2013Valencia WorkShop

 

外国へ行く楽しみは、そこで出会った人、限られた時間でしか、稽古が出来ない人。
そんな人達が、次に会った時には確実に成長している。
それを見る事が出来ることだ。
日本の文化としての武道に興味を持ち、フランスで、あるいはベルギーで、色々な先生に習い、それでも飽き足らず貪欲に求めている。
そんな人達と出会えるのは、嬉しいの一語である。
毎年行われるバレンシアでのワークショップを、楽しみにしてくれている、そんな人達。
パリやブリュッセルでのワークは、人が多すぎて一つのことを集中的に出来ない。
だから、バレンシアのワークを楽しみにしている、と全員言ってくれる。
主催者のレオさんは、「日野先生のワークショップは、完全に私たちの手から離れている」と、嬉しい悲鳴を上げてくれていた。
バレンシアのワークショップは、 1 週間と長いが、実際始まってみると短い。
「もう、終わり?」と、何時も皆が寂しがる。
だから、その 1 週間の間に、色々なグループと食事をしたり、コーヒーを飲んだりし、武道談義に華を咲かせる。
今回は、私の「心の象」の英訳本を、 amy が持って来てくれていた。
だから、この本を読んで、考え方を理解して欲しい、と伝えた。

 

イスタンブール空港で 5 時間待ち。
手荷物検査で後ろに並んでいた人は、何と 10 時間待ちだという。
「どこか行くとこおまへんか」
しかし、この早朝だから街は閉まっている。
バカンスのシーズンに入っているから、空港は子供達や家族連れ、色々な団体さんが、所狭しと溢れている。
「私」しか無い連中ばかりだから、広い空港が狭く感じる。

関空からの飛行機は、旅行社のミスで席が確保出来ていなかった。
カウンターの人に頼み込んで、ややこしく無い席を確保して貰った。
最後尾の座席だったが、 2 人掛けだったので助かった。
飛行機が離陸する間もなく、飲み物のサービス 。
「水を下さい」コーラが来た。
ウオーターがコーラに聞こえたのか?
大阪弁のカタカナ語だからか?

飛行機はほぼ満席だ。
こちらも色々な団体やグループが一杯だった。
「 12 時間か」だが、寝たりゴソゴソしていたらイスタンブールに着いた。
乗り継ぎ 5 時間は、結構疲れた。
バレンシアへ乗り継いで、 3 時間半。
うたたねの連続だが、多分数分ずつ断続的だろう。
昼食が出て、「コーヒーにしますか」ティーが出された。
これは何ぼ何でも違うやろ。
コーヒーはティには聞こえへんで。
着陸のアナウンス。
窓から外を見ると、「熱いだろう」一色だ。

バレンシア空港に着くと、スペイン人でワークショップに参加するミゲルが、友達の参加者を連れて迎えに来てくれていた。
会場近くの、こぎれいなアパートだ。
とにかく寝ようと思っても、疲れ過ぎて眠れない。午後 7 時。
外は昼の日差しだ。
ネットが繋がらない。
聞くにも人がいない。
明日レオさんと会ってからだ。
寝たり寝なかったりで朝。
海岸まで散歩をし、スーパーで買い出しだ。
帰ってくると、坂本君や芝田君とアパートの玄関でバッタリ。
聞けば芝田君のネットは繋がるという。
「何でや」と昼食後、彼らの部屋へ。
しかし、繋がらない。
芝田君が「じゃあやってみよう」とやってみると何と繋がった。
有り得ない?「もう、切れたらあかんから、最終日まで PC を終了しない」と大笑い。
今日のワークショップ初日は、夕方 5 時からだ。
どんな顔ぶれか楽しみだ。

初日、汗びっしょりの中で終わった。
全員ガタガタになっていた。
殆どの人が、毎年来てくれる人、パリやベルギーに来てくれている人だ。
おかげで、共通認識ができているので、稽古がやりやすい。
オランダからも元フォーサイスカンパニーのダンサーや、フリーで活躍するダンサー等二人来てくれている。
フランスのブレストから、コンテンポラリーのダンサー来ていた。
おかげでバレエの話で華が咲いた。
胴体のねじれでの腕の使い方。
体重移動と足の使い方。
相変わらず、何とも地味な稽古なのに、全員楽しそうに取り組んでくれていた。
パリの警官や、恐ろしく力の強い兄弟も、どんどん出来るようになっている。
動きを見ていたら、この 3 人は相当練習しているだろうなと思わせる。
稽古が終わり、数人と海岸にあるレストランへ行った。
疲れているからと 2 時間ほどで解散。
何時目が覚めるか分からないが、とにかく寝てしまえ、という感じで一日が終わった。

 

2 日目の朝稽古終了。
昨日の夜のレストランでは、元フランクフルトバレエ団にいた、バレエの先生と、バレエの新しい身体操作について盛り上がった。
もちろん、練習は難しいが、ダンス寿命が延びるから、広める価値はある、ということで考えが一致した。
アムスに住む岩岡君が通訳をしてくれたので助かった。
しかし、話は本質に及ぶと、文化の違いから噛み合わないところが沢山出て来る。
それを一々説明するのは大変だ。
止め!
疲れた。
アパートに帰ったらシャワーを浴び、そのままダウン。
おかげで、今日は朝 7 時まで眠れた。

朝になると、直ぐに太陽が燦々と降り注ぐ。
頭頂が熱い。
朝は、胸骨の復習。さすがに全員慣れているだけに、スムーズに行う。
「運動になってはいけない、押さえられている箇所を感じ取る事」との指示で、練習している人とそうでない人とに分かれる。
前方から肩を力一杯掴まれた状態からの胸骨操作。
壁に押し付けられた状態からの胸骨操作。
腕と胸骨を繋げる。
その状態で腕を掴ませ、そこに体重を載せる。
力技的な練習が続いたので、相手との微妙な接地で、相手が倒れるという、人の神経バランスを崩す稽古で遊んだ。
息を吹きかけるだけでも倒れる。
これは大受けした。
しかし「分からない」とパニックになっている人もいた。
初参加のスペインの空手の先生だ。
力技、手応えの有ることが、正しいことだと思っているから仕方が無い。
やはり、熱心なパリの警官を含む 3 人は、色々と工夫をしている。
工夫をする、ということを覚えたのは頼もしい。
感覚された箇所に注意を向けることで、意識が空っぽになる、雑念が浮かばない、ということも、体感していた。
身体を理解するという点で、多分一番先頭を走っているだろう。
昼食を食べ熟睡した。
次は 6 時からだ。

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バレンシアの稽古は、何時も隣で別のグループが何かしている。
初日は、子供達の体操競技だった。
小さい子達が飛び跳ね、結構高度な技を繰り出していた。
そう言えば、昨年もこのグループがいたのを思い出した。
ユニフォームを着ている子達は、競技に出ているのだろう。
飛び跳ねる姿を見ていて、そうかと思ったのは、縦横無尽に飛び跳ねられるということは、ある意味ボールの様なバネをもっているし、身体が固まっているからだ。
身体に伸びや緩みがあれば、怪我をする。
何とも変なことになったものだ。
レスリングも柔術もやっていた。
それらも選手だろう。
しかし、何とも粗雑な稽古をしている。
あれでは、筋力だけが頼りだろう。

私のクラスの稽古は、身体に触れる感触を確かめながら進んでいる。
対照的な稽古風景だ。
夜は、改めて三角形で蹴りと突きに対処するところから始まった。
手は迎えに行く。
玄関にお客さんが来たのを迎えに行く、それと同じだ。
その準備が整っている程、相手は気持ちが良い。
決して、相手とぶつかり遮断する、対立するではない。
そこの本質を身体で実感して行くのが稽古だ。
もちろん、実感出来るようにならなければ、実感できない。
手の平を転がす。
腕を転がす。どんどん無口になる。
何時もの事だ。
初参加の人が数人いた。
目を白黒させているだけだ。
仕方が無い。

終わってから、クリスチャン達が、ビールでも飲もう、ということで、近くのカフェで乾杯した。
色々な話が出たが、コンタクトということになった。
実は私達人間は、既に繋がっている。
コンタクトしているのだが、それを思考や自我が遮断していると話した。
月の満ち欠けが身体の及ぼす影響。
ヨーロッパの天候が、時間と共に日本に影響を及ぼす。
その天候は、我々人間の気持ちや精神に、何かしらの影響を与える。
それは、私達は生物という自然物だからであって、ビール瓶のような無機物ではない。
そこを理解して欲しい。
と難しい話だが、人というものの仕組みの本質を話した。
皆「そうか…」と考え込んでいた。
身体の細胞数や、骨格、あるいは、その他臓器、全て人類に備わっている。
ただ、「私はね」と主語が必要だと教育されているから、そこに対立が生まれ、まるでコンタクト出来ないかのような錯覚に囚われているのだ。
そういった事に気付いたのが、歴史に残る達人達であり、それを実感していくのが現代における
武道に取り組む意味であり、私のワークショップである。

 
   

人は何かに触れると無意識的に反射を起こし、バランスを崩す。
それを巧みに利用するから、指一本で人は倒れるのだ。
夜は、投げをした。
もちろん、腰で投げるのでも、腕力で投げるのでもない。
バランスを崩してしまうだけだ。
足先で相手の足に少し触れ、そのバランスの崩れを利用するだけだ。
それを発展させ、その逆を取る。
それでなければ、私の体重の二倍は有るだろうという人や、やたらと身体能力の高い人を手玉に取る事は出来ない。
そして、定番の縦系の連動。
縦系の連動で、相手に連動された動きの最終点から、相手に力を出す。
奇妙な表現になってしまうが、自分の身体に作りだした痛みや緊張感を、膝から順に伝え、最終的に指先からその痛みを伴う事で作りだされた力を相手に伝えるのだ。
定番というのは、全部難しい。

稽古を終え、常連の人達と食事にカフェへ。
ヨーロッパで武道を教えているのは皆無だという話だ。
もちろん、「武道」という日本語は輸入されているが、その実態はスポーツに変わりは無い。
だから武道は私しか教えていないという。
そう言う人達が、私のワークショップの常連なのだ。
精神の成長は、言葉としては西洋文化にもあるが、実際としては曖昧だ。
その考え方を明確に身体で表す、私のワークをその人達は欲しているのだ。
もちろん、少数かもしれないが、ここにも響き合える人達がいることを嬉しく思う。
フランス人、アメリカ人、イタリア人とベルギー人国籍は違うが、人の身体の不思議、そしてその成長をこころから望んでいるのだ。
深夜 12 時前、眠たくなったから別れた。
明日は中日

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昨日は、中日ということで最初から質問の時間にした。
「型を教えて欲しい」という質問が相次いだ。
ここは外国では触れて欲しくないところだったが仕方が無い。
というのは、型ということになると、一段と難しくなり絶望的になるからだ。
例えば、どんな動きにも共通する「足を後ろとか前に出す」がある。
この時、絶対に足を動かしてはいけない、足が動くようにしなければならない。
また、上半身が 1mm も動いてはいけない。
上半身は、膝が曲がり垂直に落ちる。
その時に股関節と膝関節が緩んでいれば、それだけで足は動く。
その動きだから、足の裏は床の上を滑って行くのだ。
また、たったこれだけのことで、相手と組んでいたら相手はこちらの体重が掛かってくるので倒れてしまう。
自分自身の身体に対する繊細さが、途方も無く無使い物にしていくのだ。
もちろん、身体に対する感受性の無い人には出来ない。
だから、その感受性を育んでいくという稽古にもなる。
クラシックバレエの先生の amy でさえ、「難しい!」を連発。
しかし、さすが上半身は様になっているのは凄い。

お昼になり、アジズさんや坂本君達と、車を飛ばし近くの海岸へ泳ぎに行った。
何と緑の海だ。横に有る湖から水が流れ出ているからだ。
わざわざこんな透明度ゼロのところで泳がなくてもええやろ。
坂本君と突っ込みを入れながら波と遊んだ。

夜は、縦系の連動や、片手持ちの体重移動の復習だ。
ここで嬉しい事が起こった。
パリの警官のクリスチャンが、相手を「感じる」を掴んだのだ。
腕を二人がかりで掴まれていても、相手を感じる事でリラックスした腕で、自分の体重を相手に伝えることが出来るのだ。
「やった!」私が喜んでいると、クリスチャンはしきりに「ありがとうございます」と言う。
「違うよ、やったのは、獲得したのはクリスチャンだろう」と。
とにかく、こんな高級な事を、日本から遠く離れたヨーロッパで出来る人が出て来るとは思わなかった。
クリスチャンは、自分の教科書を一頁手に入れたということだ。
だから、何をするにしてもそこに戻ればまず間違う事は無い。

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思い切り良くやり、大きく間違えろ、その事が正解に辿り着く近道だ。
そんな話をしてみた。
海外でも日本でも、ご多分にもれず正解を欲しがる。
しかし、正解は最初から作れない。
だから、言われた事を極端にやって、大きく間違うことだ。
そうすると、どこがどう間違っているのかが良く分かる。
ということは、正解に近道になるということだ。
しかし、大方は失敗を恐れて、中々思い切りやらない。
それも自分を窮屈にしている原因だ。間違わないように、間違わないように、とすると、どうしても身体は委縮する。
固まってしまうのだ。
もちろん、何を稽古しているのかも分からない。
何しろ、目的が「間違わない」になっており、「何をしているのか」ではないからだ。
だから、独り言をぶつぶつ言っているのと同じだ。
組んだ相手の人も同じだったら、完全に独り言を二人でやっているのだ。
完全に人生と同じなのだ。
思い切りの悪い人は、結局自分の思っていること、希望する事、夢、何も実現しない。
昨日の朝の稽古を終え、坂本君は日本へ帰った。

レオさんが扁桃炎で倒れてしまったので、通訳は急遽まず岩岡君の英語になり、そして英語から amyが訳すフランス語へ。
これが話すタイミングを狂わす。
タイミングが狂うと、何を話していたのかを忘れてしまうのがおかしい。

朝は、首を両手で持った相手に対して、肘から先の使い方で相手を倒す。
もちろん、両腕を同時に動かすのが基本だ。
その腕が難しいので、胸に腕を当てその腕を辿って倒す。

そして、膝蹴りに対して腰への突き。
そこから夜の稽古は、腕の連動での胴締め、そして手の平の連動、背骨の連動へと続けた。
最初に力技をやったので、汗でビッショリだ。
クリスチャンの泊るアパートで昼食。
私の泊まるアパートよりも、はるかに高級だ。
フランスの警官の給料は高いのかな?

夜の稽古は、腕を車輪のように使う絞めだ。
車輪のように使うのを、もう少し明確に認識できるように、手の平で顔を押し倒す。
肩を掴んで肘を動かし倒す。
稽古が終わり、タパスの店へ。
ミシュランに載っている店らしい。
店に入ると、高級感あふれる作りに、ワインがビッシリ。
お客さんもドレスアップしている人が多い。
そこにゾロゾロ。
成る程、食事は美味しかった。
日本人の口にピッタリ合う。
ソラマメ、イワシの唐揚げ、獅子唐辛子、イベリコ豚、チーズ、ポテトのチリソース添え…。
深夜 12 時解散。ファリドは、朝の飛行機でマルセイユへ帰るそうだ。
アジズと共に夏の合宿に参加も予定している。

昨日お昼で、無事バレンシアでのワークショップは終わった。
朝から復習をし、今週の稽古を確認し合った。
ワークが終わると、メモを取る人の数が増えている。
20 数年前、大阪教室に参加していた女性が「皆さん頭が良いのですね、私は頭が悪いからメモをとっておかないと忘れてしまいます」と、せっせとメモを取っていたのを思い出す。
今回のバレンシアでの特徴はそこかもしれない。
また、ビデオを撮る人の数も増えていた。
ビデオを見ても分からないが、忘れない為には最適だろう。
私自身もワークは即興的にやるので、動画を見れば何をしたのかを思い出せる。

昼から夕方まで、近くにある広い海岸で海水浴。
ここの海はかなり遠浅なので、子供達を遊ばすには絶好の海だ。
しばらく浜で amy や岩岡君とダベリ、熱くなると海で身体を冷やした。
ダンスというフォームは、フォームではなく感情そのモノの現れ、もう少しこころの深層の現れであって、フォームがダンスなのではない。
言葉と同じだ。
そんな話に華が咲いた。
疲れがどっと出て来たので、皆と別れてアパートへ帰った。

ずっと、参加してくれている人は、どんどん熱心になっていくので、こちらは一寸困惑する。
余り深入りすると、稽古を厳しくせざるを得なくなるからだ。
そうなると、きっと笑顔が消えるのではないか。
そこが心配なのだ。
ま、それは考えないように進もうとは思うが。
しかし、熱心な人達といっても独身者は殆どいない。
大方は結婚もしているし子供もいる。
そんな人達が、家族と共に、あるいは、家族をおいて 1 週間もバレンシアに来れる。
日本のどこが豊かなのか、何時もの事ながら疑問に思う。 Amy の子供はまだ 2 歳だ。
子供をアムステルダムにおいて来ている。
やはり、日本は社会のシステムそのものが歪なのだ。

帰国したら、直ぐに福岡でのワークショップだ。
「考えたらあかんで」と、そのまま言えるのでホッとする。きっとそういった事も、流れの一つをスムーズにするかしないかの要因になるのだろう。
もちろん、疲れ方にも差があるだろう。と考えると、海外では疲れの原因に気付く。
その意味で、色々と考えるのは面白い。
にも関わらず「考えたらあかんで」とは是如何に、だ。
日本に帰国し、「一丁いくか!」というノリで福岡だ。
皆の顔を見るのが楽しみだ。

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現地午前 7 時 30 分。昨日は、関空への便は飛ばないので一日オフ。
とはいっても暑くてどこへも行く気にならない。
殆どボーッとしていた。
レオさん達は別の合気道の先生とセミナーなので、終了後食事をした。
旧市街にある、現地バレンシアの若者が推薦するタパスの店へ。
味は、バレンシアで食べたタパス中一番!
というよりも、日本人好みの味付けだった。
醤油を使っていたり、盛り付けも日本の小洒落た居酒屋風だ。
おっちゃんが一人でてんてこ舞いをしていた。

11 時チェックアウトをし、タクシーで空港へ行く予定になっている。

昨日、タパスへ食事に行った時、面白い話を聞いた。
胸骨運動や縦系の連動をすると、肺に入る空気の量が良く分かる、という話だ。
実は、レオさんの奥さんは、ベルリンで活躍するフリュート奏者だ。
もちろん、だから専門的に呼吸法は習うが、それはその場では確かに良いものだと分かるが、実際には、つまり、演奏では使えないという。
それは、古今東西どこにでもある話だ。
フォーサイスカンパニーのダンサー達も、色々なワークは受けてきているが、実際には何も役に立たないと言っていた。
殆どが言葉やイメージだけで、身体に直接作用するようなものは無いと。
胸骨操作を事前にしておくと、肺に入る空気の量が分かる。
ということは、空気を出す量のコントロールが出来るということで、演奏が凄く楽になるそうだ。
例えば、オーディションで緊張しているという事も重なり、思うようにコントロールできないとなると落ちてしまう。
しかし、空気の量を実感されていれば、コントロールが出来る。
それで、オーディションに落ちていた人達が、どんどん通るようになったそうだ。
奥さんは、胸骨操作を知り、それをベルリンの仲間達や先生方に紹介したのだ。
どこでどんな効果が表れているのか分からない。
その意味で、もっともっと色々な人がワークショップに来てくれたら面白くなる。

 
武道教室   身体操作   人間関係   

●日野武道研究所サイトマップ/English

武禅一の行
・ 武禅で何をするの
・ 行会案内
・ 参加者のレポートから
・ 武禅の一日

武道塾
・ 武の存在意味
・ 武道に極意なし
・ 武道的対人論
・ 合宿レポート
・ 教室 
●海外での指導

身体塾
・ 骨格で考えよう
・ 身体を連動させる
・ 身体の法則性
・ 身体の学び方
・ 表現者へ
●海外での指導

●武道を学校に導入?
●稽古と意識
●ギエムという芸術
●文楽は武道だ
●胸骨トレーニング
●メンタルトレーニング?
●トレーニングとは?
●稽古と学ぶ
●故伊藤先生のこと
フォーサイスカンパニーでの一週間

●練習の仕方

●過去のワークショップ一覧

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