2012ForsytheCompany
やっぱりフォーサイスカンパニーは特別だった!

吹雪の早朝ヘルシンキ空港へ。
タクシーの運ちゃんは慣れたもので、どんどんスピードを増す。
ホテルから 20 分ほどで空港に着いた。
フォーサイスカンパニーへは 2 年ぶりになる。
昨年は、カンパニーのスケジュールと私のスケジュールが、一切合わなかった為中止になっていた。
スタジオに入ると、フォーサイスやダナがスタッフと打ち合わせをやっていた。
フォーサイスがスタジオ奥にある、自分の部屋を提供してくれた。
「日野さん、ここを自由に使ってくれ」
引越し前のスタジオでも、フォーサイスは自分の部屋を提供してくれていた。
「日野さん、私の bad students をよろしく」と大笑い。

スタジオは強烈に集中された空間になった。
1 年のブランクが良かったのかもしれない。
ブランクが彼らダンサー達を飢えさせていたようだ。
新しくカンパニーに入った 3 人は、胸骨トレーニングに四苦八苦している。
でも、楽しそうにどんどん身体に集中する。
そんな姿はこのフォーサイスカンパニーでしか見ることが出来ない。
大方は、途中で投げ出してしまう。
それは、胸骨トレーニングの意味を見出せないからだ。
単に私の解説を聞いているだけで、自分のこととして捉えていないからだ。
もちろん、フォーサイスカンパニーも初めての時は、??の連続だった。
しかし、 3 日もすればその意味をそれぞれが見出し、大事なトレーニングだと気付いた。
だから「やらされているワーク」ではなく、自分が取り組んでいるワークになった。
途端に集中された空間に変化する。
とんでもなく美しい空間になったことも何度無くあった。
そんな時「こんな舞台をやりたいね」と、ベテランのダンサー達は口々に言い合っていた。
今回は、徹底的に正面向かい合いからコンタクトをやろうと思っていた。
その事で、無機質な振り付けを有機的なものになるからだ。
「今まで人の顔を見ていたけど、こんなにクリアに見えたのは初めてだ。どうも今まで死んでいたような気がする。それでは人生がもったいないと思った」
と新しく入ったラウリーが、帰りのトラムの中でポツリと一言。
それは、カンパニーで初めてのワークをした時、当時 24 歳のマーツは
「生まれて初めて自分で確かだと感じられるものを発見した」
と言い、
「生まれて初めて人と向き合えた」
と他のダンサー達は涙し抱き合っていた。
私はそんな感性が普通だと思っていた。
しかし、他のカンパニーや学校、そして日本でワークを重ねる内に、彼らの感性は全く別物だと認識せざるを得なくなった。
そんなコメントというか、感覚を言葉として聞いたことなど皆無だからだ。
一体何が違うのだろうか?

正面向かい合いから、その変形をすることで感覚をより鋭敏なものにしていく。
身体とイメージを繋げることで、これも空間が締まっていく。
ファブリズが
「これは完璧な振り付けだね。僕はこれをモチーフに次の作品を考えるよ」
と嬉しそうにスタジオを飛び跳ねていた。
難しければ難しいほど彼らは熱くなる。
徹底的に食いついてくる。
そこが私にとっては魅力だ。
だから、毎日があっという間に終わってしまう。
島地君も今回は成長した。
同じ日本人だから、より素晴らしいダンサーになって欲しいと思う。
だから、毎回突っ込む。
しかし、今まではどうもピンとこなかったようだ。
今回は違った。
もしかしたら結婚したからかな、と安藤さんと笑いあった。
安藤さんと島地君そしてラウリーという新らしく入ったダンサーが、秋には京都芸術センターで公演をする。
その話でも深く盛り上がった。

何れにしても、私はフォーサイスカンパニーと関わり、ダンサーという彼らの身体の繊細さに触れ、武道を考え直した。
そして、彼らもダンサーという身体を見つめなおした。
相互に利益のある関係にどんどん育っている。
シリルやファブリズが
「日野はあちこちでワークをしているが、フォーサイスカンパニーでのワークはどんな感じだ?」
と聞く。
「まるで家に帰ったような、本当に気持ちが落ち着くし、新しいアイディアがいくらでも湧いてくる。他のワークショップとは良い意味で全く違うよ」
と言うと、嬉しそうにハグを返してくる。
「次は何時だ?」

4 月 2 日

降雪の為にヘルシンキで飛行機の中に缶詰状態になった。
朝 5 時 30 分に起きたので、睡魔が襲う。
で、とにかく寝た。
目が覚めても飛行機は動いてはいない。
そんな事を3度くらい繰り返した時、やっと飛行機は出発した。
約1時間30分遅れだ。

フランクフルトの街は良く知っている。
タクシーを拾って、そのままホテルに直行。
荷物を整理し、フランクフルト中央駅へ。
トラムのチケットを1週間分購入。
その足でフォーサイスカンパニーのスタジオへ急いだ。
街は緑が溢れ、サクラの花も咲き誇っている。
ヘルシンキの真冬からいきなり春だ。
トラムに乗り見覚えのある駅で降りる。
確かカンパニーのスタジオはこちらだった。
良い天気だから、誰かは外に出ているだろう。
そんな情景を描きながら歩く。
まず、アンデルとティルマン。
えっティルマン?
「どうして、スエーデンのクルベルバレエだろう?」
ティルマンは笑っているだけだ。
次にアマンシオ、エマちゃん、シリル、そしてヨネ、アムステルダムからはエイミー親子。
次から次に見知った顔が出て来る。
そしてファブリズにヤニス。
「一寸待て、二人は desingel でワークショップだろう」
「キャンセルしてきた」
「ええ〜いいのか?」
「ワオー!!!」
という感じだ。
スタジオに入るとフォーサイスがいた。
フォーサイスとは入れ違いばかりで、3年ぶりくらいになる。
お互いに健康を喜んだ。
ダナもいた。
新しいダンサーも3人程いた。
安藤さんが
「ハイ、先生に自己紹介しましょうね!」
と笑いが溢れる。
とにかくワークが楽しい。
どんな疲れもすっ飛んでしまう!!
やっぱり、やっぱり取り組み方が違う。
全員が子供に戻ったように弾けていた。
胸骨操作からその一点を意識を使って動かす。
全員目が点。
しかし、それが見えるのだから凄い。
新しいダンサー達に
「俺に胸を触ってみろ」
と手を触れさせる。
先ほどの目が点から、口がパックリ状態になる。
先輩のダンサー達はそれを見てニッコリ。
「どうだ、日野は凄いだろう」
とニッコリ。
やっぱりフォーサイスカンパニーのダンサーは最高だ。
この感受性、直球のリアクション。
安藤さんがメールで、
「カンパニー全員が日野先生を待っています」
とあったのはその通りだった。
こんな気持ちの良い仲間はいない。
皆がアドバイスの仕合をし、少しでも気付く事を自分のことのように喜ぶ。
そこが一番嬉しい。
国籍も違えば、年齢も経歴も違う。
そんな人達が一つになってしまう。
今回のワークで改めて気付いたことは、言うまでも無く彼らは特別だという事だ。

ワークを終えると、安藤さんがコロッケを作ったからと家に誘ってくれた。
ヘルシンキでも相当軽いものばかり食べていたが、やっぱり手作りのものは身体に溶ける。
生きた心地が戻る。
島地君も合流し、ひとしきり表現論に花が咲いた。
夜11時も過ぎ、メトロに乗ってホテルに帰った。
明日もリハーサルがあるので午後2時からだ。
少しゆっくり出来る。

4 月 3 日

今日は皆と顔を合わせた途端、筋肉痛で身体中が痛いと訴えていた。
しかし、今日のストレッチの方がもっときつい。
それは皆は本当のストレッチを知らないので、そこを厳密に指導しようと思っている。
だから明日はもっと身体が動かないだろうと思う。
改めて言うまでも無いが、私のワークはどこへいっても同じ事をしている。
違うのは、取り組んでいる人達だけだ。
だから、取り組む人の違いがとてもよく見えて面白い。
手首を掴んで腕を引く、という基本になる稽古も、フォーサイスカンパニーでは、誰も楽しそうにはしていない。
感覚が繊細な分だけ、自分のミスも相手のミスも発見しやすいからだ。
徹底的に集中する。
また、何を稽古しているかを認識しているからだ。
他のカンパニーやワークでは、殆どの人は楽しそうにダンスもどきを始める。
バカか。
何時も思う。
手首を握って引っ張る。
こんな単純なことをワークとしてやるということは、どれほど深い意味があるのか、あるいは、何を目的としているのか。
そんなことを考える感性が全く無いということだ。

今日は集中的に、触れている部分から相手を「聞く」をやった。
だから、この手首を引くも皆は恐ろしく慎重なのだ。
しかし、それだけ集中するから、スタジオはかなり濃い密度の空間になる。
初めて取り組んでいるダンサー達は
「頭がこんなに静かになったのは初めてだ」
と驚きの声を上げている。
集中とはそういうことだ。
だから、大方の人は集中しているといっても、余り集中出来ていないということになる。
最初はリーダーが一人だが、次にリーダーを二人にした。
途端にそれぞれのダンスになってしまう。
その辺りは質はともかく、全世界共通なのだろう。
「ちゃうで、ちゃうで!それっておかしいやんけ。自分勝手に動いてしまっているんやから意味無いで」
「そうか、じゃ日野見本を見せて」
「ええよ」
この日本語で通じてしまうから面白い。
私がヨネとアマンシオをリーダーにして動くと、全員がフリーズ、そして沈黙。
しばらくの時間を置き、皆が目を合わせ溜息。
私が見本を見せると全部このパターンになる。
「そうやろ、右手と左手のリーダーが違うやから当然自分の身体を独立して感じなかったらあかんやろ」

明日はリハーサルを見て欲しいとのことなので、お昼にはスタジオに行く。
夜は、また安藤さんのお世話になった。
アマンシオも合流した。
色々な話で盛り上がった。
何でもイースターの時に、パーティを開いてくれることになった。
黒人のジョシアが幹事だそうだ。

4 月 4 日

リハーサルは次のイタリア公演の為のものだった。
そこを狙ってイタリア語がデェイビットとロベルタの二人で入る。
新しく入った若者がとにかくよく動く。
黒人で身長 195 pのジョシアは、自分の手足の長さを活かした動きに終始する。
パーツのリハなので全体は分からないが、フォーサイスも終始にこやかな笑みを浮かべて演出していた。
リハ終了後フォーサイスと談笑。
昨年は私がカンパニーに来れなかったことが、フォーサイスにとってもダンサー達にとっても、非常に残念だったようだ。
何しろ、カンパニーのコンセンサスは、私の提示したコネクトなのだから。
改めて、私の提示するコネクトは、英語で言うとどうなるのか、という話になった。
「一緒に」では違うような気がすると安藤さんがフォーサイスにふる。
そして、一度日野を触ってみてとうながし、フォーサイスに私の手を取らせた。
「う〜ん」と唸りながら辞書を取り出し言葉を探しだした。
結果やたらと難しい言葉になる。
その辺りがフォーサイスの個性だ。
ワークは指の動き、肘の動き、イメージの使い方と進み、最後は刀でのコネクトだ。
そうすると、シリルやアンデルなど、 7 年前から練習を繰り返している連中が、新人に対して的確なアドバイスを提供していく。
だから非常にスムーズなワークになる。
しかし、時間としては 7 年間経っているので、ダンサー達の間で自ずと差が生まれている。
最初にトンチンカンな解釈をした人は、獲得のしようがないのでそのままだが、自分で答えを作らなかった者は、遥かによくなっている。
何れにしても、ダンサー達は真剣向かい合いに狂喜乱舞していた。
島地君も相当良くなって来た。
微妙な空気を感じられる。
後はそれをどう気配の無い動きに結び付ける事が出来るかだ。
日本人以外のダンサーは、全員予備動作があり動きが始まる。
だから、いくら動きが早くても早くは見えない。
ここの技術は日本人の方が優れているから、島地君や安藤さんに絶対に身に付けて欲しいところなのだ。
ダンスとしての速さ、舞台での速さと、スポーツの速さは全く違う。
それは時計を基準に考えるのか、人との相対的な関係で考えるのかの違いだ。
ダンスや全ての舞台での速さは、「速く見える」というところがポイントだ。
したがって、運動的速さではなく、見る人の意識に働きかけるものでなくてはならない。
となると、やる側の身体の動きもあるが、意識をどれだけ速く変化させられるかがポイントになるのだ。

4 月 5 日

胸骨操作で全身を目覚めさせ、その後「センター」という呼び名が定着した正面向かい合いだ。
とにかく徹底的に向かい合う。
外国の人達は、一件得意そうだが、実は芯に弱い部分があるから苦手なのだ。
だから、防御の言葉がたくみだ。
それを否応なく取り払う。
正面向かい合えた時の静けさ、美しさを体感してしまえば、防御のクセを無くしたくなるのだ。
2 時間も続ければ、全員ダウン。
疲労困憊というところだ。
それでも、若手は食いついて来るから面白い。
しかし、この正面向かい合いは、センターという技術だと捉えているが技術では無い。
技術だとしても精神と同調した技術だ。
だから、自分の芯に触れていかなければ、クリアなセンターにはならない。
自分の芯に触れていく、ということは精神が開かれていくということだ。
だから、好き嫌いを超えて多くの人と関われるようになるのだ。
カンパニーではシリルが、多分一番芯に触れている。
だから目付きが他のダンサーとは全く違う。
深く鋭い。その目付きが舞台に立つと、身体が際立って見えるのだ。
つまり、意識が運動をしていない、雑念が身体を支配していないので、その分身体が際立つのだ。

フォーサイスはカンパニー存続の為に、毎日政府と交渉しているそうだ。
「私は負けない」と闘志を見せて大笑い。
ディナも元気にリハに参加している。
「日野が初めてカンパニーに来てから 7 年だね」
とカンパニーのスタッフも感慨深げに話しかけてくれる。
マネージャーは「日野が来たらビリー(フォーサイスの通称)も元気になるから嬉しいよ」と。

今日は、安藤さん島地君とお寿司を食べに行った。
外国の日本食は相当程度が悪いが、ここは日本の方の店なので、リーズナブルでリアル日本だ。
「寿司ボーイ」だったかな。
フランクフルトの中心部だ。
本店が私の泊るホテルの地下にある「いろは」で、ここは高級日本食だ。
もちろん高い。

今日は、正面向かい合いのバリエーションをやってみる。
それが出来なければ舞台で使う事が出来ないからだ。
今これを打っているのは、ホテルの喫煙ルームだ。
豪華な応接室といった方が適切だろう。
ボーイさんが入って来て、「何かお飲みになりますか」と聞かれた。
「珈琲」を注文すると、プチケーキと共に珈琲を持ってきてくれた。
きっと部屋番号を聞かれると思ったのだがそれもない。
サービスなのだ。
フォーサイスが何時も用意してくれるホテルはそんなレベルだ。
どれだけドイツ政府から信頼されているのかが良く分かる。
その意味でも世界最高のカンパニーなのだ。

4 月 6 日

イースターはさすがに街はガランとしている。
肉も駄目、音も駄目だ。
スタジオでエイミーが
「日本では祝日があるのか」と聞くので
「もちろん、でもドイツや外国のように、店が休みではないよ。逆に店が増えるくらいだ」と答えた。
外国人には奇妙に見えるらしい。
残すところ今日を入れて 2 日なので、ワークはどんどん難しくして行く。
それに連れて集中力が高まる。
息も出来ない程の空間の密度になる。
新人たちは
「こんなに集中したのは生まれて初めてだ」
とグッタリ。
正面向かい合いのバリエーションをやった。
正面ではない位置での正面。
横に並んでの正面。
前後の正面。
「思い込んだらあかんで。あくまでも感覚やで、でないと身体が見えなくなるよ」
全員強烈な集中力を発揮してくる。
「今、ここで展開しているワークは、世界の誰も出来ない事をやっているのだから、安心して間違えろ」
というと、全員
「そうなのか」という安堵の表情に変わった。
あっという間に夕方 6 時。
8 時からパーティだ。
以前いったポルトガル料理の店だ。
8 時過ぎにゾロゾロと全員集合。
フォーサイスもディナも来てくれていた。
今回の話題は、 2005 年に私が初めてカンパニーに来た時のことで盛り上がった。
ディナが
「日野と誰だったか向かい合い、日野が意識を動かしたら相手が傾いた。それを見ていて、フェイクだと思い、日野に向かい合っている人の後ろに立ったら、動かされてしまい驚いた」
と大笑い。
そんな話を新人たちは、目を輝かせて聞いている。
その好奇心の旺盛さに驚かされると同時に、私まで嬉しくなった。
少なくとも、彼らの身体の片隅に、私との記憶が残って行くのだから。
しかし、折角食事をしに来たのに、食事が出て来たのは 3 時間後の 11 時だ。
フォーサイス達は、余りの空腹に食事もとらずに帰宅してしまった。
その後は今回のワークショップの印象や、ファブリズ自身がどう成長したかなど、結構シビアに盛り上がった。

今日はフォーサイスが友人を連れてワークをのぞきに来たらしい。
その時フォーサイスの友人は、ダンサー達はこんなに集中できるのかと驚き、自分もその集中に巻き込まれて、意識が静かになったのを驚嘆していたそうだ。
その後は抱腹絶倒、ものまね大会となった。
それぞれがワークを受けている時の表情を皆が真似をするのだ。
それが見事に的を捉えているので、大笑いの連続だった。
ロシア人のカティアも真似をするのがうまい。
安藤さんの真似からヨネの真似。
とにかく大笑いだ。
黒人のジョシアは、若くシャイなので笑っているだけ。
彼はまだ若いがアルビン・エイリーバレエ団からカンパニーに来たそうだ。
リハで見せる驚異的なジャンプ力には唖然としたものだ。
そのジョシアもカティアも来年日本で日野のワークをもっと受けたいと、具体的に航空チケットを探し始めている。
「本当に来るのなら、特別なワークショップをするよ」
横で聞いていた島地君も「じゃ、僕も」安藤さんも来たいと言う。
2005 年に初めてカンパニーの若手が日本に来た時の再現になりそうだ。
深夜 2 時、酔いも回りお開きとなった。
今日で最後だから、もっとスペシャルな身体を見せてやろうと思っている。

4 月 7 日

「今まで人の顔を見ていたけど、こんなにクリアに見えたのは初めてだ。どうも今まで死んでいたような気がする。それでは人生がもったいないと思った」
カンパニーの新しい若いダンサーが言った。
確か 24 歳くらいだろう。
大ベテランのヨネは
「コネクトした時、苦手だった人、感情的になってしまう人が消えて、ピュアなその人が見える。だから感動する。日野のワークは最高だ」
こんな感性を持つダンサーが集まっているのだから、素晴らしいカンパニーの筈だ。
昨日フォーサイスが
「日野さん、私の最悪な生徒達は成長していますか」と大笑いしながら聞いてきた。
「もちろん、新しいワークでも何も言わなくても取り組めるし、ややこしい説明を必要としないから、成長している証拠ですよ」
というと、嬉しそうに顔をほころばせていた。

2005 年初めてカンパニーに行った時、三島由紀夫の作品を題材にした作品「失われた…」のリハで、コップ一杯に入った水を椅子に乗せ、一滴もこぼさずに運ぶという稽古を思い出し、「日野さんは何の問題も無く、それをやったから私達が何か間違っていると気付いた」等々。
今日で今年のカンパニーのワークは終わりだ。
皆は昨日遅かったので疲れているにも関わらず、最後の力を振り絞ってワークに挑戦した。
身体という概念が間違っていた、と新人のダンサー達が、私の動きを見る度に茫然とする。
最後は、例年通り全員が全員に
「ありがとうございました」を言い合う。
その表情はほんとに嬉しそうだ。
そして確実に繋がっているのを感じ取っている。
「また直ぐに会えるよね」と皆言ってくれる。
「それはビリーさん次第だ、だから皆でプッシュしろ」

夜 8 時からヨネの家で持ちよりパーティだ。
元フランクフルトバレエのダンサーや、アマンシオの彼、 10 人ほど集まった。
ワイワイがガヤガヤと連日の深夜 2 時だ。
ヨネがイタリア公演でする「 NNNN 」のリハを見て、美し過ぎて息が出来なかったという。
フォーサイスもジッと見入ってしまって声が出なかったそうだ。
それは、正面向かい合いと身体を感じるだけを、徹底的に練習したからだとヨネ。
今までの作品とはまるで違う作品のような仕上がりになり、作品が成長したとアマンシオ。
ワークがリハーサルと同時進行で行われているから、身体に染込んでいるレベルが良く分かるのだ。
フォーサイスが
「日野さん、夏に東京へ行くからまた会おう」と言っていた。
色々な意味でカンパニーは存続の危機に立っている。
フォーサイスが一人でそれに立ち向かっている。
そう言えば、ワークショップを行ったスタジオと同じスペースのスタジオをもう一つ持っていた筈だが、それはもう無い。
明日は帰国の途に就く。
そしてこの熱病状態のまま京都のワークショップに突入する。

4 月 8 日

今朝 8 時 40 分頃関空に到着、無事帰国した。
ヘルシンキからの飛行は、驚くほど空席が目立ち殆どゴロ寝状態だった。
ルフトハンザや全日空といった、メジャーの航空会社は、イースター週ということで、相当高値だとルフトハンザの人が言っていた。
フランクフルト最後の夜は、安藤さんの部屋で島地君と 3 人で過ごす予定だったが、アマンシオやイマちゃんも合流。
またしても打ち上げで大騒ぎになった。
複数でのコンタクトの稽古のやり方を、安藤さんと島地君に伝えて帰ろうと思ったが、二人の客があったのでさわりだけに終わった。
話題はコロコロ変わったが、子供達に指導する時にはどうすれば良いか、が大きなテーマになった。
私は出来る限り未来が開けるような身体作りという意味で、指導するのが良いと思っている。
つまり、将来バレエをしようがサッカーをしようが、対応出来る身体の核を擦り込んでしまうという指導だ。
私自身子供達に指導しないのは、その辺りの具体的カリキュラムが、未だ見えないからだ。
深夜 12 時過ぎおひらきになり、アマンシオもイマちゃんも、島地君もチャリンコを飛ばして帰宅した。
私はタクシーでホテルに帰ってパッキングをした。

帰国早々に大阪教室がある。
でも今日は身体塾なので、肘の続きをやった。
どのパーツにしても同じだが、やりだすといくらでも注意点が繊細になり、果てしなく難しくなる。
それは繊細になる分、精密になるから仕方が無いことだ。
だから永久機関のように、完成が見えて来ないのだ。
フォーサイスカンパニーのシリルは、
「ヨガを始め色々なワークがあるが、俺はやらない。それは身体が精神や気持ちとバラバラになるからだ。その点、日野の武道のワークは、何時も精神も感情など内面と一緒にだから、気持ちが良い」という。
そんなところまで考えが及ぶということが、彼らの素晴らしさを物語っている。

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