今年は、その自主連の人達が、どれだけ増えるか、どれだけ増やせるかを、裏のテーマにしてみよう。

シャルル・ドゴール空港には定時に到着。
マルセイユへは列車の旅だ。
入国審査を終え、バッグを受け取りに行くと、ゲートの外に静香さんが迎えに来てくれていた。
ヨーロッパは暖冬だそうだ。
その影響でパリは 10 ℃と暖かい。
そう言えば、飛行機の窓から見た外に、真っ白な寒い色はあまり見当たらなかった。
バッグを取り、とりあえず外に出て一服。
列車のホームは、意外と近くだった。
ドゴール空港は、やたらと広いから、一寸間違うと訳が分からなくなる。
静香さんと音楽の話で盛り上がりながら、周りを見渡すと外人ばかり。
「そうか、ここはフランスや」飛行機は便利だけど、やはり頭が混乱する。
しかも、静香さんとの会話は、当たり前だが日本語だから切り替えが利いていないのだ。
空港からマルセイユへの列車は、確かブリュッセルから来ている。
何時も乗る TGV ではなく、 2 階建ての2等だ。
とはいっても、一人でゆったりだ。
バッグも後ろの荷台に置いているので一安心。
ただ、2階なので横揺れが激しい。
後は、3時間後にファリドと、マルセイユの駅で会える事を祈るばかりだ。

マルセイユに到着すると、窓の外にファリドが見え、手を振ってくれていた。
私が適当に動いてしまうから、皆が気を利かしてくれたのだ。
嬉しい事に、バスタブ付きのホテルを取ってくれていた。
がしかし、バスタブの栓が壊れていた。排水されるのが早いか、湯が溜るのが早いか競争だった。
直ぐに部屋を交換してもらった。
一息ついてからマルセイユの港町を散歩し、カフェテラスでビールで乾杯!
何時もの事ながら、こういった状況では結構難しい話が出る。
考え方や宗教観などだ。文化が違うから、禁句も有るので慎重になる。
夜 12 時を回っているのに暖かい。
昨年の秋は、この辺りでダンサーの木下さんとお茶をしたが、寒くて震えていたのを思い出す。
一息ついたので、ホテルに帰る。
明日は朝 10 時くらいから、自転車を借りて博物館に行こうと言っている。
パリから数人が、今夜遅くにマルセイユに入る事になっているそうだ。

子供の頃に何度も読み返した「岩窟王」。
モンテクリスト伯爵(エドモン・ダンテス)が閉じ込められていた島が、このマルセイユにあったとは知らなかった。
ある種感動だ。
朝 10 時からファリド等と自転車で、マルセイユの港から海岸沿いに飛ばした。
その途中で、「日野あの島をしっているか?」「知ってるわけないやろ」
ファリドが一生懸命言葉を並べて教えてくれているのだが、モンテクリスト伯爵に届くのに相当時間がかかった。
それも外国での楽しみの一つだ。
小説だったとはいえ、その島を見ていると本当のことのように思えた。
刑務所の島だそうだ。
そう言えば、無味乾燥な感じもする。

しかし、数十年ぶりに乗る自転車での坂道は堪えた。
心臓がバクバク、大丈夫かいな、という感じだった。
海岸沿いを潮の香りにくるまれて走るのは、快適そのものだった。
ランチは、海水浴場にあるタコスの店。沖縄のタコス専門店は、やっぱり絶品だということを改めて確認した。
夏の沖縄では真っ先にタコスだ。
自転車を置き、バスでホテルへ戻った。
部屋を交換してもらったが、なんと二間もある部屋だ。
しかし、広いということは寒いということだ。
大体、アメリカタイプのホテル以外は、暖房の効きが悪いのだ。
「どうするんや」後 2 時間でワークショップへ。

天掌

 

蓋を開けてみて驚いた。
殆どがパリからの参加者だ。
昨年のマルセイユ組は、数人ほどしか来ていない。
ファリドに聞くと、マルセイユの殆どの人は頭が、混乱したままだそうだ。
もしくは、「私は出来るよ」と言って、今回の誘いに乗って来なかったという。
ファリドも「では、それは仕方ないね」と無理に誘わなかったそうだ。

会場はどこ?
薄暗く小さな公園にある、小汚い建物。
「こんなところにあるの?」というような不気味な建物だ。
まあ、何でも良い。
とにかく稽古だ。
今日は、少人数でかなりみっちり稽古が出来た。
全身ストレッチで上に伸びる。
その身体の状態の時が、身体の重心は下に落ちている。
そういった、稽古も全員じっくり挑戦する。
股関節に体重を乗せる。
その状態で、相手を倒す。
ここでネックになるのは、やはり肘だった。
で、後半は肘を使う、肘を感じる稽古に終始し、少し時間オーバーして初日が終わった。
夜食は、マルセイユで一番有名な地元の人しか来ないピザ屋さんへいった。
細い路地を抜けるのが楽しい。
落書きだらけの壁は、マルセイユはこんな街を象徴している。
明日は人数が相当増えるそうだ。

 

今日は 12 時にファリドが迎えに来る。
昼食を食べてそのままワークショップだ。
何かがあたったかな?胃の調子が悪い。
早朝吐いた。
そうか、昨日のタコスだろう。
全てが脂ぎっていたし、その油が悪かったのだろう 。
朝は食事を抜きハーブティだけにしてみた。
昼食も油の無い、思い切り軽いものにしよう。
正露丸を飲んだから多分大丈夫だろう。

トラムを乗り継いで会場へ。
マルセイユで初めて出来た古い武道場だ。
何でもマルセイユに一人しかいない、柔道の高段者が経営しているそうだ。
だから、相当古く格が一番上だそうだ。
畳が嬉しい。
隣の街からやってきた空手の二人。
先生と生徒だ。
前回も参加してくれていた。
久しぶりに拳ダコが沢山ある手を見た。
熱心なので、稽古をしていても楽しい。
あれやこれやと質問攻め。
その度に、言葉ではなく実際に体験させる。
熱心である程度レベルの上の人には、それが何よりなのだ。
訳のわからん年配の人も、前回の参加者の一人だ。
前回も「違うよ」の連発を食らっていたのに、全くめげないのは頼もしい。
というよりも、人の話を聞いていないし、指示を聴こうともしないのだ。
さすがフランス人。
当然、誰も相手をしない。
肘の重要性をいくら説いても意味が無い。
まあ、数の内には色々いる。

今日は、人数も多いと言っていたから、楽しい反面、そんなフランス人が増える事を危惧する。
広い道場が一杯になるくらい参加者がいた。
その中に一人日本人女性がいたので、ダンサーかと思ったが、尋ねると声楽家でマルセイユで指導しながら、舞台やナレーションの仕事としているそうだ。
木下さんにワークショップの事を聞き、参加してくれたのだ。
どうも、通訳が頼りないと思っていた所なので、その女性に頼んだ。
おかげで、通訳は完璧だった。
沢山の参加者だったが、危惧することは余り起こらなかった。
ただ、殆どの人が考え方の違いに、完全に固まってしまっていた。
しかし、パリからの常連の人達も沢山いたので、その人達のおかげでスムーズに進行した。昨日の復習と胸骨操作の入り口。
背骨の体感から、羽交い絞めパターンと定番を繰り返した。

今日は、朝 10 時からだ。
今日も、同じくらいの人数が参加するそうだ。
しかし、残念ながら今日は、声楽家の方は仕事で来られない。
通訳はどうなることやら。

夜は、昨年いった日本人が経営する、日本料理店でなんとしゃぶしゃぶ。
調子が悪かったのが、一辺に回復。
今更ながら食は大事だ。
ワークショップにはリハーサルがあったので参加できなかった、マルセイユバレエ団のダンサーが打ち上げには参加してくれた。
木下さんの同僚だ。
ダンサーだけのワークショップを実現して欲しいと頼まれた。
それは中々面白い。
マルセイユへ行く時のタイミングが合えば、ダンサー達へのワークショップを企画してみよう。

やっぱり。
大体日本に 4 年しかいなくて、その時に日本語を覚えただけ。
奥さんが日本人というだけ。
それでも自分は通訳が出来る、と信じて疑わない。
何度怒鳴りかけたことか。
というよりも怒鳴った!
当たり前だが、そんな男だから皆に話さなければならない、という責任感の欠片も一つもない。
「皆に聞こえるように話せ!」とブチ切れた。
日本語に通訳するが、その日本語が分からない。
それでまたキレた!
「何をいうてんねん、わかれへんやんけ」もちろん、その日本語も彼には分からない。
ただ、このおっさん怒っているな、というくらいは分かっただろうが。
最後の最後は、質問する人が英語で私に直接質問して来た。
私の目茶苦茶な英語の方が、質問に対する答えになっていたからだ。
その意味では、最悪のマルセイユだった。

もちろん、それを除けば、充実したワークショップだった。
肘の復習やストレッチ、ストレッチでの遊び。みんな子供のように楽しんでいた。
歩く。
足を車輪のように使う。これには当たり前だが、これには相当戸惑っていた。
力のバランスを取ること、相手と触れている場所に、きちんと注意する事。
押さない引っ張らない、投げない、突かない。
あらゆる事がそれだから、混乱に次ぐ混乱。
全員相当頭がまいっていた。
今回は、前回に比べて年齢層が高かったことが、ワークショップの充実に繋がったのだ。
2 mを超える巨体の空手家もいた。
その彼を優しく投げた時は、全員フリーズ。
もちろん、当人が一番驚きの顔をしていた。
「どうして、こんな小さな老人に投げられるの?」と。
しかし、そういう人に限って優しいし、センスが良い。
ワークを自分の稽古に使えるように、常に工夫を繰り返していた。
しかし、今回の最悪の通訳を体験して、改めて言葉の重要性を感じた。
今日は、夕方にブレストに飛ぶ。
フランスの西の端だから、絶対に寒いだろうと思うからセーターを着よう。

パリ・オルリー空港でブレストへの乗り継ぎを待っている。

初めてのフランスもオルリー空港だった。

35 年くらい前だったか、当時の飛行機は喫煙席があった。
ソウルで 7 , 8 時間待ちでオルリー空港に飛んだ。
私も今よりは若かったが、若い人達が沢山乗っていた。
コックの修業をするという若者、フランス語を学ぶという若者、あちこち回るという若者。
私はアムステルダムでフリージャズのドラマーとセッションだ。
と、呑気な事を書いている場合では無い。
昨日、マルセイユ発ブレスト行きに、どういう訳か乗り遅れたのだ。
午後 4 時 50 分発だから、私はファリドに連れられて 3 時には空港にいた。
搭乗のサインが出ていないからと、コーヒーを飲み武道の稽古の話に熱中していた。
途中で、ワークショップに参加してくれていたジョンも加わり、盛り上がっていた。
アナウンスが有る度に、耳を傾けていたが、ブレストという名が呼ばれない。
ファリドもジョンも首を傾げながら、アナウンスを待った。チェックインをしていない事が心配だったが、フランス人二人がいるから大丈夫だろうと、ゆったりしていた。
出発 30 分前になっても、アナウンスが無い。ファリドがカウンターに行くと、搭乗手続きは終わったという。
「どういうこっちゃ」慌てて手荷物検査へ。
バッグは預ける事を前提に詰めているから、当然お土産のリキュールも入っているから引っ掛かる。
そこで気付いたのが、バッグの鍵が見当たらないのだ。
それで一悶着。
結局、バッグはファリドに送って貰うことで、私は搭乗ゲートへ。ブレストと書かれた待合の前に行く。
どうなっているのか心配だったが、何のアナウンスも無いので、しばらく椅子に座る。
すると目の前を見慣れたバッグを持って、何かの係官が通り過ぎて行く。
「ちょっと待って、それは俺のやで」「日野か、飛行機は飛んだで」「はぁ?」
バッグを持って外に出ると、ファリドとジョンがいた。
「何でや?」後はフランス語が延々と並ぶので、さっぱり分からないが、とにかく飛行機は飛んでしまったということだ。
ファリドは青ざめていた。
「人生ってこんなもんやで」仕方が無いので、マルセイユ市街に戻りホテルをとった。
帰りの車も悪かった。
久しぶりの車酔いだ。
ホテルのベッドで仮眠をとり、それからファリドと夜食に。
レストランに行ったが何も食べられない。
寝よ。

で、早朝、マルセイユからパリ・オルリーに着いたのである。
だから、今は乗り継ぎゲートでボーとしている。
オレンジーナのフランス版。
空港内とはいえ 3 ? 50 kは法外だ。
今日は、無事にブレストに着いた。
といっても当たり前だが。
ブレストで昼のワークを終え、次は夜。ブレストは会場が合気道の道場と言う事も有り、合気道の人が多い。
もちろん、世界共通の何だか分からない人もいる。
得体の知れない軟体動物のような、まあ病気だろう、としか言いようが無い人達だ。
「ウー」だの「ハー」だのと奇声を発してのた打ち回っている。
胸骨での体重移動をやっていても、中々ユニークな動きをする。
私を受けを取ると、私がピリッとも動かないので、徐々に気持ちの悪い動きが消えて行く。
よくある事だ。

 

今回のヨーロッパツアーは、どうもお腹の調子が良くない。
疲れているから、ということなのだが、どうもしっくりこない。
したがって、いわゆる食事は今日までに1食だけである。
マルセイユの日本料理店でのしゃぶしゃぶだけだ。
ホテルの朝食は、カフェオレとクロワッサン一個、それに欠かしていないのはヨーグルトだ。昼食はスープだけ、あるいは食べない。
夜も同様だ。
どうしてかというと、進められたら断らない優柔不断さが、自分のお腹を苦しめているからだと気付いたからだ。
だから、今回の旅は相当断っている。
それでも、不注意で食べたチーズが入ったサンドでと、自動車のミックスで車酔いし苦しんでしまった。

ブレストからパリ・シャルルドゴール空港へ。
そこから、列車でブリュッセルへ。
パリには殆ど定時に着いた。
列車の出発まで30分あるので、レオさんとカフェへ。
時間になり改札へ行くとアナウンスが流れていた。
それを聞いてレオさんがこける。
どうしたのかと聞くと名物の遅れだ。
40 分の遅れだと言っているそうだ。
ということは、ブリュッセルの駅から道場まで 20 分はかかるので、飛び込みセーフかあるいは渋滞に捕まり、少し遅れるかになる。
そう言えば、昨秋もそうだった。
昨秋は 15 分くらい遅れて道場に到着した。
今回は運が良く、開始の 10 分ほど前に到着した。
何時もの人達、新しい人達、 3 , 40 人程で、道場の広さにはピッタリの人数だ。
アムステルダムからも来てくれていた。
昨秋参加した、柔道の人は生徒を連れて来てくれていた。
飛び級の少年もいた。
ブリュッセルはパリ同様、最初から参加してくれている人達も多いので、進行は楽だ。
肘のコントロールだ。
当たり前の事だが、初めてすることは難しい。
相手の手を掴んで、その相手の手が動いたら注意をする。
それすら分からない、ということも起きる。
相手の手を握っている手が動いている、ということすら分からない、ということも起きる。
ということを何も分からない、と言う事も起きる。
そして極めつけは「こうだろう?」だ。
そして私の「ノー」この繰り返しだ。
そして「もちろん、ノーだ、有り得ない」と続く。
その意味も分からない、と言う事も起きる。

今日は、同じブリュッセルでも郊外の道場へ行く。
柔術の人達の道場だ。
車で高速道路を飛ばし 1 時間 30 分ほどだ。
前回は稽古終了後の食事が長引き、ホテルに帰ったのは深夜 3 時頃だった。
それはしんどい、ということで、稽古前に食事をすることになっている。
稽古前にボリュームのある食事??

 

ホテルで初めてのルームサービスをとった。
暖かいスープである。
その前は夕方 4 時に食べただけから、さすが 12 時になるとお腹が減る。
鴨肉、ターキー、地元のソーセージやハム、ハンバーグ、野菜、といった鉄板焼き。
ボリュームある食事は、おかげでコントロール出来た。
私が小食なので、気を使ってくれたのだ。
しかし、この家の主の仕事は何だ?と思わず詮索したくなる。
道場にあるストーブのオーダーメードのような、スマートな薪ストーブに火が入り、何とも言えない暖かさを演出してくれている。
壁一面の大きな窓の外には、馬が 7 頭、ひつじもいる。
白い壁と古木で統一されたリビングだ。
誰もがうらやむような、広々として清潔感溢れるオープンキッチン。
ロッキングチェアーのように、クッションが効く椅子に座って、出されたコーヒーを飲んでいると、時間も場所もぶっ飛んでしまう。
心地よい睡魔も襲って来る。
チェリーのビールのせいだ。

一服してから、ワークショップ会場へ向かった。
前回もそうだが、ブリュッセルから 150 キロ程離れた田舎の村で、 50 人ほど集まるのだから凄い。
上半身のストレッチから、胸骨、片手取り、両手、片手掴みから肘の変化、肘の変化の突きへの応用。
次から次へと、稽古という考え方を展開した。
パリからもアムステルダムからも、何時も見る顔が来てくれていた。
一つ、嬉しい話を聞いた。
心臓の手術をした人が胸骨操作で、その回復がすこぶる早いと喜んでいたそうだ。
肋骨を切開し、心臓の手術をする。
術後その肋骨を閉じるが、それを繋ぐのに金物を使う。
当然、肋骨の自然な遊びは制限される。
その構造に対して、胸骨操作をすることで、自然な遊びに回復していっているそうだ。
その事が、精神に影響し体調がどんどん良くなっているのだ。
「よっしゃ〜!」だ。
そう言えば、マルセイユでも似た話を女性から聞けた。
乳癌後のリハビリに胸骨操作を取り入れたら、回復が相当早くなったという話しだった。
元気に道場で暴れてくれていた。
今日で、ベルギーは終わりだ。
明日は早朝パリへ列車移動。
その足で会場迄タクシーで乗り込む。これも綱渡りだ。
列車が遅れたら開始時間に間に合わない。
日本人としては、そのスケジュールに不安を感じるのだが、フランス人は何とも思っていない。
フランス人だから。

 

ホテルを出て、右に道路沿いを歩いて行くと、多分ブリュッセルの繁華街だ……ろう。
朝食を済ませ、歩く稽古に出た。御堂筋よりもかなり幅広い道路は、中央が駐車場になっている。
その道路沿いに、これでもかというくらい世界のブランド店が並んでいる。
もちろん、私がブランドと知っている程度だから、超有名店ばかりである。
ホテルは坂の上にあるので、なだらかに下っている。
昨日までの雨はやみ、こころばかりの太陽が鉛色の雲間から顔を覗かせている。
しばらく歩いて「この辺りで右に入ればどこへ行くのかな」生来の迷走を始めた。
すると、見知った光景に突き当たった。
昨年迷子になったところだ。
きれいにデザインされた庭だ。
事件はそこで起こった。
「ハンディキャップを持つ子供に支援をお願いします」片言の英語が分かるばかりに、思わずその言葉を理解してしまった。
みなりの良い女性二人が、声をかけてきたのだ。
その時は、完全にフランクフルト事件を忘れてしまっていた。

以前、夜のフランクフルト中央駅のメトロで、やはりみなりの良い女性二人が両替をして欲しと声をかけられた。
こちらは、妻と通訳の女性の 3 人いる。
その数に油断して、「いくら?」と財布の小銭入れを開けて見せた。
まず、その一人の女は 1 ユーロコインを取りだした。
何やらぶつぶつ言いながら、私の財布の中にある小銭を、とっては入れを繰り返す。
小銭を掴む手がおかしい。
つまり、まだまだ素人なのだ。
プロのマジシャンなら、そうは見えない。
私は二人の女性の仕草を追いかけていた。
もう一人の手が伸びて来た。
もちろん、財布の方に、しかも札が入っている方にだ。
私は気付かないふりをして、「早く両替しろ」とせかせた。札の入っている方に近づいた手は、あろうことかカードを抜きにかかったのだ。
私は何食わぬ顔をして、財布を持つ手に力を込め、カードも札も抜けないようにした。
女は焦りカードを引っ張る、もちろん、抜けない。結局この二人はブツブツ言いながら立ち去った。

この事件を忘れてしまっていたのだ。
寄付と称して 5 ユーロまず女二人は受け取った。
すると、両替をするから 10 ユーロ出せと言う。
意味が分からないので、とりあえず 10 ユーロ札を見せた。
するとその 10 ユーロ札を持ちながら、寄付の最低は 20 ユーロだという。
「あほか、持っているわけ無いやろ」と言いながら 10 ユーロ札を取り返した。
女二人は、足早に去って行った。
5 ユーロパクられたのだ。
まあ、これも私の間抜けな話題の一つだと、階段を下りていった。
すると、今度は逆にホームレスのような風体のおっちゃんが、「今のはスリだ」と教えてくれた。
「メルシー、オーボアといって相手にしては駄目だよ」良い人だった。
2 時間以上歩き回って、ホテルに戻った。

ブリュッセルでの最後の日。
初めての人がまた沢山いた。
本当は丁寧にやりたかったが、古い人を優先し、胸骨操作を少ない目に、初日の肘の動きに発展させた。
次は4月だ。
「日野絶対に忘れたら駄目だよ」主催者から何度も念を押され、深夜別れた。
明日は、朝 7 時過ぎの列車でパリだ。

 

パリ。
名前は知らないが、東駅付近で川のほとりにあるホリデー・イン。
そこがここ数年定宿にしているホテルである。
昨日は、寒いと言ってもまだ暖かく、太陽も顔を出していたので、その川のほとりは半そでの若藻や、ゲームに興じるお年寄りで溢れていた。
パリへの列車は、ほぼ定刻にパリ北駅に到着した。
駅前のタクシーに乗り込み、郊外にある会場に向かった。
定刻 15 分前。
会場前には、熱心な人達が溜ってコーヒーを飲んでいた。
「先生、大丈夫ですか」嬉しい声をかけてくれる。
一服済ませ、会場内へ入る。
受付には、数年ぶりに会うマーツがいた。
声をかけると「ヒノ〜!」と大はしゃぎ。
彼女も今やお母さんになっている。
早速子供の写真を見せられた。

ここでも肘のワークを繰り返した。
昼からは、会場の都合でパリ市内に戻る。
車でホテルまで送って貰ったのだが、この地区に油断は禁物だった。
もちろん、そんなことはパリの人なら、きっと誰でも知っている。
車の主も知っている。
しかし、昼食をみんなでとり、車に戻ったら、その油断が現実として起こっていた。
窓ガラスが破られ、携帯電話が盗まれていたのだ。
主はうっかり携帯電話を車中に残していたのだ。
警察や携帯の会社に連絡と、緊急対処に時間は慌ただしく動いた。

夜の稽古は、その地区にある学校の武道場を借りれた。
一体何人いるのだ?というくらい、相当数の人がいた。
初めての顔が沢山いるので、体重の移動から始めた。
例によって頭を混乱させながらのワークは、瞬く間に過ぎていった。
夜は、希望者 30 人程度と食事会だ。
武道の話、人生の話に華が咲いた。
マーツは子育ての話。
最近やっと手が空いてきたので、武道の稽古を再会したいとウズウズしているという。
東京のワークショップには行くから、スケジュールを教えて欲しいといっていた。
思えば、マーツとはフォーサイスカンパニーで会ったのが、 9 年前になる。
23 歳だった。
目をくりくりさせ、私のワークに茫然としていた姿を思い出した。
もう 10 分もすると、レオさんが迎えに来てくれる。
今日は、郊外の会場だ。

 

午後 5 時 30 分、パリでのワークショップ、今回のワークショップツアーは終わった。
お疲れ様、である。
真新しい電車に乗り、北駅へ向かった。
小汚い北駅には似合わない程、きれいな電車だった。
北駅の向かい側に有る、伝統のあるホテルの一階のレストランへ入った。
大きなオルゴール式の自動ピアノが置いてあった。
ギャルソンがテキパキと動いている姿は気持ちが良い。
舌平目のムニエルを注文した。
ギャルソンが調理前の舌平目を見せにきた。
きれいな色形だ。
ワークショップの無事終了を祝ってシャンパンで乾杯。

今日は縦系の連動や、体重移動の多人数がけでと、朝から色々と遊んだ。
リヨンから初参加の居合と合気道の師範。
生徒を連れての参加である。
オープンな気持ちを持った人がいるのも、ヨーロッパならではだ、かな?
この師範のキャラがまた良かった。
長身で細身、渋い二枚目だ。
そして、いじりがいが有るのだ。
ユーモアのセンスも抜群だから、楽しい会話が出来た。
そして、マーツやエルビス兄弟がいたので、パリでは疲れたという感じは湧いて来なかった。
マーツもエルビス兄弟達とつるんで楽しくやっていた。
ファリドもマルセイユから来ていた。

稽古をするにはルールが必要だ。
我慢比べをするのではなく、技術を知りそれを見に付けて行く、という目的もあるからだ。
常連の人や、初めての人でも周囲を見れたり、勘の良い人は言われなくてもする。
しかし、そうではない人には注意をしなければ、我慢比べをする。
しかし、注意をされてもしない人もいる。
それは自分が相手に対して、何をしているのか分からない人だから仕方が無い。
悪気も無い。
何も分からないだけなのである。
色帯を締めていた。
夢遊病者のような若者もいた。
ヒョロッと背が高く、目が泳いでいて、言葉はハッキリしない。
今すぐに病院へ行け、というような若者だった。
しかし、面白い事に日本語で自分の感じた事くらいは話す。
このギャップがたまらなく面白い。

縦系の連動は、誰でも苦戦をする。
一人の女性が出来ない事にいらだっていたので、デビット達のところに連れて行き、自分達は何年縦系の連動を練習しているのかを話させた。
もちろん、時間の長さは関係なく出来る人もいるし、何年たっても出来ない人もいるから、時間はあてにはならないが、総じてそうは簡単には出来ない。
女性もデビットの話に納得していた。
しかし、以前から気になっていたのだが、「コンタクト」と言う言葉を頻繁に使うのだが、どうもその意味が私の思っているのと違うようだ。
ただ単に、相手に触れるでその言葉は成立しているようだ。
マーツは、もちろん私の言う意味のことは、身体で理解している。
しかし、理解出来ているのは、彼女一人。
それを思うと、言葉としての「コンタクト」の意味、そして、それこそが現代における武道の本質だということを、明確に皆に伝えて置く必要があることを痛感した。
正午にレオさんが迎えに来てくれて、夕方日本に向けて発つ。

 

昼 12 時レオさん達が迎えに来てくれた。
泊っていたホテルは、ずっと送風状態で、どないなっとんねんと文句を言うが、どうにもならない。
マルセイユでは直ぐに部屋を変えてくれたのだが…。
ジョエル・ロブション ( Joel Robuchon , )と言われても、全く認識がない。
凱旋門の目の前にあるレストランを経営する、フランス料理のトップシェフだそうだ。
ミシュランの星を 28 もとっている世界でも有数のシェフなのだ。
であるから、日本でも数店舗展開している。
旅の疲れを癒す為に、レオさんが招待してくれた。
本当のフランス料理は、前回マルセイユで食べたのが初めてで、先日北駅で食べたのを合わせ 3 度目だ。
ランチだから、余り堅苦しく無い。
キノコのブイヨン。
これ?もしかしたらカツオの出汁?そんな訳はない。
しかし、それくらい優しい味だ。
まるでうどんの出汁、これには身体が喜んだ。
続いて肉。
歯応えは有るのだが、その感触の切れ味が良い。
ソースも私好みの家庭の味と酷似している。
ペロッと平らげてしまった。
ワインもシャンペンも飲まないので、黙々と食べた。
それはレオさんも同様だ。
席はカウンターなので、調理の様子がよく見える。
清潔な厨房は気持ちが良いし、沢山の調理人達の動きは、陳腐な例えだがまるでダンスだ。
しかし、ダンサー達にはこれほど即興で有りながら、有機的な繋がりを持つ動きは作れない。
もちろん、演劇とて同じだ。
どこまで行っても段取りが見え隠れし浮かび上がってくる。
そんな話で静香さんと盛り上がった。
良い時間になったので、その足で空港へ向かった。
3 時間以上前に空港に着いたが、もはや一杯だった。
団体がいたのだ。
日本人の団体は、言われた事をきちんと守るから、きっとこの込み具合になっているのだろうと思う。
飛行機は定刻より 30 分早く成田に着いた。
大阪への乗り換えで、チェックインした時、ケースの損傷が発覚。
手続きを済ませ、今待合ロビーだ。
伊丹からは直行で教室へ行く。
一服吸いながらコーヒーが先だろう。


 

2013秋のヨーロッパ・ツアー

2013-9

昨日の夕方、パリに着いた。
シーズンが始まったのか、飛行機は超満員だんた。
パリで迎えに来てくれていたレオさんも、何時ものホテルは満員で取れなかったと言っていた。
天気予報とは違って、パリも日本並みの猛暑だ。
30℃には恐れ入った。
それでもめげずに、寒さ対策に来て言ったユニクロのヒートテックに、ジャンパーで過ごしてやった。
みんな、Tシャツに半パンだ。
夕涼みにカフェは一杯だ。
今日はブリュッセルに移動、夜から稽古だ。

「思っている事」とやれている事。
やれている事と、それを見ている人、あるいは聞いている人。
この、三つ巴の図式は、ジャズをやっている22歳の時に気付いたことだ。
自分が創る曲、自分が演奏する、それを他人が聴く。
自分が創る曲には、自分の思いや世界観が一杯詰まっている。
とはいうものの、それは自分の身体の中、頭の中、想像の中には、ということだ。
それを例えば、譜面として表す。
言葉として表す、演奏として表す。
とした時に、そこにギャップは生まれないのか。
そんなことが、私の持つ疑問の始まりだったように思う。
その時、一足飛びに、「では、人は私の頭の中、想像の中、あるいは一つのイメージを、演奏を通して共有しているのか」との疑問になった。
有り得ない。

その疑問がどんどん膨らみ「関係性」というものを意識し始めた。
共演者とは関係が成立しているのか、もちろん、楽器であり音を通してだ。
そういう意識を持ち、演奏するといやが上にもその事だけに焦点が当たる。
そうすると、微妙な違いが明確に見えるようになった。
共演者との関係を考え出すと、それは楽器と自分との関係性、そして、私の中の意識と創造性。
という具合に、どんどん深部へと突き進んでいったのだ。
中でも自分の発する言葉と、自分との関係についてノイローゼになるくらい考えた。
ジャズの仲間も、クラシックの仲間も、誰もそんな事には無頓着だったから、私自身「頭がおかしいのかもしれない」と思っていた時期もあった。
それの答えは、あるいは、明確に問題を見据えられるのは「武道」だと気付き、ジャズから武道へと場所を移したのだ。
その意味では、関係性というものを考えて40数年という事になる。
そういった積み重ねが、「表現塾」でのカリキュラムを生んでいるのだし、「武禅」のカリキュラムを作り出しているのだ。
どうすれば、関係性という事を実感出来るか。
実感出来なければ、そこを成長させる事等出来る筈も無いからだ。


北駅からブリュッセルへ行く列車に乗る。
北駅は、世界で二番目に乗降客が多いそうだ。
もちろん、外からはそうは見えないが。
しかし、駅の中に入ると、大きなバッグやバックパッカーのような人で溢れかえっている。
駅前にあるSubwayで腹ごしらへをした。
何だかんだと言っても、この辺りのレストランで食べるよりも、安心できるそうだ。

もちろん、ブリュッセルも暑い。
レオさんに毛糸の帽子も持ってきているよ、と大笑い。

ブリュッセルは、殆どが常連の人達だ。
そして年齢層が高い。
常連が多いと言っても、初めての人も1/3はいる。
だから、何時も「胸骨」についての話をする。
しかし、良く考えたら一番大事なのは「胸骨」のことではなく「意識」のことだ。
だから、今日から話を変えようと思っている。

歴史に残る、武道の達人達を研究するにつれ、「意識の使い方」が最重要課題だと気付いた。
そのまとめ方で行くと、達人の共通項は、身体を繋げて使っていた、相手に応じて動いていた、意識を管理して使っていた。
という三つになる。
そして、それらの中身として、身体を繋げて使う為に、胸骨や連動、連関的に身体を使うがある。
相手に応じて動く為に、相手の身体や意識を感じ取る、がある。
そして、意識の使い方の為に、自分の身体を感じ取る、相手の力と方向を感じ取る。
そして、意識の使い方としては、その時々で〜をやろうとしない事、自分自身の感情や欲求に振り回されない事だ。
と考えると、武道の達人の要素を普遍化出来る。
だから、色々な事と共通するし、色々な事に応用が利いて来るのだ。

結局、ワークショップも「武禅」も、人との関係性という一語に尽きる。
いくら声が通っても、いくら身体が動いても、いくら考え方が素晴らしかっても、結局、それらは誰かとの関係性の中でしか使えない。
つまり、ここを外しては人生も社会も舞台も、快適に泳ぎきる事は出来ないということだ。

ブリュッセルは、やはり年齢層が高い。
また、何時もよりも、沢山集まってくれた。
ただ、何時もよりも全体的に身体のごつい人が多い。
だから、何時も私が一番小さいのだが、今回は余計にそう感じた。
柔道の人もいるし、空手の人も割合多い。
ただ、何時もの力任せのグループは来ていなかった。
常連の人達は、ちゃんと胸骨操作をやってくれていた。
前回から参加の人達も、胸骨操作を稽古してくれていた。
だから、皆それなりに胸骨は動くし、腕力は駄目だということを認識してくれている。
質問は?といっても、笑って「無いよ」と返してくれる。
1/3程は、新しい人達だったので、例によって胸骨の定番メニューから、体重移動の定番メニューをした。
さすがに、常連達は素晴らしい。
スッとやれるのには驚いた。
ブリュッセルは、年に二回のペースで開いているが、ちゃんと稽古をしてくれている人が多いから嬉しくなる。
皆汗をビッシリかきながら、もくもくと稽古をするので、稽古時間を過ぎてしまった。
パリからは、4人来てくれていた。
ドラマーにベーシスト、役者もいた。


常連達は、上半身が割合使えるようになっているから、下半身の力みが少ないのが目に付いた。
上半身が動くようになれば、下半身と切り離して使う事が出来るし、逆に繋げて使う事も出来る。
身体のバリエーションが広がるのだ。
また何かの理由で、片腕になった人がいた。
丁度良いので、両肩でバランスすることを教えた。
全員に、それを見せ体重移動は、身体全体のどこからでも出来なければいけない事を説明した。
柔道の先生も、目を白黒させ衝撃だったと、終わってから印象を語ってくれた。
そりゃそうだろう、私よりも一回りも大きな柔道の人を、片腕で操作してしまったのだから。
しかし、それは単純な身体操作で出来る事ではなく、どれだけ相手を感じ取っているのか、が一番大事なことだ。
相手に触れる手から、相手に触れている身体の部位から。
とにかく全ては関係性だ。

私のワークショップは、それぞれのワークが個別のモノではなく、全部と関連し、全部と関係している。
一つのワークを踏まえて次のワーク、あるいは、前回のワークを踏まえて次のワーク、というようなことになる。
したがって、これはこれ、これはこれ、というぶつ切りの考え方では、理解する事も実感する事も、当然獲得する事も出来ない。
もちろん、こちらの指示として、「これは別のモノ」とある場合に限り、独立したワークとなる。
まず、この事を踏まえて置いて欲しい。
「関係性」というのは、人と人、自分と身体、自分と空間との繋がりのことだ。
そこで重要なことは、それらを「感覚出来る」ことになる。
そのふれあいとは、自分自身のこころと相手のこころが共鳴することを言う。
その為には「感覚」を研ぎ澄ますしか無い。
感覚を研ぎ澄ませば「感触」を知ることが出来る。
理解ということでは、それは全く出来ない。
身体で「きく」というのは、感触そのもののことだ。
だから、「感じる」ということが最重要テーマになるのだ。

まずは単純に、自分の身体を「聞いていく」から始める。
それが「身体塾」だ。
つまり、身体に起こる刺激を感知するのだ。
例えば、「ねじれる」という動作をおこない、そのねじれている身体から、「ねじれている」を感覚する。
かなり微妙な神経が必要だが、そのねじれているという「体感」に集中する必要がある。
そして、その「ねじれている」を感覚出来れば、そのねじれているを緩める事で、ねじれている範囲を「線」として捉えていく。
ということが出来る必要があるのは何故か?
自分の身体を、「自分が認識出来る為」だ。
自分の身体は、間違いなく自分自身であるにも拘らず、大方の場合客観的にしか認識出来ない。
それでは、自分の身体では無い。
客観的にしか分からない、というのは、他人の身体のようにしか分からない、ということなのだから。

次に、相手からの力を感じる。
例えば、相手に押される力を感じ取る。
例えば、後ろの右肩を押されるとする。
しかし、ここで重要な事がある。
それは、相手の押す力というのは、こちらのそれを「引き出す力が決めている」ということを知っておく必要があるのだ。
こちらが、相手の力に対して抵抗するから(反応するから)、相手の力は、こちらを「押そうという意思」と共に、発揮されるのだ。
つまり、どんな事でも相互の関係によって、もたらされるということだ。
その相手の押す力を感じられたら、相手の押している力(圧力)を、一切変えないように、相手の力の方向に動く。
その場合、こちらの身体全体を動かすのか、あるいは、下半身はそのままにして上半身だけ動かすのか、それは、こちらが選択すればよい。
これは、ダンスにおける即興の教則本になる。
つまり、相手の力に応じて、相応に動いてしまう、ということで、それが「身体関係」の表面的なことだ。
裏面というか、内面としては身体塾同様に、相手の手の平や、力(圧力)を感覚し続けるということになる。

更に、もう一つ大事な稽古がある。
それは、相手の力は、相手の手の平から伝わってきますが、その手は腕から繋がっている。
身体を動かしながら、その腕に背中でくっついて行くのだ。

それを「表現塾」ということで言うと、関係しているという事が、第三者に伝わっているのか、になりまる。
つまり、誰の目にも二人は一つに見えるのか、ということが第一段階だ。
次に、その行為は、「見られているのか」「見せているのか」になり、「魅せている」を目指す。
第三者に、観客に「見せている」事の基本は、第三者の視線を身体で「感じ取れる」ことだ。
もちろん、感じ取れるというのは、感じ取れていると「思う事では無い」。
身体塾での相手の刺激を感じ取る、同様に体感する事だ。
それが出来るようになることで、「見られている」から「見せている」に質が向上する。
そうなると、どうなるのか、というと、関係性ばかりか、存在感の有無という点でも、舞台上で輝く事が出来る、ということになる。

もちろん、これらはワークショップという短い期間では、出来ることは無い。
ワークショップでは、その入り口を確実に掴み取って欲しい、そして、日々研鑽し、その方向や蓄積されている事がどのレベルになっているのか、それを次のワークショップで検証して欲しいのだ。
何かを獲得するというのは、実験と検証の積み重ね以外にはないからだ。
もちろん、ここに並べたことを知り、少しでもその入り口には入れれば、それだけで相当見え方が変わる。
もちろん、自分自身が輝くという見え方だ。

 

パリは秋になっていた。
2日前の猛暑は嘘のようで、ジャンパーが必要だった。
北駅に着き、その足で郊外の体育館に直行。
会場に着くと、もう何人も来ていた。
クリスチャンが魔法瓶にコーヒーを入れて持ってきていた。
それを貰って一服。
ワークショップには、新しい人が1/4程いた。
やはり色々なジャンルの先生方が多い。
常連達が連れて来てくれるのだ。
若手の警官も、クリスチャンに連れられて来ていた。
今回は、190pはある柔道の先生をかなり相手にしてみた。
受講者は興味津々で周りに集まってくる。
相変わらず、楽しい雰囲気でワークは進んだ。
座り系を少し、そこから肘、肘での投げと続けていくと、昼休みになった。
昼からはねじれのバリエーションで、今日のワークは終わった。
疲れた。
夕方のパリは、落ち葉が夕陽に映えてかなり美しい。
土曜日の晩だから、人が多いのが気に入らないが、秋のパリだ。
これでユニクロのヒートテックも意味があるというものだ。

東京のワークショップの申し込みも増えてきている。
表現者の為の表現塾の受講者は、多ければ多いほど面白い事になるのだが、最終的にどうなるのかは分からない。
「身体塾」では、身体を繋げて使う事を練習する。
繋げる為に必要なのは、身体に対する刺激であり、それを感覚する力だ。
つまり、繋げるのは「感覚」なのだ。
感覚を使って、点から点を線にしてしまうのだ。
もちろん、それはいきなりは出来ない。
しかし、その作業をする事が大事であり、そうしている時こそ、身体がクリアに観客から見えている時なのだ。
演劇では感情表現なるものがあるが、これとて表現ということで考えると、感情が現れているように見える、という事が大事なのであって、当たり前だが、自分自身が感情的になることではない。
感情は身体から見えるものだ。
その意味で言葉はいらない。
その身体から見えるとした時に、先程の点から点への線を感覚していく、という作業が、感情が高ぶっているようにも、沈んでいるようにも観客から見えるのだ。
その意味において、役者であろうが身体を自分のものにする事が大事なのだ。

「身体性」とか、意味不明の言葉や概念を、次から次へと使うが、結局のところ幻想を持ち
こんでいるだけで、そこには「身体性」など無く、気持ちの悪い雰囲気が見えるだけだ。
そういった言葉遊び的身体を排除しなければ、本当の意味でクリアな身体は出現しない。

お昼頃、道場に帰って来た。
飛行機では、余り眠れなかったので完全にオカシイ。

一挙にワークショップの準備だ。
関係というところを、もう少し理解してもらうには、どうすれば良いか。
先日もパリで言葉に悩んだ。
通常「contact」という使い方をしているが、どうもそのニュアンスではない。
当然、コンタクトと指示をした時に、行われている行動とは違う。
もっと深いコンタクト、という言い方をしても通じない。
それは日本人同士でも同じだ。
やはり「化学変化した状態」というしかないのだろうか。
そんな事も、今回のワークショップの現場で探り出そうと思っている。
考える必要はないが、言葉は必要だ。
理解する為には概念が必要だからだ。
「私が」「あなたと」が、接点を通して溶け合ってしまった状態を、私は関係という。
もちろん、それはイメージでも思い込みでもなく、実際にだ。
それは「感覚」というものを用いるとそうなる、ということなのだ


●日野武道研究所サイトマップ/English

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・ 合宿レポート
・ 教室 
●海外での指導

身体塾
・ 骨格で考えよう
・ 身体を連動させる
・ 身体の法則性
・ 身体の学び方
・ 表現者へ
●海外での指導

●武道を学校に導入?
●稽古と意識
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フォーサイスカンパニーでの一週間

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