フォーサイスカンパニーでの
一週間のワークショップ日記
(さるさる日記より)

 

3-11

6月に三島由紀夫の作品を題材にしたもの(失われた委曲)を上演するそうだ。その舞台で登場のシーンが歩いてきて正座し、お膳を持ち立ち上がり歩く、をするという。
そのお膳が床と平行に動かすのが難しいらしい。
そこで、私に手本を頼まれ、私が正座からお膳に見立てた鉄のアングルで組まれた椅子を持って立ち上がった。
「日野さんその椅子は鉄で重いから形だけで良いよ」
とフォーサイス。
「大丈夫全く関係ない」
皆の目が点になっていた。
「どうして?」
と私は思ったが、西洋で正座から立つなどないから、知っているはずもないからだろう。
全員お膳が上下に揺れるから、そのお膳の上に水を並々とつがれた茶碗を置き、水をこぼさないように運ぶ事を練習させているという。
私は
「それは駄目だ、水をこぼさないという事に意識が向くから当然腕が緊張し、水はこばれ足はぎこちなくなる」
と注意した。
私が見本として、その茶碗を乗せたまま立ち上がった。
当然水など零れるはずもない。
歩き方、意識の持ち方、視線の使い方など、作品に役に立つ要素を全て指摘し、その方法で練習が始まった。

「駄目!皆の動きは面白くない、もっと変化をつけて」
では日野さん見本を見せてくれ、ということになり、身体の視点を色々と変え身体を動かせた。
即興のソロダンスだ。
終わったら目が点になり皆沈黙。
「あほか、観客になってどうすんねん、全員やれ!」
本当にダンスマスターだった。

夜8時になり、フォーサイスの自宅に招かれでディナーだ。
イタリア製の皮のブックカバーが付いた、きれいな日記をプレゼントしてくれた。
フォーサイスが
「日野さん、これに動きのエッセンスを書いて送り返してくれ」
全員大爆笑だ。
オフの日はリハーサルに立ち会って欲しいと頼まれ、日本公演の時にワークショップを開いて欲しいと頼まれた。
そして
「次は何時来てくれるのだ」
とフォーサイス夫婦に求められた。
横で安藤さんが
「ねえ、そうでしょう」
とニコニコしている。
そして、安藤さんに
「日野さんをもっと世界に知らせるように働きなさい」
と言っていた。

明日は、フォーサイスと二人の本を作るための対談だ。

3-12

今、現地時間午後6時。
ワークショップの後、対談をし終わってホテルに戻ったところだ。
今日は7時30分からダンサー達主催のパーティだ。
何でも、ダンサー達が誰言うでもなく私を歓迎する会をしようとなったそうだ。

対談は、想像していた以上の深い内容になった。
インタビュー役の押切氏が
「日野さんとの共通点というか、共鳴できるところはお二人には言葉が必要なく通じている事は、お二人を見ていてよく分かるのですが、何とか色々な人に分かって貰うために、敢えて言葉にして頂いて良いでしょうか」
で始まった。
中身は、書籍になるので紹介したら面白くないので紹介しないが、稽古論、武道とダンス、人論等々、かなり突っ込んだ内容だった。

「今、これが出来ている日野さんは、どんな人生を歩いてきたのかを一番知りたい」
というフォーサイスの質問が印象的だった。
この質問は、木刀で斬りかかってくる前後の二人とすり抜けてしまう、から始めた、
木刀での状況を見せた後だ。
フォーサイスも含めてダンサー達全員が大笑いしたり、沈黙してしまったりと、東京セミナーの雰囲気と全く同じだった。

「はい、質問」
と声をかけると、全員私の顔を見たままフリーズだ。
もちろん、フォーサイスもフリーズ、しばらく間をおいて大笑い。それを見て安藤さんが「分かるでしょう」とダンサー達、フォーサイス夫妻の目を見た。
全員目でしきりにうなずいていた。

武道をしていて、全く別の世界で共鳴でき、尚かつ人生が今日で変わった、と言ってくれる人がいるとは夢にも思わなかった。もちろん、頭では
「私と共鳴する人はどこかにいる」
と確信はしていたが、それがダンスの世界であり、しかも35年間ダンスを作り続け世界屈指の振付家ウイリアム・フォーサイスだとは、当たり前の事だが知るよしもなかった。
フォーサイスなら私の事を即座に理解する、と確信していた安藤洋子さん。
つくづく「出会い」が大切で、出会えるだけの実力だけが財産だと思った。
「日野さん、武道に取って一番大切なものは何ですか」
というフォーサイスの質問に
「関係だ」
と即答した時、フォーサイスの表情が緩んだ。
ブラザーからラバーになっていますよ、と大君。

フォーサイスとの対談の中で「日野さんは、『対立してはいけない』とずっと言い続けている。
こんな考え方は今まで全く知らなかった。
精神的な本や宗教的な本ではいくらでもあるが、実際にあるとは知らなかった。
そして、その対立しない方法を私に提示してくれた、そしてそれを実際に見せ感じさせてくれた。
こんなことはあり得ない、本当に日野さんのいう『ありがとう』だ。
本当の事は日野さんが見せてくれているように非常にシンプルだ。だから美しい、言葉の説明はいらないし私は嫌いだ」と。

「砂漠に雨がふったように日野先生の言葉はダンサー達のどこかに染み込みました」
何と素晴らしい言葉、 反応何だろう。
この会話は、スペイン人のダンサーの友人のホームパーティでのものだ。
三人のダンサー達と言葉の壁を乗り越えようと努力した結果導き出されたものだ。
安藤さんが何度も何度も確認を取り、私も彼らも必死で相互の表情を、声のトーンを、目の色を、肌の感触を確かめ合った結果だ。

「私は理解しようとはしません、私の身体の奥のどこかに日野先生の言葉が届いた事を感じたからです。後は私の人生でその答えを生きれば良いだけだと分かったからです」
「日野先生は、私の中に何が正しくて、何が間違っているのか、の指針を与えてくれました。目が覚めたら本当に何もかもが変わっていました。何もかもを、感じようとしたからです」
私がそれらの言葉に答える事ができなかった。
彼らの手を握る事しか、彼らの正面を取る事しかできなかった。というより、それ以外のものは何一ついらない空気が完全に出来上がっていたのだ。
こういった反応を沢山私に返してくれた。
そのどれもの目は、本当に私に向かって来ていた。
彼ら、彼女達は本当に私と正面向かい合いをしていたのだ。
たった三回のしかも、一日4〜5時間のワークショップを受けているだけでだ。

「日野さん、お子さんは何人いるのですか」
「一人いるよ」
「うそー」
「ほんまやで」
「違うよ、ここにいる16人全員日野先生の子供だ」
「……」
全員が私に
「その通りだ」
という視線を投げてきた。
「……、では、ドイツではこれだけ沢山の子供を持っていたら、税金は安くなるのか」(大爆笑)

確かに、何かを説明するには言葉が必要だ。
しかし非常に重要な事、実体そのものが伴わなければならない事には言葉はいらない。
というよりむしろ邪魔になる。
「武禅」そのものがここドイツで起こっている。

昼間ワークショップの前に安藤さんと行くコーヒーショップは楽しい。
地元の人しか来ないショップだから、年寄りが多い。質素な丸椅子に腰掛けだ。
行くたびに満員状態で、相席ばかりだが、それが何となく楽しい。
今日は物静かなスエーデン人が相席になった。
何でもドイツに4ヶ月ほど仕事だそうだ。

3-13

今日はプライベートレッスンになった。
ギリシャ人のヤニスとスペイン人のアンダー、それに安藤さんの三人で復習をかねて連動の一をした。
前回は、全く出来なかったギリシャ人のヤニスが、稽古の中で何かを掴んだようだ。
「十年踊っていて分からなかった事が今分かった」
と言って、スタジオ中を走り回っていた。
こちら側から言えば、胸骨と骨盤の連動だ。
やはり、掴みだしたら早い。
さすがトッププロだ。
少人数だから、一寸面白い事を教えてやろうと思って、相手の視線がこちらの目にアタックすることを感じる事をさせてみた。すると、数回で感じるようになり、アタックをきっかけに動けるようになった。
次は私がアタックをかけ、絶対に動くなという状態にさせておいて動かしてやった。
つまり、相手のどこも触らずにバランスを崩すということだ。
これも、数回でマスターした。やっぱり、ちゃんと教えたら出来るものだ。
というより、素直で問題意識の大きい人は獲得するものなのだ。

3-14

ワークショップも後二日になった。
今日を入れて三日しかない。
その何かしらの不安感、緊張感が私にも伝わる。
いつもは、正座し
「おねがいします」
から始まるワークだが、今日は私が連動の二から、肘の使い方を私のウオーミングアップ代わりにやっていたら一人が真似をし出し、徐々に全員が何故か取り組んでいる。
私の手の動きが全く見えないから、目が点になっている。
ダンサーだから早い動きは充分出来る。
しかし、気配無く動く私の手や足には全く理解出来ないようだ。

そこから、肘の使い方に入っていき自然にワークになっていった。
昨日何かを掴んだヤニスは明らかに動きが違う。
良く体の動くシリルに
「お前はいくつだ?」
「25才」
「俺の半分以下の年齢で、どうして俺より動かないんだ?」
「……」
沈黙の内に始まり、その沈黙の中で皆それぞれに工夫を凝らしていく。
実に美しい静寂、重たい静寂、張りつめた静寂だ。
ダンサー達は、それぞれに自分の殻を破りたいと思っていた。切実に思っていた。だから、吸収しようとする、工夫をする。
その集中された姿勢が実に美しい。

ワークが終わり、通訳をかって出てくれた大君が今日帰国するので、最後に何か質問はないか、というと「間違った方向に練習が進んだらどうしたら良いのか?」本当に全員が不安を感じているところだった。

ダンスの世界で、トップを走っている連中の切実な何かを感じる、もっと知りたい、もっと動けるようになりたい、それを提供して欲しい、をそれこそダンサー達の欲求を細胞で感じる。
ダンスと武道のコラボレーションではなく、まさに融合だ。
融合するからそこに新しい何かが生まれるのだ。
押された圧力を感じ取り、それを外さないように動け。
をテーマに一寸応用してみた。
押されて動く、は誰にでも出来る。
しかし、相手の圧力を感じたまま、その圧力通りと条件付けをされた動きは極端に難しくなる。
それをシリルで動いて見せた。
目まぐるしく動く二人に、全員が圧倒され終わったら拍手だ。

オペラ劇場を出て、安藤さんと夜のフランクフルトを歩く。
私は武道家だよな、二人で顔を見合わせ笑った。

3-15

朝にホテルをチェックアウト。
今日からはもとフランクフルトバレエ団にいた、トニーの部屋に厄介になっている。
よく外国のドラマで見るルームメイトが沢山いるアパートだ。

ドイツでの Workshop のテーマは、『触れる・感じる・反応する」と決めてやっている。
押切さんに投げを打ってもらい、それに対して色々な方法を見せたら、全員目を丸くしていた。
次に寝技からそのテーマで動くを、やはり押切さんと見せた。
二人の動きの余りのスピードに、ダンサーたちから溜め息が漏れていた。

面倒だから、後ろから羽交い締めにしてもらい、両手両足を羽交い締めに別々に持たれ、その状態で前から安藤さんに私の顔面に突きを出してもらった。
私が緊張を緩め下に落ちると全員が転げ大受けだ。
その後、相手の突きをかわすことに発展。
フォーサイスはこの稽古をやけに気に入ったようで、私を相手に様々にバリエーションを展開した。
さすが即興家だ。

「50過ぎのおっさん二人が、なんで若手のダンサーたちより動けるんだ」
と冗談を飛ばしながら、フォーサイスと二人で動き回る。
感じ取り合い、そしてそれを動きに。
カメラをボランティアで回してくれている彼が、日野さんのやっていることは「身体の対話」だ。
と皆にコメントしていた。

あっというまにレッスンの時間が過ぎていった。
レッスン終了後、若手のダンサーにバレエのポジションの時の身体の使い方を教えたら、それは、それは美しく力強い姿勢になった。
若いマーツは、
「今、ダンスなどやっている場合ではない。日本に行き私にもっと学ぶべきだ」
と目をクリクリさせながら彼と言っていた。

ネットがつながると想っていたのが、残念ながら繋がらないので、これは押切さんのパソコンから書き込んでいる。
後二日で日本に帰るのだからまあ良いかという感じだ。

 

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