2011神戸ワークショップ

毎年年の初めのワークショップは岡山からなのだが、今年は 2 月 26.27 日に延期されたので、神戸が最初のワークショップになった。
今回のワークショップは、前半と後半に分かれていて、前半は一般の人も参加可能の身体塾と武道塾。
後半は、表現者の為に、まる一日「表現塾」だ。
表現塾だけのワークは、初めての試みだ。
何時もは消化不良で終わってしまう為、今回は試験的に丸一日「表現塾」だけでやってみることにした。
「何を」「誰に」という、極々基本的なことをやった。
しかし、どんな場合でも、この基本が抜け落ちている。
つまり、そういった事は、暗黙の内に成立していると「思い込んで」いるだけだということを、白日の下にさらけ出す、ということが目的だ。
言葉を誰かに話せば、表現できている、あるいは、台詞を喋れば、ダンスをすれば、ということは、お互いの保険の元にあるだけで、その保険を取れば、そこには何も無いということを、表現者は知らなければならないのだ。
関係性が何も無い。だから、関係性を築く訓練が必要だということだ。

■2011/02/05 ( 土 )  神戸のワークショップ

今日からダンスボックスでのワークショップだ。
その為に前日乗り込みをした。
大谷君と一杯飲みながら、将来の展望を話し合った。
お互いに役目の違いを知っている、というところが嬉しい。
私のやれること、大谷君がやれること。
その全く違う事が、この先の時間できちんとリンクし、実を結べば面白い事になる。
個人がやれる事には限りがある。
だからこそ、個人でやれることを研ぎ澄ましていかなければならない。
でないと、お互いにリンクなど出来る筈もない。
足を引っ張るだけになるからだ。
大きくは、仲間ということだ。
仲間とは、お互いに助け合えるだけの、能力や力を持っている人の集まりだ。
何も出来ない人間が沢山集まっても何も出来ない。
「烏合の衆」と言う。

■2011/02/06 ( 日 )  神戸ワークショップ初日

ワークショップ初日。  
一般の部だから、色々な人が参加してくれた。   福岡からも愛知からも。  
明日は、もっと増えるそうだ。  
「身体塾」では、身体の微妙な無意識的反応を繰り返し行った。  
声をかけたり、歩いたり。  
最後の「武道塾」が終わった時、一人の若者が、涙目で  
「自分は何時も、相手と関係なしに声を出していたのに気付いた。本当に情けない。ありがとうございました」  
と挨拶してくれた。  
嬉しい挨拶だった。  
若い素直な感性を持った人に響いたのは、こちらとしても嬉しい限りだ。
私と年齢の近い人も多数いた。  
その、おっちゃん達が頑張っていたのが良かった。 ダンサーや役者など、結構感性の良さそうな人達がいる中、一番出来ていたのが、おっちゃん達だったセクションもあったからだ。  
若い人たちは、テレや色々な自分の枠が邪魔をしているので出来ない。  
おっちゃん達は、その辺りを突き抜けているので、結構何でもうまくやっていた。  
この辺りのことを、ほんと何とかならないのかと思う。
人前で照れるというのは、高校生までは許せることだが、成人してからそれでは話にならない。
幾つまで自分の殻に閉じこもっていたいのかと思う。
日本人はシャイだから、というのは嘘で、単に幼稚なだけだ。
それを容認する社会も幼稚だから仕方が無い。
自力で気付くしかない、厳しい日本なのだ。  
「武道塾」が終わった後、突然照明が消えた。   「何でやねん」と思っていたら、私の誕生日を祝う仕掛けだった。  
ケーキにローソクが灯り入場。  
「ありがとう!皆さん。明日はお礼の意味を込めてきついよ ! 」

■2011/02/07 ( 月 )  一般の部終了

きつい稽古は終了。
明日からは、 11 日のショーケースを目指しての、クリエーションとリハーサルに入る。
もちろん、本日までの 2 日間よりもきつい。
今日は、東京から 2 人ついた。
明後日は役者も加わる。
私の考える「反応」がテーマの舞台は、本当に出来るのだろうか。
今日は、ワークショップ終了後、その話で盛り下がった。
「とにかく明日や」
今日のワークショップには、車椅子のご夫婦が参加していた。
ついでに試してやろうと、車椅子での護身術をやってみた。少々苦戦していたが、最後まで「楽しい」と、喜んでくれた。

新鮮な果物の中に、一個腐ったものが入っていると、全部腐る。
とはよくいったものだ。
しかし、最近の果物は、そんな伝染はしないようだ。
それは、誰もが「私」の殻に閉じこもっているので、良くも悪くも影響しあわ無いからだ。
その意味では助かった。
しかし、そこには何ら関係性など無い。
そこを追及するワークショップなのに、それこそ意味が無い。
沢山の人がいる場。
いくら沢山の人がいても、一人の訳の分からない人がいると、その場は崩れる。
場にそぐわない自分、ということが自覚できない。これほど不幸なことは無い。
基本的には、人は人の役に立つ為だけにあるのだが、それが出来ないのは人ではない。
明日からそれでは、どうしようもない。
参加メンバーが半分変わるので、それに期待したい。

■2011/02/08 ( 火 )  表現

今日から丸一日「表現塾」だ。
観客側の人達からは、前で見せる人に「一人でやっているだけ」の連発だ。
初めての人には、相当きついものになっただろう。何かを見せている、と思っていたことが、何も見えない一人でやっているだけ、と言われ続けるのだから。
何かを見せている、というのは、観る側からそれが観えていなければならない。
しかし、文字通り、何をしているのか分からない、ということが見えているだけなのだ。
また「反応」これが曲者だ。
反応「しなければならない」と思ってしまったら、それは最早、反応というものではない。
つまり、頭が介在してしまったら、それは意図的な事になってしまう、ということだ。
東京組みの小口さんと、京都組みのエリコさんのデュオは、反応で出来上がっていた。
後は、「観せる」だ。

相当きついワークショップにも関わらず、 30 名強の受講者がいた。
明日からは、完全なクリエーションになる。
こちらが予定しているショーケースに、該当者がいるのかいないのか。
そこが問題だ。
しかし、表現塾の初日に、私と平岡さんとで、展開した無言芝居。
それをショーケースではやりたいと宣言している。いるのかな?

■2011/02/09 ( 水 )  ハプニングもあり

「あなたとは合わないから、あなたとやりたくない」ワークショップ中あった出来事だ。
別段、その発言そのものは悪くないし、間違っていない。
ただ、人と組んで稽古をするという場にはそぐわない。
だから、帰るしかない。
その原因は、言った人と組んでいたダンサーが、かなり沢山のアドバイスをしたからだ。
「あなたとは合わないから、あなたとやりたくない」と言った人は、自分は何か出来ると思い込んでいる人だったから、つまり、全く客観的視点を持っていない人で、しかも防御本能が未成熟なままなのだ。
だから、きっと否定されたことがないのだ。
あるいは、否定されても、うまく自分で逃げ道を作って隠れてしまっていたのだ。
もちろん、それでも別にかまわない。
誰の人生でもなく、その人の人生だからだ。
ただ問題なのは、その人は、当節流行りのカウンセラーであり、癒し系サロンの先生でもある。
そして、何と参加者の一人の整体師の生徒だったのだ。
だから、それはおかしいやろ!なのだ。
どうして、そんな人が人を癒したり、人の話を聞けるというのだ。
そういったハプニングも起こりつつ、丸々一日表現塾も明日で終わりだ。
ショーケースのキャスティングが決まらないまま、明日に突入。
照明さんが夕方には来る。
動きと言葉。
これが噛み合わなければ、ショーケースにならない。
何とかせえよ。

■2011/02/10 ( 木 )  ショーケースに向けて

ワークショップ終了。
同時にリハーサル。
今日は、平岡さんが来れなかったので、代役をやった。
結局流れの中で、平岡さんと私のデュエットをやることになった。
それは、ワークショップに参加している人達への、メッセージでもある。
舞台で魅せるとはこういうことだ。
そして、たったこれだけの動きで見せることが出来るのだ。
というメッセージだ。
それらは、理屈を千程並べるより、実際の舞台で見せるに越したことは無い。
明日は仕込みとリハーサルだ。
照明の人、音響の人、舞台監督。
入り乱れてのミーティングは面白い。
全員が好きな事を言い合う。
そこからしか面白いものは生まれない。
しかし、ここも翌々考えてみれば、きちんと仕事の出来る人の集まりだから面白いのであって、仕事の出来ない人間がいくら言い合っても、何一つ実現しないし創造的ではない。
明日一日のリハーサルで、どれほど面白いものが出来上がるのか。
作り手としても面白い。

■2011/02/11 ( 金 )  本番!

今日は本番。
東京からの出演者も、京都の出演者も、昨年の公演以来成長している。
やはり、ワークショップに初めて来た人には、ハードルが高すぎた。
「やらされている」ようにしか見えない。
それは、もちろん全員そうだが、そこをどれだけクリアしていくか、一生の問題だ。
平岡さんと私との掛け合いを冒頭のシーンでする。そこは完全な即興だ。
ゲネでは、お互いに牽制球を出し合い、様子を伺った感じだ。
今日の本番は 2 回公演だから、 1 回目と 2 回目は違うことになるだろうと思う。
この二人のやり取りは、私自身が演者だからどう見えているのかは分からない。
しかし、平岡さんとのやりとりから、漂う空気が感じられる。
音楽を観客をどれだけ裏切るか、あるいは、並ぶか。
いずれにしても、午後 2 時開演、午後 5 時開演だ。
出演者は、開演ギリギリまで、ロビーで客と談笑させようと思っている。
楽屋に籠っていても仕方が無い。
ギリギリで楽屋に籠って良いものが出来るなら、それで良いが深刻になるのが落ちだからだ。
つまり、自己満足の世界にドップリ入り、観客には何も伝わらないようになる。

■2011/02/12 ( 土 )  ショーケース終了!

2-11 ダンスボックスでのショーケースが終わった。  
5 月公演の前哨戦だ。  
私と平岡さんのコンタクトインプロは、想像以上に上手くいった。  
終演後大谷さんが、「吉祥寺でも、これをやるべきだ」と嬉しいリクエストをしてきた。  
おっさん二人のコンタクトインプロだが、お客さんからも「おしゃれ」という感想が沢山あった。  
小難しい理屈だらけのコンテンポラリーダンスの世界を、壊すことに手ごたえを感じた。  
理屈無く楽しくなければ、何をやっても意味が無い。  
打ち上げは朝 5 時まで。  
舞台の話で盛り上がった。  
しかし、その輪に入らない人もいる。  
どうして?   舞台が終わったら終わりなのか。  
であれば、何を積み重ねることが出来るのか。   大谷さんが、舞台の総括からこれからの色々な話を、皆にしてくれた。  
そんな時でも、仲の良い友と大笑いをしていた出演者がいた。  
笑い声が聞こえたので「何を考えているんや!今は何の時間や!」と怒鳴った。  
場を知らない。  
場を認識できない。  
それこそ、空気を読めない。  
自分は何ものか分かっていない。  
どうして、皆で舞台を作れるのか。  
有り得ない。  
東京組みは、始発の電車で帰っていった。

http://www.youtube.com/watch?v=1_LiDZC3RP8
5月6月公演は、このシーンから始まります。

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