2011 7-福岡ワークショップ

7-15  福岡

今日から、いや朝から福岡でのワークショップだ。
朝一番の特急で行く。
時差ぼけで眠れないから、丁度良いかもしれない。

1 年ぶりの福岡だが、先月神戸の公演まで来てくれた人達が沢山いた。
「分からんけど凄かった」
と感想を言ってくれていた。
そう分かる必要などどこにもない。
ほんとにどこにもない。
というよりも、何を分かりたいのか、それが不思議だ。
何を分かり、何を満たすのか。舞台は「分かる」ではない。
それはどんな舞台もそうだ。
もし舞台に注釈がいるのなら、即刻舞台を降りるべきだ。
全ては見え、聞こえている、感じられるものだ。
もしも、見えないのなら、見る力を、聞こえないのなら、聞く力を、感じられないのなら、感じる力を養うだけで良い。
しかし、私もよく「何をしているのか分からない」という言葉を使う。
それは、独り善がりだから分からない、という意味だ。
こちらに向かってきてくれていないものは、分かりようがない。
そんな表現塾もある福岡のワークショップだ。

7-18

胸骨と肘、腕だけのねじれ、手の指先と足の指先を注意点にして、全身が伸びる。

正面向かい合い。
定番のメニューだ。
みんな雲をつかむみたいな、正面向かい合いでのコンタクト。

そうそう、何とマーツの友達がいた。
現在スイスで活躍しているダンサーだ。
スイスに帰ったら、マーツと練習すれば良いよ、と言っておいた。

しかし、連日の猛暑にうだる。
水分の補給を怠らないように注意しなければいけない。
今朝、瞬間湯沸かし器になった。
某ドトールコーヒーの店員。
「これとアイスコーヒー」
「セットとアイスコーヒーですね」
「違う違う、セットのホットをアイスコーヒーに変えるだけや」
「セットとアイスコーヒーですね」
「ちゃうやんけ、セットに付いている飲み物をアイスコーヒーにして、と言うてるんや」
「アイスコーヒーですね」
「何言うてんねん、飲み物をアイスコーヒーにせえ、言うてんねんやんけ」
「…」
思わず、店長呼べと言うところだった。
ここでは大阪弁は通じないのか、と聞くところだった。
朝から快調だ。

明日はワークショップ最終日だ。
やり残しはないだろうか。

7-19

ワークショップも打ち上げも無事終了。
天気にも恵まれたワークショップだった。
しかし、ワークがハードだったのか飛ばし過ぎたのか、途中 10 分の休憩でも、 1 時間の休憩でもスタジオでゴロっとしている人が沢山いた。
最後のワークと言うことで、質問も沢山あり 30 分ほど時間がずれた。
福岡や九州各地から参加していた人達が、打ち上げの席でメール交換。
何でも自主連を定期的に持とうと言うことで、皆の意見が合いその運びになったそうだ。
この自主連のリーダーは、胸骨トレ 1 日 1000 回のおっちゃんだ。
そのおっちゃんの進化ぶりに、これはいけません、と危機感を持ったダンススタジオの先生も加わり、始まる事になった。
これで自主連クラブは、東京と福岡の二つになった。
嬉しい話だ。
ワークショップに参加する人の意向もあり、来年の福岡でのワークショップスケジュールが決まってしまった。
今年と同じ 7 月 13 (金)− 16 (月)日だ。早速スケジュールに書き込む人達。
外国で活躍するダンサーも来年も夏休みで帰国するので、ということで参加を決めてくれていた。

 
 

 

2012 7/13-16 福岡ワークショップ

昨年の内に、この福岡のワークショップは決まってしまっていた。
参加者からの要望が強かったからだ。
バレンシアから 9 日に帰り、その足で大阪。
一瞬道場へ帰り、 13 日早朝福岡へ。
時差ボケと言っている余裕は無い。
留守中は、北九州方面や和歌山も豪雨の影響で、相当被害が出ていた。
新幹線は下関辺りで、雨の影響で止まってしまった。
そんなアクシデントがあったが、ワークショップには無事間に合った。
今年は博多の名物、いや日本国中から観光客が集まる「博多山笠」と、完全にバッティングしてしまった。
別段、山笠とワークショップは何の関係も無いが、福岡以外の人が泊まるホテルが確保出来ないという事態が起こっていたのだ。
その熱い博多の街に、身体に汗をかくのではなく、頭に汗をかくワークショップだ。
今回は、例年よりも初めて参加してくれた人が多かった。
看護士さんが初回からずっと参加してくれていて、そのお勤めの関係で医療関係の人が参加してくれたのだ。
また、会場近くで開業されている神経関係の先生も参加してくれていた。
こういった専門の人が参加してくれるのは嬉しい。
というのは、私の発見していっている「身体」は、専門家からみればどうなのかが、分かるからだ。
つまり、私自身を検証することが出来るということだ。
また、オランダやウイーン、スイス、ポーランド等外国で活躍するダンサー達が、夏休みを利用して参加してくれていた。
お互いが全く面識が無いので、その意味でも良かったのではないかと思う。
中学の柔道の先生もいた。
さすが柔道の先生だけあって、体格も私よりも一回りも大きいし、筋骨がしっかりしていた。
柔道での技は、結果的に腕力勝負になるから、どうも違うのではないか、という疑問があり、このワークショップに参加してくれたのだ。
自分にとって有利な勝負展開をする、ということなのだが、それは結局、相手がどう出るのかということを無視した、強引な展開にしかならない。
それをお互いがやるのだから、現在のような試合にしかならない。
自分にとって有利ということを考えずに、相手にやりやすいように、ということが、結局自分にとって有利になる、という武道の考え方を覚えて貰った。
そんなことを中学生という年代に知っておくことが、後々物事を考える上で貴重なヒントとなる。

ワークショップは、参加する人によって雰囲気が変わる。
賑やかになる時もあれば、集中度が増す場合もある。
もちろん、どうも散漫だな、という時もある。
今回は、集中度が高いワークになったようだ。
それに、全体のまとまりもすこぶる良かった。
当然、こちらとしても、ワークがやりやすいし、色々とその場で閃きがあり、新しいワークが誕生する。
表現塾は短時間だが相当密度濃く行った。
外国で活躍するダンサー達が多かったので、その人達に「表現とは」を知って欲しかったからだ。
この時ばかりは、パフォーマーと一般の人とに分かれて貰って行った。
一般の方は、笑い声が絶えなかったのだが、パフォーマーの方は完全に凍り付いていた。
きっと皆本当の意味での「表現」ということでのワークは初めてだったからだ。
「自分の思っていることと、やろうとしていること、やったこと、つまり、他人から見えている自分の姿には、埋めきれない程深い溝がある。ということを知って欲しい」

●9 月 15.16.17.18.19 日東京ワークショップ

例年通り、福岡でのワークショップが幕を開けた。
早速、終了後の食事会は、深夜 1 時過ぎまで続いた。
今回は、半数が初めての人だ。
おかげで改めて一からの説明の整理がついた。
また今回は、臨床心理士を始め、治療関係の人達が多かった。
もちろん、ここ福岡でのワークショップを初めて開催してから、ずっと参加してくれている人達もいる。
福岡のワークショップでしか会わない人同士が、懐かしさを分かち合っていた。
この姿は、何時見ても微笑ましいし、お互いの成長ぶりを称えあったり、反省したりで、ほんとに良い関係だ。
私のワークは身体のワークというものの、身体に指示を出す思考や感覚のワークだ。
だから、人は混乱する。
何しろ何時も「動いたら駄目」と言うのだから。
しかし、それもずっと参加してくれている人は理解してくれている。
今回は、珍しく質問が多かった。
身体の事に限らず、色々な質問があった。
だから、最終終了が 9 時 30 分ほどになった。
その意味では、全員リラックス出来ているということである。
明日は二日目。
また、新しい顔が増えるのだろうか。

●9 月 15.16.17.18.19 日東京ワークショップ

明日は山笠本番。
ワークショップ参加者のうち、関西方面から参加している人が全員見にいくそうだ。
「朝、どこそこで待ち合わせ」と確認しあっていた。
今日のワークは、正面向かい合いが中心になったから、当然煮詰まってくることになる。
それでも、諦めずに最後までやっていた。
これは、昨年とは大いに違うところだ。
それもあって、今日の正面向かい合いでは 3 人の女性が、見事に人と向かい合えた。
その事に気付き感動の涙々だった。
理屈や理論を越えて、その人達はほんとに人と関われたのだ。
当てモノ的正面向かい合いから、本物の向かい合いに昇華したのだ。
もちろん、そのことはその当事者しか感じることは出来ない。
その辺りに現れる差を、人はどう感じているのか。
そこの感じ方も差として現れる。
今回は、ポーランドやアムステルダム、そしてスイスで活躍するダンサーも参加してくれていた。
その内の一人が、向かい合えたのだ。
ということは、その事を舞台で展開していく日も、そう遠くないということだ。
頑張れ!!悠ちゃん!!

●9 月 15.16.17.18.19 日東京ワークショップ

残すところ明日 1 日。
今日の最後の表現塾は、全員煮詰まった。
正面向かい合いと、声を届けるだった。
もちろん、仕方が無い。
初めてやる人もいるし、常に稽古をしているのではないからだ。
そして、何よりも日頃そんなことを、感じたことも意識したこともないだろうからだ。
臨床心理の先生や、神経内科の先生も参加してくれていて、専門用語を並べるのとは違い、実際に私が手本を見せることにノックダウンされた、と言ってくれていた。
何とも謙虚な先生方だった。
むろん、最終日の明日も参加してくれる。
アムステルダムから参加してくれている健造君は、 2006 年のスパイラルホールでのワークショップに参加してくれていたという。
その時のオーディションにも落ち、「何でや」とやけ酒を飲んでいた。
そんな昔話に華が咲いた。
ポーランドから参加してくれているダンサーは、その前の 2005 年のワークショップに参加していて、やはりオーディションに落ちた。
その裏話で大笑いをした。
しかし、当時彼らは相当落ち込んだそうだ。
明日 1 日。
彼らに何かお土産を持たせて帰らせて上げたい。
次は、沖縄だ。

●9 月 15.16.17.18.19 日東京ワークショップ

朝食をとるためにエレベーターに乗った。
若いカップルも含め、小さなエレベーターは満員だった。
ある階に止まり、また一人乗ってきた。
乗ってきた男性は、そのカップルの女性の前に後ろ向きで立った。
女性は男性の背中側にいるが、1pも後ろに下がろうとしない。
後ろには 30 p程の隙間があった。
この女性は、違和感を全く感じている様子も無かった。
危機感とまでは行かなくても、普通は見ず知らずの他人に対して違和感、嫌悪感を感じる筈だ。
それとも、満員慣れをして、そういった異物に対する免疫反応が退化してしまっているのか。
そのように他人に対して反応しない、出来ない人が増えてきている。
まるで死人だ。
でも、きっとその事を言葉を用いて聞くと、的確な反論や弁解の言葉が返ってくるのだと思う。
いくら言葉では反応出来ても、肝心の身体の生理反応が退化していっているのだから、全く意味が無い。
実際には使えないのだから。

昨日のワークショップ終了間際、人の話を聞く、聞き出す、という実際を皆に見せた。
つまり、関係と言う事の実際だ。
人と人との関係が見えた時、見た人は幸せな気分になる。
それは、動物同士のじゃれあいや、親に寄り添う子供を見ているのと同じ状態になるということだ。
臨床心理の先生に、その状態のことを「響く」だと説明した。
臨床心理には、患者との面接のおり、聞く、聞きに行く、という言葉があるという。
「それではあきまえへんで、人は基から共鳴体で、意思が相手に向かい、相手がそれを完全に受け取れると「響く」という現象が起きる、それを関係と呼ぶのですよ」と。
その実際を体験した先生は、勉強を一からやり直しだと言っていた。
人と人との関係は理屈や理論では語れない。
むしろ、それらを取り払った時に、関係が見えてくるし成立するものなのだ。
今日で最後のワークショップで、そんな一端を体験してくれたら嬉しい。

●9 月 15.16.17.18.19 日東京ワークショップ

チェックアウトの時間を忘れて寝てしまった。
昨夜は午前 2 時くらいまで、皆と騒いでいたからだ。
しかし、さすがに 7 時からぶっ通しで飲むのはきつい。
スイスで踊る悠ちゃんに「酒豪伝説を見付けたら買っておいて」と事前に頼んでいた。
臨床心理の先生も神経科の先生も、質問を聞いている限りでは何かを掴んでくれたようだ。
驚いたことに、臨床心理の先生は、私と同い年で、大阪の学校も近くだったのにはお互いに驚いた。
中学の柔道の先生にも、応用のきく身体運動のポイントや柔道の考え方を伝え、生徒たちに教えて上げて欲しいと頼んだ。
今回も、福岡でのワークショップは、楽しいものになり、やってよかった。
最終日が一番参加者が多かった。
その分、初参加の人も多いということだから、進行が少し緩やかになった。
ワークショップ終了後早速、来年の日程も決定した。
ここ福岡のワークショップも、みんなの集中力がどんどん高まっているので、非常に静かで穏やかな空間に育って行っている。
それは、それぞれが何を稽古しているのかを、認識しているからだ。
「表現塾」の途中で、一般の方と、パフォーマンスをしている人達とを分け、実質的に表現者の為の表現塾をした。
少しでも、自分は観客からどう見えているのかを知ってほしかったからだ。
そして何よりも、観客として見る、という素人の視線を忘れていることを知って欲しかった。
何故なら、自分達が舞台で行うのは、素人の人を観客として行うからだ。
そこを忘れてしまったり、勘違いしているので、改めてそこを認識する為に行った。
今日は大阪、明日は熊野。土曜日には東京、そして沖縄だ。

 

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