2010ForsytheCompany&Paris WS

6 年目になる ForsytheCompany での WS 。
今回は、パリのワークショップの日程と重なり、直前まで日程調整が難航した。
予定では私のワークショップの日程は押さえられていたのだが、土壇場で公演が入りそのリハーサルの時間を取らなければならなかったからだ。
カンパニーの新しいスタジオは、中央駅からトラムで 10 分ほど行ったところにあった。
1 月に来日公演をしていたファブリズが「恐ろしく広くて快適だ」と言っていた通り、体育館か、と思わすほど広い。
天井も高く皆伸び伸びとリハーサルが出来る。
その隣には、それよりも広いスペースがあり、フラットな舞台と客席の工事中だった。
何ともほんとに贅沢な空間だ。
今回のワークは、コネクト(コンタクト)の実際をもっと徹底してみようと思っていた。
もちろん、今までもそのことに主眼を置いたワークを重ねて来ているのだが、春に行ったリアルコンタクトの要素を試してみたかったこともあるからだ。
もちろん、彼らにリアルコンタクトの内容を説明すると、きっと直ぐにカッコを付けてやってしまえるだろう。
しかし、本当にコネクトが出来るのか、と言えば、それはノーだ。
だから、どの辺りまで本当に近づくのかを見たかったのだ。
結果は、やはり「難しいもの」だったということになる。
これは武道の稽古を何十年費やしても出来るか出来ないか、というものだから、いくら世界のトップダンサー達といえども手が出ないのだ。
実際には、私とはコネクト出来動けたとしても、ダンサー同士ということになると、もはや振り付けに成り下がる。
相手の意識の変化を気付けても、意識の変化を作り出すとなると、やはり至難の業なのだ。何とか安藤さんや島地君だけには、その欠片でも獲得して欲しいと思っていたので、かなりの時間を割いて体験してもらった。
カンパニーには大学を卒業したロシア人ダンサーがいた。
彼女とイスラエルから来ていたマイちゃんが、変化に気付くという感受性に関してはかなり良い感性を開いていった。
ダンサーの中ではシリルとティルマン、アマンシオが極度の集中度を発揮し、完全に見分けられるようになっていた。
全く、違う話になるが、日本から来ていたプリマドンナの酒井はなさん。
彼女はカンパニーのダンサー達と混じっていると、美しさが際立っていた。
「凛」と言う言葉が本当に良く似合っていた。
安藤さんが「やはり、キリッとした日本人は美しいですね」と、外国の人達との違いに喜んでいた。
また、感受性に関しても、抜群の能力を発揮していた。スポーツをする為の筋肉とダンスをする筋肉は根本的に違うから、トレーニング方法を間違わないように、と何度も何度も釘を刺した。
ここを明確にしておかないと、デリケートな表現が出来る身体は作れないのだ。
コンテンポラリーダンスが体操にしか見えなかったり、正体不明のものにしか見えないのは、トレーニングも間違っているからだ。

パリは今回たった 2 日間の WS となってしまった。パリに到着したのは、午後 11 時過ぎ。
レオさんがプラットホームで待っていてくれた。
「寒い」フランクフルトはすっかり春だったのに、パリではまだ春前という感じだった。
ジャンパーとユニクロのヒートテックを着込んでいって正解だった。
少しお腹が減っていたので、サンドイッチを食べホテルへ。
朝 9 時 10 分レオさんがホテルまで迎えに来てくれた。
WS 会場は以前も使ったことのある、その昔空手の世界チャンピオンだった人がオーナーの道場だ。
1 階には、トレーニングマシンが並べられ、「やっぱり」という感じだ。
会場受付に着くと、マーツの顔があった。
再会を喜び合った。
道場に顔を出すと、何時もの顔顔顔が「ボンジュール」と投げかけてくる。
正座し「宜しくお願いします」と挨拶。
受講者の半数は新しい顔のようだ。
一から説明するのが面倒なので、正座から蹴りをいきなり始めた。
皆悪戦苦闘だ。
体重を移動させずに正座から蹴るというのは、幾つもの神経を使わなければならないので難しい。
流れで正座技を続けた。
「身体の動きを大きく分けると、体幹からと末端からとの二つしかない」
という私の理論を少し説明。
その実現の為の末端、つまり、足の指先をコントロールする稽古をした。
これは、今回フォーサイスカンパニーでも行ったが、みんなの末端はボケていた。
当然、身体は明確には見えてこない。
両足を力いっぱい動かないように掴ませ、足を動かす。
この時足指先に全神経が注がれなければ動くことは無い。
皆頭の中に精一杯汗を流し、昼休みだ。
何時もながら、パリでの WS は勉強になる。日本ではみかけない大きな人や、べらぼうに身体能力の高い人もいるからだ。
だから、色々な人と手合わせをする。
何時も、殆どの人と身体を動かす。
それが私の勉強になるのだ。
一つの経路では通用しない人。
あるいは、その経路の精度が本当に高くないと通用しない人。
そんなことを、身体を通して知ることが出来るのが、一番嬉しい。
おかげで、身体連動の経路がどんどん明確になる。
フォーサイスカンパニーやマーツと動くことで、武道に取り組む人には無い繊細さを学び、パリではその繊細さを通した連動を学べる。
私にとっては最高の稽古場なのだ。

■2010/04/25 (日) 到着

フランクフルトはやけに温かい。
午後6時、空港から外に出てまず一服。
東京も大阪も寒かったので、余計にそう感じるのかもしれない。
タクシーの運ちゃんは、ここ1週間は温かくなっていると言っていた。
車の中に乗っている人たちを見ていると、ほぼ全員半袖だ。
ホテルは昨年泊まったSteigenbergerだ。
無事チェックイン。
多分5つ星だ。
夜9時からアマンシオのパフォーマンスを観に行くまで、荷物の整理をしよう。

■2010/04/26 (月) パフォーマンス

アマンシオのパフォーマンスは、スペイン人のイマさんとのデュオだった。
この日は、夜の2時過ぎまで、色々なところでパフォーマンスをしている日だそうだ。
こじんまりした、日本の学校の教室のようなところで、壁一杯の間接照明と、ポップスから交響曲までミックスした音楽。
長机に椅子が二脚。
そこに客席側を向いて二人が座り、何やら本のようなものを見ながら舞台は始まった。
しかし、どうして彼らは何をしていても絵になるのか。
舞台が終わってから安藤さんとひとしきりその話で盛り上がった。
自分をどう見せるのが一番効果的かを、とにかくよく知っているということだろう。
それと、見せ所を心得ているのだ。
この辺りが、「自分が何をしたい」ということだけで舞台を作っている人たちとは違うところだ。
フォーサイスの右腕だったトニーや、よくアーキタンツにクラシックバレエを教えに行っているというトニーの友達。
そんな多彩な観客に、アマンシオも出だしは少し緊張していた。
イマさんが
「アマンシオが少しナーバスになっているのが面白いでしょう」
とからかう。
こんな光景は、日本では見ることが出来ない。
文化が成熟しているというか、何というか。

朝は、時差ボケの関係で、やはり6時に目が醒めてしまった。
仕方なく朝食を食べぶらっと外へ。
あちこち歩くが日曜日は人気が少ないし、店はほとんどが閉まっている。
カンパニーのスタジオの前にある公園で一服しようと思い、売店に入るといきなり日本語で
「いらっしゃいませ!」
「ええっ??」
フランス人のご主人が日本語を勉強しに、日本に何度も来ているそうだ。
そして、日本の人がドイツ語を習いたいと言った時、このご主人の家にホームスティさせてあげ、安いドイツ語の学校を紹介して上げているそうだ。
もちろん、ホームスティは無料だ。
安藤洋子さんやそのご両親とまで仲良くしているという。
何でも興味を持って接していくと、思わぬ出会いがある。
これも旅の楽しさの一つだ。
今日は、今から安藤さんの家に食事に招待されているので地下鉄に乗って行く。
行けるかな?

■2010/04/27 (火) フランクフルト初日

朝11時から夜6時まで。
何の話かというと、フォーサイスカンパニーでのワーク初日の時間だ。
「まだやりたいの」
というくらい、みんなは飢えていた。
新しく入ったというロシア人の若いダンサーは、物凄く感性が良かった。
もう6年間繰り返している「思ったらダメ」を、今回も繰り返して始めた。
何故なら、思い込みは一切の技術を蓄積させないからだ。
何一つよりどころのないものになる。
もちろん、そんな考え方を持っていないから大変なのだが。それは自分自身の感覚を正しいとしているからに他ならない。
どうしてそんなことを思えるのか、その話で盛り上がった。
しかし、とは言っても実際には世界のフォーサイスカンパニーのダンサーなのだから、普通以上のプライドがあって当然だ。
初日は腕の中にラインを作る、を徹底的に行った。
みんな、岡山と埼玉の公演の出来に興味をもっていたので、どんなことをしたかと話した。
特に三部目の作品には驚いていた。

今日は12時から始まる。
しかし、それにしても新しいスタジオは素晴らしい。
広さは広いとしか言いようがない。
何と恵まれたカンパニーなのだ、という感じだ。
スタジオを出たのが夜8時。
もちろん夏になってきているので、外は明るい。
安藤さんとカフェでビールを飲みながら、積る話に花が咲き、夜11時頃部屋に戻った。

■2010/04/28 (水) 2日目終了

今日から島地君やティルマンも加わり、カンパニーの全員でのワークになった。
腕の稽古を中心に、特に肘を動かすをした。
しかし、肘を分らないというのは万国共通だ。
もちろん、指先も分らない。それが足の親指の先ということになると、手も足も出ない。
今日は、スポーツをする身体とダンスをする身体は違う、という話をした。
スポーツをする為のトレーニングでダンスをすると、繊細な感覚は育たないし、むしろ損なわれていくのだ。
と話してみた。
みんなはその話を否定もしないし肯定もしない。
それは、スポーツトレーニングを実際にやっているからだ。
そう言えば、そのトレーナーも顔を見せない。

今回のワークは1週間なので、短すぎるとダンサーたちから文句が続出した。
結果来年は最低10日、最高2週間は時間を作る、ということに決まったらしい。
こちらとしても、短いより長い方が疲れないので嬉しい限りだ。
しかし、来年もカンパニーに教えに行くとなれば、7年間ということになる。
思えばメンバーはどんどん変わっていくものだ。
安藤さんとは、ワーク終了後、ビールで乾杯。
今日は昼23度もあり、ポカポカ陽気だったので夕方のビールは最高だった。

■2010/04/29 (木) forsythe company 3日目

27度。
完全に夏陽気だった。
昼の休憩の時は全員外に出て日光浴をしていた。
ほんとに外人は太陽が好きだ。
今日は、胸骨を使った腕回しと、正面向かい合いからの外しをした。
意識の外しは、公演でもやったパターンだ。
まるっきり同じことを皆にやらせてみた。
一体どうなるのかと、期待したがまあそんなものだろう、という感じだ。
ティルマンと安藤洋子さん、それにロシア人の新人と私が組んで、意識を合わせ、同調して動くをやって見せた。
見ていた全員は、
「・・・・・ビユティフル!」だった。
久しぶりの腕回しは、私自身が進化しているので、より細かいところを要求した。
当然誰も出来ない。
胸骨から肩に繋げるのが、相当苦労していた。
つまり、肩が分かっていないということだ。
正面向かいからの外しは、ティルマンが出来ない理由に気づいた。
これは凄いことだ。
だから、ある条件下では出来るようになった。
外部から来ているマイちゃんも、その辺りを掴んだ。
人は意識を一定に保つのは容易ではあるが、一たび歩いた時、その意識は変わってしまうのだ。
だから歩くということ、その難しさをシリルも発見した。
「一歩歩いたら意識が変わってしまう」
と顔をくしゃくしゃにして泣きそうだった。
その感性が素晴らしい。
「ああ、出来ない」とは思わないところだ。
明日はロベルタの家でパーティをやってくれることになっている。

■2010/05/01 (土) 酒井はなさんも

昨日は31℃。背骨を感じていく。
自分の体重を感じる。
床に付いた部位の圧力を感じる。
腕を引っ張られていながら、背骨を感じていく。
そこにアマンシオが良い質問をくれた。
背骨を感じていくことと、握られている手を感じるのと、どちらが重要なのかと。最初は5分5分だと答えたが、どちらかと言えば握られている部位だと訂正した。
お互いがコネクトしあっている、ということを今回のワークでは最重要テーマにしているからだ。
あっという間に昼食の時間。
今回のフォーサイスカンパニーでのワークは、短い上にリハーサルを抱えているダンサーもいるので、短いワークにならざるを得なかった。
昼食後は、刀を構えての正面向かい合いだ。
全員私の前で悪戦苦闘する。
あるダンサーが、完全に私を無視して動く。
それが何回やっても変わらないので、ワークを止め、
「一体あなたが動いている根拠は何だ?」
と質問した。
彼女は「うさぎのイメージです」と真顔で答えた。
全員話を聞いているので、思わず顔を見合わせあっていた。
もちろん、私もフリーズした。
安藤さんの目も点になっていた。
どうして皆が顔を見合わせたのか、というと、彼女は言葉を沢山知っているので、皆が知らない哲学の言葉かもしれないと思ったのだ。
彼女は、全員のフリーズを理解出来ないから、安藤さんに「うさぎって知っています?公園にもいる」といって、ピョンピョン飛び跳ねて見せた。
「俺はうさぎの芝居をしている30歳を過ぎた奴の前で刀を構えているのか?馬鹿か?」
これはフォーサイスカンパニーの歴史に残る語り草になるだろう。
全員声を出して笑うに笑えず、ひっくり返った。
クラシック・バレエの酒井はなさんも参加し、正面向かい合いにチャレンジした。
夜は、ロベルタの家でパーティを開いてくれたので、一度ホテルに帰り8時過ぎに向かった。フランチェスカが参加し、2年ぶりの再会を喜びあった。
今フランチェスカはフォーサイスカンパニーを辞め、フランクフルトにあるバレエカンパニーの部長をしている。
前々から自分のカンパニーでワークショップを開いて欲しいと頼まれていたのが、正式にオファーされた。
そのカンパニーは若いから、是非ダンスの中身を作りたいということだ。
来年は、フォーサイスカンパニーとフランチェスカのカンパニーに行くので、ドイツに3週間位はいることになるかもしれない。

■2010/05/03 (月) 大西順子さんと

パリ東駅に午後11時15分頃着いた。
案の定、列車は遅れた。
迎えに来てくれていたレオさんと軽い食事をとりホテルへ。
川の見えるホリデーイン。
明日は9時30分からワークなので直ぐに寝ようと思ったが、これまた案の定あまり寝られなかった。

朝レオさんが迎えに来てくれ会場へ。
会場は何時もの大きな体育館ではなく、市内でやるときに使っている道場だった。
何時も来てくれている顔と受付で沢山であった。
マーツもフランスの若い男のダンサーを連れて来てくれていた。
更衣室はごったがえしていた。
あちこちから「ボンジュール」の声が届く。
遠くはカナダや近くのベルギーからも来てくれている。
道場は超満員だ。
100人はいるだろうか。
「お願いします」と元気な声が道場に響いた。
では、ということで始まったが、いざ始めてみると芋の子を洗うような状況なので、思い切り動くことはできない。
あっという間に昼食だ。

今日の夜は、大城さんのところへ行く。
モード雑誌の編集者やニット関係の人、そして、パリでのコンサートの為に来ている、ジャズピアノの大西順子さん達と飲むことになっているからだ。
昼食をすませ、二部のワーク。
お腹が一杯になるとさすがに眠い。
何を稽古したのか分らないまま一日目終了。
昼からのワークにサーカスのラファエロも来てくれ、再会を喜びあった。
そんな皆と軽くビールで乾杯をし、大城宅へ。
大城さんは、私が元ドラマーだったことは、大西さんには話していなかった。
大西さんのニューヨークで録音した新作CDのマスターを聞きながら話は弾んだ。
70年代を彷彿させる懐かしいサウンドだ。
話はワインと共に盛り上がり、ホテルに戻ったのは、2時を回っていた。
かなりアルコールが入っているので、よく寝れそうだ。
やはり、目覚まし時計に起こされた。
バイキングに行きコーヒーとクロワッサンの朝食。

今日は日曜日なので少し少なめのようだ。
足の指先、手の指先をコントロールする稽古。
しばらくしてから
「もちろん難しいですよ、多分5年はかかるかな」で大爆笑。
というのは、胸骨トレーニングでも3年かかると言い、背骨の練習は5年だと言っていたからだ。
それらを足して
「では、死ぬまでに出来ないのでは?」
という声がかかったからだ。
最後にレオさんが次のパリでのワークショップの案内をし、2日間のものすごく短いワークショップは終わった。
秋には、ブリュッセルとバレンシア、そしてパリでのワークをする予定になっている。
明日は21時の飛行機で成田へ帰る。

 
 
 

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